第二章第21話 狩猟祭り(4)
「みんな、逃げてー!」
「馬鹿野郎! こっちに来るなー!」
「そんなこと言ったって、もう無理ですー!」
あたしは時間稼ぎをしてから、ゴブリンたちを引き連れて町へと逃げた。もちろん、応援の人達に倒してもらうためだ。
あたしは精霊の助けを借りてあのザックスという男の通った道を辿っているのだが、応援が来る様子がない。それどころか、思っていたよりも町に近づき過ぎてしまい、他の参加者を巻き込んでしまっているのだ。ゴブリンも結構な大集団になってしまっているため、今更引き返すこともできない。
「どーして応援が来ないんですかー!」
「応援? 何のことだ?」
一緒にゴブリンから逃げている男があたしに質問してくる。
「ザックスとかいう感じ悪い男が応援を呼んできてくれるはずだったんです! どうなってるんですかっ!」
「嬢ちゃん、俺にキレられても……」
「いいから走って!」
「嬢ちゃんが話しかけてきたんじゃないか……」
あー、もう最悪最悪! せっかく囮になって逃がしてやったのに。やっぱり人間なんかを信用したのがいけなかったんだ。
ま、でも、会場まで行けばクリスさんがいるから何とかなるよね。他の人なんてどうでもいいし。
****
「さあ、残り時間は 30 分。これ以降に持ち込まれた獲物の買取価格は公表されません! そして、なんと! まだ 10 人の選手が戻ってきていません! 逆転のチャンスは十分に残されていますが、このまま時間までに戻ってこなければ失格! さあ、どうなるのでしょうか?」
相変わらずの地声アナウンスが鳴り響く。
「ルーちゃん、遅いですねぇ。やっぱりさっきのザックスさんと獲物を取り合って負けちゃったんですかねぇ?」
「フィーネ様、それは一体どういうことでしょうか?」
「え? ああ、あのザックスさんの捕まえてきた猪に刺さっている矢、ルーちゃんのものなんですよ」
「なん……ですと……?」
「聖女様、それは真でございますか?」
「はい、グーテン町長。間違いないですよ。だって、あの矢は昨日私が浄化魔法の付与をしてあげたものですから。魔力がまだ残っていますし、自分の魔力は見間違えませんよ」
「なんと……急ぎ確認してまいります!」
グーテン町長が慌てて飛び出していき、会場の片隅で酒を飲んでいるザックスさんのところに走っていく。
「ああ? ちげーよ。この猪は俺の獲物だ。そのガキはこいつを狩るのには関わってねーよ」
「では、どうして聖女様の祝福を受けた矢があなたの獲物に刺さっているのですか?」
「なっ?」
「前回優勝者のあなたが獲物の横取りなど、恥ずべきことですよ?」
「だから、ちげーって。これは逃げている時に
「逃げる? どういうことですか?」
「いや、だから、森でゴブリン共に襲われて、逃げる時に――」
「ゴブリン!? なんで早く報告しないんですか! ルミア様は?」
「知らねーよ。なんか木の上から矢を撃ってたから大丈夫なんじゃねぇか?」
「ああ、もう。聖女様ー!」
うん、大丈夫。聞こえているから。
「クリスさん、ルーちゃんはザックスさんをゴブリンから守るために囮になったそうですけど、一人で逃げられると思いますか?」
「なんと! ゴブリンは一匹見たら三十匹はいると言われる害獣です。森はエルフの領域ですので遅れは取らないと思いますが、今すぐに討伐隊を出すべきです」
「じゃあ、行きますか」
「え、フィーネ様が行かれるのですか?」
「だって、私が行かないとクリスさん行かないでしょう?」
「それは、まあ、そうですが……」
「じゃあ、行きましょう」
私たちが貴賓室から出ようとしたところ、騒々しい叫び声を上げながら選手たちが使う門から会場へと誰かが走ってくる。
「助けてくれー!」
「馬鹿野郎! 連れてくんじゃねぇ!」
「これで森に戻れなんて言わないでください。死んじゃうじゃないですか!」
あ、ルーちゃんだ。ゴブリンを連れてきちゃったのね。っていうか、あの緑のやつがゴブリンなのね。リアルで見るとマジで気持ち悪い。
「あーっと、これはどういうことでしょうか! 複数の選手が大慌てで戻ってきたぞー!」
相変わらずの地声アナウンスだ。
「な、な、な、なんとー! ゴブリンの群れに追われている! これはピンチだー! 選手達はこのピンチをどう乗り切るつもりなのでしょうかー!」
えーと? これって実は演出の一部だった?
