第二章第19話 狩猟祭り(2)
「只今より、第 37 回狩猟祭りを開幕を宣言いたします!」
会場に歓声が鳴り響く。あたしは奴隷から解放されて初めて、一人で行動している。
といっても姉さまとクリスさんは観客で、あたしはこのお祭りの参加者だ。だから、完全に一人ってわけじゃないけど。
エルフの耳を隠すためにフードを被ってはいるが、参加者の中であたしは飛びぬけて小さいので目立っている。そのせいでやたらと絡まれる。
「おいおい、そんな貧相な体で弓を引けるのか? 帰ってママもおっぱいでも飲んでな!」
「……」
「おい、無視かよ」
反論したって意味がないので、ムカつくけど無視するようにしている。姉さまにもそういう風に釘を刺されたし。こういった奴は姉さまと一緒にいる時は絶対に寄ってこなかったので、姉さまが本当にすごい聖女様なんだなって思う。
「今回は、なんと! 聖女フィーネ・アルジェンタータ様もご臨席を賜るという名誉を頂いています!」
姉さまが顔を出して手を振っている。すごい歓声だ。ホント、あたしもすごい人に助けられたものだと思う。お父さんの事もあるし、妹もまだ行方不明で心配だけど、姉さまとクリスさんのおかげでまともな旅ができている。それにお母さんの事も探してくれたし。
正直人間はまだちょっと怖い。だけど姉さまがいるし、それに人間でもクリスさんは良い人間だ。
だから、なんとか優勝して、少しは恩返しをしておきたい。美味しいお肉を食べれれば姉さまたちもきっと喜んでくれると思うもの。
「それで、競技開始の鐘を、聖女様に鳴らしていただきましょう」
姉さまが鐘をハンマーで叩くとカーンと乾いた音が会場に鳴り響く。
「競技、スタートです!」
あたしは会場を出ると、森の中に入った。森の中なら人間になんて遅れをとらない。姉さまに買ってもらった弓のデビュー戦だ。無様な姿は見せられない。
「おい、ガキ。聞いてんのか? お前邪魔だからとっとと――」
しつこい。さっきから執拗にあたしに絡んでくるこの男は何なの?
あたしは無視して茂みへと飛び込んだ。まだまだ未熟だけど、あたしはエルフだ。森の中であればそこに住んでいる精霊たちと話し、力を借りることができる。水の精霊、風の精霊、土の精霊、それに草や木の精霊も、森の中には沢山の精霊が住んでいる。
──── みんな、あたしに力を貸して!
何体かの精霊達があたしの呼びかけに応えて力を貸してくれる。ありがとう、心の中で呟いたあたしは精霊の力を借りて一気に加速する。
「あ、おい。待て!」
後ろでしつこい男がまだ何か言っているが、気にしない。あたしは他の参加者を引き離すために森の奥へ奥へと向かってひた走る。
そして、随分と森の奥まで入ってこられたんじゃないかなと思う。
もう他の人間に見つからないだろうし、そろそろ良い獲物を見つけて捕まえよう。
精霊達の話を聞くと、この森にはポトポト鳥が生息しているらしいのでぜひそれを捕まえたい。
ポトポト鳥っていうのはその名前の通り、ほっぺがポトポトと落ちるほど美味しい森でも最上級の獲物だ。
これを捕まえていけばきっと優勝は間違いないはず。あたしは精霊の導きに従って森の木に登り、身を隠した。
じゃああとはじっくり待つだけ。これで優勝はあたしのもののはずだ。
****
ルーちゃんが森に入ってから二時間くらいが経った。狩りの時間も丁度折り返しにかかったあたりだ。私はというと、貴賓室のソファに横になって休んでいる。
何を隠そう、魔力切れでダウンしてしまったので自然回復に努めているのだ。
なぜそんなことになっているかって?
それは、フードコートの屋台もひとしきり見終わり、席に戻ろうと思った時のことだった。
「あ、あの、せーじょさま。あたしのむーちゃんにしゅくふくしてくだしゃい」
振り向くと、小さな女の子が真っ赤なお鼻のついたトナカイのぬいぐるみを差し出してきた。
ううっ。これは!
まずい。こんなところで付与なんてしたらパニック間違いなしな気もする。だが、この子はものすごくキラキラした目で私のことを見上げている。
ど、ど、ど、どうすれば?
「さ、フィーネ様」
クリスさんまでなんて目で見てくるんだ。くそっ。こんなの、もうやるしかないじゃないか。
「はい。この子はむーちゃんというのですね。むーちゃんとあなたがずっとお友達でいられますように」
わたしはぬいぐるみの鼻に浄化の魔法を付与してその子に返した。
「ありがとー、せーじょさま」
それはにっこにこの笑顔でその子は両親の下へと帰っていった。
うん、かわいい。
そして、残された私たちの前には祝福という名の付与を望む人達の行列ができたのであった。
****
あたしは結局三羽のポトポト鳥を捕まえた。早く帰って姉さまとクリスさんに褒めてもらおう。あたしは意気揚々と会場へと向かって歩き始める。すると、何やら血生臭い匂いが漂ってきた。
これはまずいかもしれない。
事前の説明で、この森には魔物が住んでいる言われていた。あたしでもわかる匂いということは、狼や熊などの肉食獣や魔物を呼び寄せてしまう恐れがある。特に魔物が来てしまったらあたしでは勝ち目がない。
でも、だからといってこのまま放っておいて町まで魔物が来ちゃうのもいけない気がする。
よし、状況を確認するだけして帰ろう。
あたしは再び精霊の助けを借りて匂いのもとへと向かった。
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