第二章第20話 狩猟祭り(3)

「はっ。随分と狩れたな。用意しておいた分も含めてこんなもんでいいだろう」


あたしに絡んできたウザいやつが他の 2 人の男と会話しているのを、あたしは木の上に隠れて聞いている。


「ヘイ。しかし、前の日に連れてきておいて森の奥に繋いでおくなんて、さすがザックスの旦那っす」


あのウザい男はザックスという名前みたい。


「まあな。生け捕りにしておけばいつ捕まえたかなんてわからねぇからな」

「ですがアニキ、こんなことしなくても例年通り優勝できるんじゃねぇんですかい?」

「はん。そうかもしれねぇが、今回は聖女様が来てっからな。手下のエルフも参加してるらしいし、他の町からも腕利きが来ていやがる。こんくらい準備したほうがいいだろ」


えー、ずるい。前の日から捕まえておくって反則じゃないの?


「おい、そろそろ帰るぞ。おい、運ぶの手伝え」

「「へい」」


血だらけの猪や鹿、鳥を担ぐと男たちが歩き出す。


「ゲギャギャギャギャ」


突然何かの声が聞こえてきた。ガサガサと音がして、茂みからは醜悪な生物が姿を表した。


「げぇっ、ゴブリン」


緑褐色の肌に少し高い鼻、しわくちゃの醜い顔で二足歩行をしている。手には棒切れや石などを持って武装していて、申し訳程度に腰巻をしている。


最悪!


ゴブリンは魔物としては弱い部類に入るが、それでも人間よりは遥かに強い。そのうえ道具を使って群れで狩りをする程度の知能を持っている。そして、ゴブリンは一匹見たならば三十匹いると言われるほど繁殖力が旺盛だ。なので、こいつを見つけたならば早めに対処しないと森の食料を食いつくして暴走を始める。人間の町にも押し寄せるだろう。


あの様子だとまだ上位種は出現していないだろうから、早めに叩いておきたい。そうじゃないと森が死んでしまう。


あたし達家族が森で暮らしていた時も、お父さんとお母さんはゴブリンを見つけたらすぐに排除していた。ゴブリン退治は森の民であるエルフの使命といっても良い。


「くそっ。一匹くらい!」


男たちが矢を射掛ける。三発の矢を受けたゴブリンはそのまま倒れ動かなくなる。だが、木の陰から草むらから、続々とゴブリンが出てくる。そして、ゴブリン達は男たちに向かって石を投げつける。


「くそっ。クソが」


男たちは投げつけられる石のせいで弓を構えられないようだ。仕方ない。あたしは木の上から矢を射掛ける。


一匹、二匹、三匹。


ゴブリン達が倒れていく。


「そこの人、早く町に戻って応援を呼んできて! しばらく引き付けておくから」

「お前は! あの時のクソガキ!」


あたしは町へ戻る方向を塞いでいるゴブリンを射貫く。


「ア、アニキ! 早く逃げやしょう!」

「クソッ」


そういって男たちは町の方へと走っていく。数匹のゴブリンが男たちを追いかけようとするが、あたしはそいつらの背中を打ち抜く。一回程外れて彼らのほうに飛んで行ったけど背負っている猪に当たったから大丈夫だよね?


「ぐぎぇぎぇぎぇぎぇ」


ゴブリンがあたしの方に石を投げつけてくる。


あーもう、害獣のくせに生意気!


あたしは矢をつがえ、そして隙を見て木の上から矢を打ち込む。


しばらくそれを繰り返していると、ゴブリンが木を登り始めた。そして登っているゴブリンを援護するように石を投げつけてくる。


ほんと、害獣のくせに生意気!


捕まってしまったらあたしは終わりだ。急いで精霊の力を借りて他の木に飛び移る。そして木登りをしているゴブリンを射貫く。


このまま三十分くらい時間を稼いだら町に戻ろう。その頃にはあいつらも応援を連れてきているはず。


だから慎重に、慎重に。


****


「おーっと、今大会の本命、昨年度優勝のザックス選手が戻ってきたぞ! 獲物は二頭のようだ! あれは、猪とアカシカだー! それも随分と大きいぞー!」


会場にアナウンスの人の声が響き渡ると大歓声が鳴り響いた。本当にこの大歓声の中でも会場中に響き渡らせるこの人の喉がどうなっているのかを知りたい。


「あのザックスという選手はすごい選手なのですか?」

「はい。聖女様。過去に五回優勝しているクラウブレッツでも一番の狩人でございます」

「じゃあ、うちのルーちゃんの一番のライバルですね」

「左様でございますな」


私が今会話をしているのはグーテン町長だ。


「ルーちゃんが戻ってきませんね。残り時間はあとどのくらいですか?」

「あと一時間ほどとなります」


本当にルーちゃんが勝てるかどうかはわからないけど、折角の機会なので楽しんできてほしい。一匹くらい獲物が獲れていると良いのだけれど。


「さーて、それでは、ザックス選手の獲物の測定に移ります。まずはこちらのアカシカから!」


圧巻の地声アナウンスに私は顔を上げる。私の座る貴賓席の正面に用意された特設のステージに鹿が乗せられる。


「これは、すごい。大きいぞ。体長は 240 cm、重さも 200 kg を超えている~!」


よくわからないが、この人は随分な大物を捕まえてきたようだ。


「さあ、クラウブレッツ食肉協会の皆さん、買取価格の提示をお願いします!」


ステージ前に並んで座っている人たちが一斉に買取札を上げる。


「銀貨 8 枚、銀貨 9 枚、銀貨 8 枚小銀貨 3 枚、よってザックス選手のアカシカは銀貨 9 枚で落札されました~!」


大歓声が沸き起こる。


「この価格は現在 1 位です。さあ、続いては猪の鑑定に入ります。果たして、アカシカの値段を超える価格はつくのでしょうか!」


鹿がステージからおろされ、猪が運ばれてくる。


「これもすごい! 大きいし更には毛並みも良いぞ。体長は、なんと 200 cm、体重はなんと 250 kg! これは! 狩猟祭り始まって以来の大物のイノシシだ!」


確かに、私が想像している猪よりも随分と大きい気がする。こんなのに森の中で遭遇したらちびってしまうかもしれない。


って、あれ? あの矢は私が浄化魔法を付与したやつじゃないか。どうしてあの人の獲物に刺さっているんだ?


「さあ、クラウブレッツ食肉協会の皆さん、買取価格は?」


協会の人たちが一斉に買取札を上げる。


「な、な、なんと! 金貨 1 枚と銀貨 2 枚、金貨 1 枚と銀貨 1 枚、金貨 1 枚と銀貨 1 枚! で、で、で、出たー、遂に金貨の査定が出ました! この猪は金貨 1 枚と銀貨 2 枚、堂々の一位です。さあ、これを上回る大物を捕まえる選手は現れるのでしょうか? 残る選手の到着を待ちましょう!」


会場は盛り上がり、大歓声に包まれる。残り時間はあと 1 時間。


頑張れ、ルーちゃん。


私は森の中で獲物を追っているであろうルーちゃんに心中で声援を送るのであった。

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