「聖女様、お逃げください!」
町長さんが走って貴賓室まで戻ってきた。
「ええと? これは演出ではなく事故なんですか?」
「聖女様がいらしているのにゴブリンなんて演出に使いませんよ」
そういうものか。やっぱり事故なのね。
「じゃあ、クリスさん、今度こそ、本当に行きましょう」
「はっ!」
クリスさんは私をお姫様抱っこすると貴賓室から会場へと飛び降りる。
え? 情けないって?
だって、自分で飛び降りたら確実に足を捻挫するもの。それにクリスさんは私の聖騎士様なんだから良いのだ。今の私は中学生くらいの小柄な少女なのだ。絵面的にも問題ない。
それに私自身も、現実世界で男子大学生だった、ということのほうが夢なんじゃないかと思う程度には今の状況に馴染んでいるし。
「ルーちゃん、大丈夫ですか?」
「あー、姉さまー! ちょっと聞いてください! ひどいんですよ! 応援呼んでもらったはずなのに誰も来ないんですよ!」
「ルミア、いいから早く私の後ろに」
「クリスさん、ありがとーございますー!」
ルーちゃんがクリスさんの後ろに隠れる。とにかく無事で良かった!
「後は任せろ。ルミア。よく頑張った」
「クリスさん、やれますか?」
「はい。ゴブリン程度であれば何体来ようが敵ではありません」
「それじゃあ、お願いしますね。私は、結界でも試してみようかな」
──── 【聖属性魔法】の結界でゴブリンたちを逃がさない様に。結界でドームを作って閉じ込める!
休んでいたおかげで回復した魔力を使ってゴブリンが観客席に逃げない様に結界を張る。これが上手くできていれば一般人の被害は防げるはずだ。
「あーっと、これは! 聖女様が民衆を守るために聖なる結界を張られたぞ! これはすごい! クラウブレッツで聖女様が奇跡を起こされたぁぁぁぁッ!」
地声アナウンスさんが絶叫しながらバトル実況を始めた。この実況のせいで催し物感が半端ない。
「さあ、この聖女様の張られた奇跡の結界の中で戦うは聖騎士クリスティーナ様だーッ! すごいぞ、一匹、二匹、目にも止まらない剣裁きとはまさにこの事だーッ!」
うん、クリスさんは相変わらず流石だ。結界の中にはざっと 30 匹くらいのゴブリンがいるように見える。
あれ? そういえば G と同じだって言っていたけど、もしかして 900 匹くらいいることになるのかな? 恐ろしい。
「ねぇ、ルーちゃん、あれって、まだまだいるんですか?」
「え? さすがにあれで全部だと思いますよ? 何でですか?」
「一匹見たら三十匹いるってことは、あれの 30 倍いるのかなって」
「姉さま、そんなわけないですよ。あれの 30 倍もいたら
よかった。これならクリスさん一人で大丈夫だろう。
「フィーネ様。片付きました。張って頂いた結界のおかげで一匹も討ち漏らさずにすみました。ありがとうございました」
「いえいえ。クリスさんこそお疲れ様でした」
そんな話をしているうちにクリスさんがゴブリンたちをまとめて片づけてくれた。
さすが、クリスさんは幽霊以外が相手なら頼りになるね!
「選手たちを追い回してきた恐怖のゴブリンどもは聖女様と聖騎士様の活躍で打ち倒されたぁぁぁぁッ! クラウブレッツの奇跡ぃ、ここに成るうぅぅぅぅぅぅッ!」
このアナウンサーの人のプロ根性はすごい。最後はもう見事な絶叫系実況だ。本当に、この人の喉はどうなっているんだろうか?
「おおお、さすが聖女様と聖騎士様だ」
観客も私とクリスさんの活躍を称えているまあ、すごいのは一人でゴブリンをまとめて退治したクリスさんなんだけどね。
「神よ! お導きに感謝します!」
観客たちが一斉にブーンからのジャンピング土下座をキメる。うーん、揃ってないしフォームもイマイチ。5 点と言いたいところだけど、この人数で迫力あったから 6 点かな。
「神の御心のままに」
片手を上げてニッコリ営業スマイル。みなさんお疲れ様でした。
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