第二章第8話 吸血鬼という存在

翌朝、私たちは歩けないアルフレッドを引きずって第二騎士団の駐屯地へと向かった。


「聖騎士クリスティーナだ。聖女フィーネ様を害そうとした不届き物を捕らえてやってきた。ご助力を願う」

「クリスティーナ殿! 直ちに隊長をお呼びします! どうぞ中へ」


私たちはあっさりと中に迎え入れられ、応接室へと通される。そして、隊長らしき人が入ってくると敬礼された。


「聖女フィーネ・アルジェンタータ様! お目にかかれて光栄であります! 自分はホワイトムーン王国第二騎士団北方方面第三分隊隊長ハドリー・ターナーであります!」


髭を生やした渋い感じの大男だ。


「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータと申します。こちらはご存じかもしれませんが聖騎士のクリスティーナ、そしてこちらが旅の仲間のルミアです」

「クリスティーナ殿、久方ぶりであります。そしてルミア殿、どうぞお見知りおきください」

「お話しする前に、ルミアに別の部屋を用意していただけますか? 被害を思い出させてしまうことをお話しますので」

「はっ。かしこまりました」


ルーちゃんが別の部屋へと移動したのを確認した私は話をはじめる。


「それで今回こちらをお尋ねしたのはですね……」


私たちは事のあらましを説明した。奴隷取引の現場を抑え、関係者と被害者は衛兵の詰め所に引き渡してあること、アルフレッドがルーちゃんを奴隷としていたこと、そして伯爵邸でのこと、全てを話し終えると、ハドリー隊長は口を開いた。


「聖女様、ご無事で何よりでした。そして、隷属の呪印を解呪してしまうというそのお力、さすがとしか申し上げようがございません。現在、騎士五十名を伯爵邸に差し向けておりますが、おそらくメイナード伯爵本人は無関係と思われます。もし関係しているのであれば、この罪人を昨晩のうちに処分しているはずです」

「なるほど」


確かにそうだ。ということは昨日の夜に目を離したのは迂闊だったかもしれない。


「捜査が完了するまで短くとも一週間程はかかるでしょう。大変申し訳ございませんが、それまでの間はイルミシティにご滞在頂けませんでしょうか? 他に奴隷にされた被害者がいた場合、聖女様におすがりする以外に助ける方法がないのです。滞在費用は騎士団が全て負担致しますし、警備の騎士も何名かお出し致します」

「わかりました。私も呪印を刻まれた被害者は助けたいですから喜んで協力させていただきます」


意思を捻じ曲げられて無理やり奴隷にされた人の解呪は喜んで協力したい。そんなのは悲しすぎる。


「ご助力、感謝いたします。それと、もし次に同じ異変を感じ取られましたら、是非とも我々をお連れ下さい。おそらく、聖女様は隷属の呪印の主人を登録する儀式で発せられた強力な闇の魔力を感じ取られたのだと思います」

「儀式、ですか?」

「はい。呪印に血を垂らすというのは、隷属の呪印の主人を指定するための行為だと聞いております。それを遠くから感じ取って場所まで正確に特定されるとは、お見事です。いやはや、クリスティーナ殿が聖剣を使って騎士の宣誓を行ったと我々騎士団でも話題になっておったのですが、まさに聖女様と呼ぶに相応しい素晴らしいお方ですな」


そう言ってハドリー隊長は豪快に笑った。そして私は曖昧に笑った。


****


私たちは騎士団のはからいで、イルミシティで最高級ホテルのスイートルームに宿泊できることとなった。


そして今、私はホテルの部屋の窓から広場の噴水を眺めている。


「フィーネ様、浮かない顔をされていますね。どうかなさいましたか?」


クリスさんが私の様子に気を使って声をかけてきてくれた。


──── ホントに、クリスさんは


「私は昨晩、はじめて人を刃物で刺したんです。でも……」

「ショックでしたか?」

「……そうですね」

「相手はフィーネ様を殺しに来たのですから、身を護るための反撃は当然のことです。フィーネ様が気に病むことなど――」

「そうではないんです」

「え?」

「刺した事に罪悪感を感じないどころか、その血を飲みたいとさえ思ってしまったんです」


そう、自分としてはもっとショックがあると思っていたのだ。当たり前だが、現実世界にいた時に人を刺したことなんてないし、こっちの世界でもゾンビを昇天させたことこそあれど人も動物も刺したことはなかった。それなのに、襲われたとはいえ人を刺したのに、その感想が流れた血を飲みたい、というのは別の意味でショックだった。


確かに私は、自分で選んで種族を吸血鬼とした。だが、現実世界に帰れば人間に戻るのだし、本質は人間であると思っている。それなのに、自分が人間でなくまるで吸血鬼そのものの様な感情を持っていると自覚してしまった。


実は、これはゲームの世界なんかじゃあなくて、本当に異世界に転生しているんじゃないか。あの時適当に設定したばちが当たったんじゃないか。そんな不安が頭をよぎる。


「私は、このまま人として生きていてもいいんでしょうか? 私がこのまま狂わないという保障がどこにあるんでしょうか? 吸血鬼は見つけ次第、討伐されるべきなんですよね? だったら――」

「姉さま! やめてください!」

「ルーちゃん?」

「例え姉さまが本当に吸血鬼だったとしても、姉さまは姉さまです! 呪いをかけられて奴隷にされたあたしたちを救ってくれたのは姉さまです! あの男に襲われたときに助けてくれたのも姉さまです! あたしが辛いことを思い出さないで済むように気を使ってくれるのも姉さまです! 姉さまを討伐するやつがいるなら、あたしがそいつらを討伐してやります! だから、だから……」


ルーちゃんが嗚咽を漏らし始める。


「そんな悲しいこと、言わないでください……」

「ルーちゃん……」


私は昨日できたばかりの妹分をそっと抱きしめて囁く。ごめんね、と。


私より少しだけ背の低い彼女の額が私の方に押し付けられ、エルフ特有の長い耳が顎に触れる。


「そうですよ。フィーネ様。フィーネ様は決してそのようなことにはなりませんし、もし仮にそうなったとしても私がお止めしてみせます」


クリスさんが優しく笑いかけてくる。そんな二人に私は小さく呟く。ありがとう、と。


ほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。

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