第二章第7話 深夜の襲撃(後編)

2022/07/27 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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私の上に馬乗りになったアルフレッドは腹に刺さったナイフを抜き取る。そして小瓶を取り出すと口を開け、その中に入った薬を一気にあおる。すると、傷口は淡い光に覆われてみるみる回復していく。完全に塞がったわけでなくまだ血が流れてはいるが、もはや深い傷とは言えないレベルだろう。


「治癒はお前らの専売特許じゃねぇんだよ。さて、楽しませてもらうぜ。おめえらにも使わせてやるから待ってろ」


そういってアルフレッドは私のナイフで私のワンピースの胸の部分を切り裂いた。下着に包まれた私のささやかなふくらみが露わになる。


「くっ」

「ほらほら、さっきの威勢のよさはどうした? 精々良い声で鳴いてくれよ? 聖女様の処女を頂けるなんてまずないからな。あー、神様に感謝してまーすっ」


下品な煽り文句に周りの男が下卑た笑い声を上げる。


大丈夫、まだ慌てる時じゃない。こういう時こそ冷静に。


「ほら、早くしてくださいよ。旦那。後が詰まってるんですから」

「おっと、そうだったな」


ビリビリビリ


アルフレッドが私のワンピースをさらにビリビリに引き裂く。それはただの布切れとなり、もはや体を隠す用をなさなくなった。完全に下着だけにされた私はアルフレッドを睨み付ける。


「ほーう、まだそんな元気があるのか、よっ!」


私は頬を思い切り殴りつけられた。目の前に星が散る。


「ほらほら、どうした? 自慢の聖騎士様でも呼んでみたらどうだ?」

「……」

「ぎゃはははは。それとも、今殴られたので感じる変態だったか? ほらほら、命乞いしてみろよ?」

「しかし若旦那、本当にあの聖騎士は起きないんですかい?」

「起きるわけねえよ。強力な眠り薬を飲ませたんだ。丸一日は眠り続けるさ。なんでこいつが起きているのかは分からねぇが、あいつは絶対に起きねぇ。心配なら今のうちに縛っておけ」

「へ、へい」


なるほど。そういうことか。それなら。


「な? 消えた?」


私は影に潜って拘束を逃れるとクリスさんのもとへ移動する。


「解毒!」


柔らかな光がクリスさんを包み込む。すると、クリスさんがパチリと目を覚ました。


「クリスさん、敵です。私はもう手札が残っていないのであとお願いできませんか?」


がばっ、と音を立ててクリスさんが飛び起きる。


「げぇっ、聖騎士」


男たちを見遣る。そして、頬を腫らして下着姿の私をみたクリスさんは表情をすっと凍らせる。そして静かに聖剣を抜き放ったかと思うと次の瞬間、男たちは全員切り伏せられていた。


何が起きたのか分からない一瞬の出来事だった。


足を切り落とされた者、胴体から真っ二つになった者、首を飛ばされた者、皆血だまりの中に倒れている。


「クリスさん、やりすぎです。これじゃあ事情聴取ができないじゃないですか」

「も、申し訳ありません」

「ええ。でもありがとうございます。おかげで助かりました」


私はとりあえずクリスさんのベッドのシーツを引っぺがして羽織る。着替えの服はあるけどこいつらの血で汚れるのは心情的に嫌だ。


「ええと、ああ、良かった。アルフレッドはまだ生きていますね」


私は両足を切断されたアルフレッドのところへ歩いていくと、治癒魔法で死なない程度に治癒する。


まだ息のある他の男たちの治療をしていると、遠くから走ってくる足音が複数聞こえてくる。


「聖女様ー! ご無事ですかーーー?」


この声は伯爵だ。扉が開け放たれ家具が廊下に出されていたからだろうか。伯爵が数人の供をつれてそのまま駆け込んできた。


「なっ! こ、これは一体? おい、アルフレッド、お前一体何をしているんだ? 何が起きているんだ!」


うーん、これは、伯爵自体は絡んでいないのか?


