第二章第37話 恵みの花乙女
「それでは精霊樹の前に跪き、教えた祝詞を唱えて祈りを捧げるのじゃ」
「はい」
宴の翌日、私はインゴールヴィーナさんに連れられて精霊樹の前までやってきた。意外なことに精霊樹の周りも立ち入り自由だそうで、里の皆さんもこぞって見学に来ている。そんなに注目されるのもちょっと恥ずかしいのだが。
あ、もちろんクリスさん、ルーちゃん、それにリエラさんも見学に来ている。
「我が名はフィーネ・アルジェンタータ。古の盟約に基づき、今こそ我が盟友を欲さん」
私は跪いて両手を前に組み、目を瞑って祈りを捧げる。すると、何か暖かいものが私を包み込んできた。
ああ、わかった。これは精霊樹だ。精霊樹が私に接触しているんだ。
あ、何か要求されているような? そうか、魔力が欲しいんだ。何故だかはわからないがそんな気がしたので【魔力操作】のスキルを使って聖属性の魔力を渡してみる。
私を包み込んでいる魔力が何かぴくんとなったように感じる。何か驚いたようにも感じたけど、間違えたかな?
私は聖属性の魔力を止めて水属性を流してみる。またまたぴくっとなったので次々に属性を変えてみる。火、土、風、闇、そして最後にまた聖属性に戻す。戻した理由は聖属性じゃないと MP がもたなそうだからだ。だって、【聖属性魔法】は MAX だけど他は 1 だからね。
そこで私はふと思いついた。これ、もしかして【回復魔法】でもできるんじゃないか、と。
昨日の夜に聞いた精霊の話を思い出した私は、試しに【回復魔法】を通して【魔力操作】をしてみる。
おお、できたできた。やっぱり【回復魔法】も MAX だからやりやすい。
そうこうしているうちに精霊樹が私から離れていくのを感じた。
さて、どうだろうか?
私は目を開き、精霊樹を見上げる。精霊樹は淡い光を纏っている。
これは、成功しているのだろうか?
その光が根元から徐々に上へ上へと登っていくと、遥か高いところにある枝の一か所に集まっていくのが見える。淡い光が集まるとそれは光でできた小さな実となり、少しずつ膨らんでいく。
ぷつり
膨らんだ実が精霊樹から私のほうへと落ちてくる。そしてそれは丁度私の目の前、胸のあたりの高さで制止した。
白い光を放つ、桃の果実のような形をした不思議な実だ。大きさはちょうど私の両手にすっぽりとおさまるくらい。
私はその実を両手を伸ばしてそっと、優しく包み込む。
暖かい。それになんだかほっとする。
私がじっと眺めていると、その実は眩いばかりの光を放った。
そして光が止むと、そこには頭に桜のような花飾りをつけて背中に小さな透明の羽が生えた小さな小さなとても可愛らしい少女がおり、私のことをじっと見つめていた。
この子のさらさらなロングヘアは白銀色で、毛先に近い部分だけほんの僅かに淡いピンク色が混じっている。瞳は赤で透き通るような白い肌をしている。
あまりの可愛らしさに思わず見とれてしまいそうになったが、私は教えられたとおりに契約のプロセスを進める。
「我が名はフィーネ・アルジェンタータ。汝との契約を望む」
その小さな少女に向かって私は宣言する。すると、その子は私の顔を見てニッコリと微笑む。そして私の手の中から飛び立つと私の顔の前まで飛んでくる。彼女は私の頬に優しくキスをしてくれた。
よし、契約の了承が得られた。あとは名づけだ。
「我、汝に名を授ける。汝の名はリーチェ」
イタリア語で幸せを意味するフェリーチェから取ってみた。女の子の精霊だったらこれにしようと最初から決めていたのだ。
リーチェは嬉しそうにニッコリと微笑むと、その力を解放するかのように光を放つ。
すると、辺りに桜の花びらを思わせる白とピンクの花吹雪が巻き起こる。
すごい!
私はそのも美しい光景に息を飲む。
そして花吹雪が止むと、私の周りの地面には色とりどりの花が咲き乱れていた。
・
・
・
あ、これってもしかして?
いや、まさか。そんなことが。
私が動揺して固まっていると、精霊樹が再び淡い光を放つ。
え? まだあるの? こんなの聞いていないよ?
