第三章第2話 東方の剣士

私たちはノヴァールブールを出て一路東へと馬車を走らせている。馬車の外には乾燥し荒涼とした大地が広がっている。目的地はユルギュという小さな町だ。ノヴァールブールから馬車で 3 日ほどの場所に位置している。


ちなみに、この馬車はチャーターしたものだ。このあたりは商人の往来は多いものの乗合馬車は運行されていない。


というのも、ノヴァールブールもユルギュもどの国も属さない独立都市で、通過するのは旅客ではなく商品だ。二都市間に街道が整備されているだけましではあるが、ホワイトムーン王国やブルースター共和国とは事情が大きく異なり、街道の治安を維持するだけの力がない。


ノヴァールブールに近い地域は治安が維持されているようだが、ユルギュに近い地域はそうはいかない。というわけで小さな馬車を借り、ノヴァールブール乗り捨てという条件で御者と護衛 2 名を雇ったのだ。


クリスさんはハンターの護衛はいらない、と拒否していたのが、馬車の貸し手側が御者と護衛 2 名をつけるという条件を頑として譲らなかった。


そしてそんな旅も二日目、日が傾いてきたころ、馬車が停止した。


「お嬢さんがた、ちと早いですがそろそろ野営の準備に移らせていただきます」


護衛の男がそう言う。


「む? 身を隠せる場所もないこのような場所で野営というのは不用心ではないか?」


クリスさんがその判断に疑問を呈する。


「はは、お嬢さんがたは慣れていないだろうが、このあたりだとここが一番いいんですよ」

「そうだろうか?」

「へい。俺たちはもう 10 年以上このルートで護衛やっていますから、安心してください」

「だが、ここでは火を使えないぞ? 魔物や賊にすぐに見つかってしまう」

「それは、逆にこっちも見つけやすいって事ですよ。この辺りにはそもそも身を隠せる場所はないですから。だったら地面が平らですぐに街道に逃げられるここが一番ですよ」

「他に良い場所がどこにもない、ということか……」

「そういう事です。じゃあ、俺らは天幕を張るんでお嬢さんがたは馬車で休んでてください」


そう、私たちの寝床は馬車の上だ。一応、三人で川の字となれば何とか寝られる。


「フィーネ様、今夜は私も見張りに立ちます。この場所は明らかに危険です」

「わかりました。交代で見張りをしましょう」


そんな話をしていると、護衛の男が声をかけてくる。


「お嬢さんがた、今日はみなさんと一緒の最後の夜だ。俺らでスープを作ったんだが一緒にどうです?」

「そうですか。それじゃあご厚意に甘えて」


私たちはスープを頂き、私たちはパンを提供した。一緒に食卓を囲むと、護衛の男の自慢話がはじまった。


「それでですね、お嬢さんがた。俺はこーんなに大きなオークをですね、一刀両断にしてやったんですよ。きっとそん時の俺を見たらみなさんもきっと惚れちまってるんじゃないかって思うんですよ。あー、マジで見せてやりたかったですよ」


自慢話が長い。それに惚れるとかはありえないから。せめてクリスさんに勝てるくらいになってから出直してほしい。


それに、この人の血を飲んでも美味しくなさそうだし。見た目的な意味で。


長く飲んでいるせいもあるかもしれないがやはりクリスさんの血を飲むと落ち着く。最近ルーちゃんも飲ませてくれるようになったのだが、こちらはフレッシュな味わいというか、元気のある味わいと新緑の香りとでもいうのだろうか、クリスさんの血とはテイストが違ってまた良い。


まあ、二人の血しか飲んだことないから他は知らないけどね。


「さて、我々はそろそろ馬車に戻らせてもらおう」

「へい。長旅でお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください。ちゃんと見張っておきますよ」


クリスさんが強引に話を切ると私たちは馬車へと戻る。クリスさんもルーちゃんも少し眠そうにしている。


馬車に戻った私はクリスさんとルーちゃんに解毒魔法をかける。同じ手を二度は食わない。


「フィーネ様、ありがとうございます」

「やはり毒でしたか」


これはきっと馬車を貸した側もグルだろう。最初から私たちが女三人ということで目をつけていて、法の支配の届かない場所で捕らえられて娼館なり変態貴族なりに奴隷として売り飛ばすつもりだったのだろう。