「メイナード伯爵、この男はあろうことか、フィーネ様の寝込みを襲い、乱暴を働こうとした。王国では、聖女に対してそのような狼藉を働いたものは例外なく処刑だ。その身柄は王宮が預かることになる」

「な、なぜそんな愚かな真似を……」


アルフレッドは答えない。


「デズモンド様。その男は私たちの助けたエルフの少女を奴隷としておりました。そして、その事を私は知ってしまいました」

「な! なんですと!? おい、アルフレッド! お前何故そんなことを!」


アルフレッドはなおも答えない。


「最初は私たちの食事に眠り薬を混ぜ、眠っている間に彼女を連れ去ろうとしたようです。ですが、たまたまその時に私が彼女の部屋を尋ね、決定的な証拠を見られたために私ごと始末しようとした、ということのようですよ?」

「な、な、な、なんて……ことを……」


伯爵が顔面蒼白となって膝をつく。


「メイナード伯爵、食事に薬を盛ったとはどういうことですかな?」


クリスさんが凍えるような声で伯爵に尋ねる。


「も、申し訳ございません。ですが、我が家としては聖女様と聖騎士様を害するつもりは毛頭ございません。全てはこの愚か者の仕業です」

「メイナード伯爵は関与していないと?」

「管理が行き届いていなかったことにつきましては責任がございます。ですが、奴隷の取引、ましてや聖女様に危害を加えるなど、我が家にも我が領地にも何のメリットもございません」


なるほど。それは確かにそうかもしれない。


「ルーちゃん、辛いことを思い出させしまって申し訳ないですが、一つ教えてください。そこで破れた私の服を握って転がっている男、あれと最初に会ったのはいつですか?」


私のベッドルームからこちらの様子を伺っていたルーちゃんが恐る恐る私の隣にやってきた。惨状を見て眉をひそめたが、小さな声で私に言う。


「あの男と会ったのは今日がはじめてです。じゃらじゃらと音のする袋を誰かに渡した後、お腹にあった呪印に血を垂らしてきました。それで、今日から主人だって」

「わかりました。ありがとうございます。ルーちゃんはもう下がっていて大丈夫ですよ」


なるべくルーちゃんを心配させない様に笑顔を作る。とはいえ、そろそろ血の匂いにあてられそうになってきた。あまり長居すると吸血衝動が抑えられなくなるかもしれない。


「私はもう聞きたいことはありません。気分が優れないので少し休みたいのですが」

「せ、聖女様! でしたら別の部屋をすぐにご用意いたします。どうか、どうか」


伯爵が必死な様子で土下座を繰り返す。


うーん、しかしここで同じ屋敷に泊まるのはどうなんだろうか?


「フィーネ様、この申し出はお受けするべきかと思います。既に宿は全て閉まっておりますし、刺客がいないとも限りません。私が夜通し見張りを致しますのでどうかご安心ください」


なるほど。確かに屋敷の庭にも敵はいたようだし、この時間から出歩くよりはマシかもしれない。そう判断した私は申し出を受けることにした。


「わかりました」


****


「すみません。ちょっと、もう限界なので血を……」


別の部屋に移った私はすぐにクリスさんに血を貰う。何も言わずにティーカップを自分の血で満たすと私に差し出してくれる。


「いつもすみません」


私は治癒魔法でクリスさんの傷口を治すと、ティーカップに口をつけ、一気に飲み干した。


「クリスさん、ありがとうございました。やはり、血を見るとどうしても抑えられなくなってしまいます」

「いえ。私こそ申し訳ございませんでした。まさか眠り薬を盛られるとは思ってもみませんでした。フィーネ様に荒事をさせてしまい、あまつさえあのような目に遭わせるなど!」

「私も押し倒されて殴られただけで一線は越えていませんから大丈夫です。これからは毎食後、解毒魔法をかけてあげますね」

「フィーネ様……」


クリスさんはまだ申し訳なさそうにしている。


「まあまあ、ルーちゃんも助けられましたし、今日のところは結果オーライですよ。明日にはこの町を出て北を目指しましょう。伯爵が本当にこの件に関わっていないのかも分からないですし」

「……そうしたいところではありますが、難しいでしょう。奴隷売買に聖女であるフィーネ様に対する狼藉、あのアルフレッドという男の行いは、どちらも極刑に相当する行為で、ホワイトムーン王国に対する明確な反逆行為です。その責は伯爵家にも及ぶでしょう。メイナード伯爵がまともであればまだ良いですが、それでも身内を庇い立てする恐れがございます」


なるほど。奴隷売買に聖女に対する乱暴、バレたら両方一発でアウトな事を跡取り息子がやらかしたわけか。


「では、どうすればいいんですか?」

「はい。この町には王国第二騎士団の分隊が駐屯しています。私の知己も多くおりますのでまずはそちらを頼り、伯爵一家を捕縛させましょう。そこで騎士団が事件を捜査し、ある程度解決の目途が立ちましたら出発、という流れになると思います」

「そうですか。ではそうしましょう」


こういったことはよく分からないし、クリスさんは一応この国の騎士でもあるのだから言う通りにした方が良いだろう。


私はベッドに横になるとすぐに夢の世界へと旅立った。

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