私が上を見上げると、何かが私のところに落ちてくる。
これは、杖だ。木製で杖先の片方には白い金属のような飾りがついており、赤い小さな宝玉があしらわれている。こちらの先端は少し尖っているし、おそらくこちらが地面につく方だろう。
もう片方の杖先はまるで開きかけの花のつぼみのような形をしたソフトボールほどの大きさの飾りあしらわれている。その花びらは全体的に白く、そしてうっすらと淡いピンクがかった色をしている。
私は杖を手に取る。
杖など今まで一度も使ったことがないのに不思議としっくりくるのはどういうことなのだろうか?
私が手にした杖をジッと眺めていると、リーチェがにっこりと笑って私に手を振る。
うん? どういうこと?
よくわからずに曖昧に微笑み返すと、リーチェはそのまま私の杖のつぼみのところに飛んでいき、そのまま吸い込まれて消えていった。
ええええ? 私のリーチェが食べられた!?
私は慌ててつぼみの中を覗き込むがもちろんそこにリーチェの姿はない。
ど、ど、ど、どうしよう?
そうだ、こういう時こそ先人の知恵を借りよう。
「インゴールヴィーナさん!」
私は駆け寄る。
「フィーネ殿、おめでとう! そなたは伝説の存在となったのじゃ!」
「そんなことより、リーチェが杖に食べられて!」
「うん? 何を言っておるのじゃ?」
「リーチェが、この先端のつぼみに吸い込まれて消えて!」
「落ち着くのじゃ。リーチェというのはそなたの契約精霊の名じゃな? それなら心配いらぬ。その杖を媒介にして精霊界へと戻っただけじゃ。呼べばすぐに来るし、食われてもおらぬ。もちろん死んでもおらぬから安心せい」
「へ?」
ああ、そういうことか。あーびっくりした。突然杖に吸い込まれたら焦るのがあたりまえじゃないかな?
「それよりも、そなた、伝説の存在となったのじゃぞ? もっと喜ばぬか」
「ええと、どういうことでしょうか?」
「花の精霊じゃよ。そなたは伝説の花の精霊と契約したのじゃ。そして、その杖は伝説に謳われる『花乙女の杖』。花の精霊が宿ったのが何よりの証拠じゃ」
「ううん?」
「そなたは聖女にして『恵みの花乙女』となったのじゃよ」
「ええと?」
「恵みの花乙女とはの、花の精霊と契約した者に与えられる称号じゃ。伝説によるとじゃな、恵みの花乙女は世界中の大地を旅し、瘴気や穢れを浄化する使命を授けられているのだそうじゃ。というわけでよろしく頼むぞい」
「……」
ええと?
・
・
・
って、ちょっと待て! 恵みの花乙女ってなんだ! 少女漫画じゃあるまい、やめてくれ! 恥ずかしくてそんなの名乗れるか!
「フィーネ様、おめでとうございます。さすがはフィーネ様です!」
クリスさん、嬉しくないんだよ! 全然嬉しくないんだよ!
「姉さま! 流石です。あたしも妹として鼻が高いです! あぁ、あたしが伝説の恵みの花乙女様の妹だなんて……」
ルーちゃん、やめて。恥ずかしいから。せめて戦乙女して。あ、いや、うん。それも恥ずかしいから嫌かも。
「聖女様で恵みの花乙女様、さすがですねぇ。わたしも義理の母として素晴らしい娘を持てて鼻が高いですよぉ」
リエラさん。やめてください。モンスターの義理の娘にはなりたくありません。お願いします。どうか勘弁してください。
「ふむ。フィーネ殿は感動のあまり声も出せぬか。はっはっはっ。まあこれもそなたが積み重ねてきた善行と、そして精霊樹への祈りを捧げる時に見せた才能のおかげなのじゃろうな」
反応に困って私が閉口していると、インゴールヴィーナさんに何だかよくわからないことを言われた。
「ええと?」
「そなたはこれまで聖女候補として多くの人々を救ってきたのじゃろう? ミイラ病然り、奴隷解放然り。それにさっきの精霊樹との交信を見ておったが、聖属性を中心に火土水風、さらには闇まで扱って見せた。さらに最後の魔力は儂でも見たことがないものじゃったからのう。きっと精霊樹もそなたを見込んで任せてくれたのじゃ。誇るがよいぞ」
「ええぇ」
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