西の空が赤く染まる頃、護衛の男たちが声をかけてきた。


「お嬢さんがた、調子はどうですかい?」


私たちは答えない。


「寝たな。よし。もういいぞお前ら」


するとどこに隠れていたのか、沢山の足音が聞こえてきた。


「フィーネ様」


クリスさんが聖剣を抜き放つ。


「分かっています。ルーちゃんも準備は良いですか?」

「はい」


ルーちゃんも弓を放つ準備をする。


足音が近づいてきて無遠慮に馬車のカーテンが開けられる。


その瞬間、クリスさんが開けた男を思い切り蹴り飛ばした。


「がっ」


男がもんどりを打って倒れ込む。


「女性の馬車に何をする!この無礼者!」


クリスさんが馬車から周囲を威嚇する。驚いたことに 20 人ほどのならず者が私たちの馬車を取り囲んでいる。


一体どこからこんなに沢山出てきた?


「ふん、この人数相手に女三人でどうにかなると思っているのか?」


やたらと自慢話のウザかった元護衛の男が威圧してくる。


「ふ、この程度の人数で私を抜けると思っているのか?」

「なんだと? このアマ!」


クリスさんの挑発に見事に乗って怒りだした。やっぱり頭悪いね、こいつ。


「そこの賊ども、見れば女子おなごの馬車を囲んで何をしているでござるか! 拙者が成敗してくれる」


西のほうから凛とした声が響いてきた。声のする方へと首を回すと、西日を背に長身の人影が歩いてくるのが見える。声からして恐らく女性なのだろう。


「な、何だ? 貴様。邪魔するなら容赦はしねぇ。やっちまえ」


そういって数人の賊たちが女性に向かっていく。


女性は気にした様子も見せずに悠然と歩き、そして賊たちと交錯する。


次の瞬間、賊たちはその場に突っ伏していた。


静かな、そして優雅な動作で女性は刀を音もなく納刀する。


「さあ、次は誰でござるか?」


賊たちがじりじりと下がっていくが女性は変わらぬ速さで距離を詰めてくる。


「来ぬのならこちらから行くでござるよ」


女性はすっと身を沈めると一気に距離を詰める。そして瞬く間に賊全員を切り伏せてしまった。これはクリスさんよりも速いかもしれない。


「す、すごい……」


私は思わずそう呟く。


「な、フィーネ様。あれくらい私でも!」

「そこのお嬢さんがた、怪我はないでござるか?」


助けてくれた女性がこちらに向かって歩いてくる。


その女性は身長 170 cm はゆうに超えているであろう長身で、艶のある漆黒のサラサラストレートのロングヘアーに黒目、顔もいかにも純和風美人といった感じだ。黒をベースにした袴と振袖をミックスしたような不思議な和服を着ていて、立派な刀を腰に佩いている。この見た目でござる口調というのは中々のギャップだ。


「助けていただきありがとうございます。私はフィーネ・アルジェンタータと言います。こちらはクリスティーナとルミアです」

「なに、気にする必要はないでござるよ。拙者はシズク・ミエシロ。ゴールデンサン巫国の出身で、現在武者修行の旅の途中でござる」

「あの、ミエシロさん。その武器は刀、ですよね?」

「おお、こちらで刀を知っている方がいるとは! その通りでござる。拙者の刀はキリナギと言う、先祖代々ミエシロ家に伝わる家宝なのでござるよ」

「あの最初の 5 人を切り伏せたのは抜刀術ですか?」

「なんと! 抜刀術までご存じでござるか? フィーネ殿は我が国に詳しいでござるな?」

「フィーネ様、一体どこでそのような知識を?」


あ、しまった。ちょっと和風なものを目にして興奮してしまった。


「ええと、そういったものを書物で読んだことがあるんです」

「そうでござるか。このような西方にも我が国の剣術が伝わっていたとは光栄でござる」


ミエシロさんは声を弾ませてそう答える。


「フィーネ様、それと、シズク殿。このままここにとどまると獣や魔物に襲われる可能性があります。一刻も早く移動したほうがよろしいかと」

「ああ、それもそうでござるな。ではトドメを――」

「ちょっと待ってください」

「何でござるか? フィーネ殿」

「この人たちは治療して衛兵に突き出しましょう」

「フィーネ殿を捕らえようとしてきた者どもに情けをかけるでござるか?」

「殺さずにすむのならその方が良いです。それに、この賊の仲間がいるなら情報源にもなりますから」

「そうでござるか。では拙者も手伝うでござる」


こうして死亡した 2 名を除く 23 名の賊を拘束した私たちは、彼らを引き連れてユルギュの町へと向かったのであった。

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