第二章第6話 深夜の襲撃(前編)
2022/07/27 誤字を修正しました
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ルーちゃんを救出してから何時間がたっただろうか? 窓から見える庭は高く昇った満月に照らされて幻想的な雰囲気を漂わせている。
未だに襲撃は起こらない。幽霊以外に対しては決戦兵器級の働きをするクリスさんが目を覚ます前に決めなければ、悪事がバレてあの男に未来はないはずなのだが。
──── 思ったよりも愚かだったのか、それとも諦めたのか、どちらだと良いのですが
部屋の中にはクリスさんとルーちゃんの息遣いが小さく響く。
もしかしたら、この屋敷自体が既に封鎖されていて、このまま監禁するつもりなのかもしれない。そんな事を思っていると、庭に人影が動いているのが見えた。それなりの人数がいそうだ。
ついに来たのかもしれない。そう思った私は音に集中する。廊下から複数の足音が聞こえる。足音を殺しているようだが、まっすぐとこちらへ近づいて来ている。
とりあえず私はルーちゃんをゆすって起こす。
「ルーちゃん、多分襲撃が来ました。逃げる準備だけして、奥に隠れていてください」
寝ぼけまなこのルーちゃんだったが、すぐに起き上がって準備をはじめる。
「クリスさん、起きてください。敵襲ですよ!」
よほど深い眠りなのか、クリスさんが目を目を覚ます気配はない。
──── うーん、そんなに疲れがたまっていたんですかねぇ
いつもいつもクリスさんに頼りすぎていたのかもしれない。
ガチャッ
扉の鍵が開けられた音がする。やはり屋敷の者達も共犯のようだ。アルフレッドだけでなく伯爵家全体が違法奴隷取引の関係者ということも十分に考えられる。最悪の可能性を考えると、町の衛兵すら敵という可能性もあるだろう。そう考えると、女性たちを衛兵に任せてきたのは失敗だったかもしれない。
私は窓の外を見遣ると、月明かりに照らされた庭に 5 人ほどの剣を持った男がいる。あれは、私たちが窓から飛び降りて逃走した場合に捕まえる役目だろうか。
ぎぎぃ、と音を立てて扉が開かれる。バリケードの向こう側には何人かの男が見える。抜剣しているところを見ると、穏便に済ませる気はないのだろう。
「ちっ、なんだこれは。どかせ」
アルフレッドの声がする。この襲撃の犯人もあいつか。
「アルフレッド様、女性の部屋を尋ねるのにノックもなしとは、伯爵家のマナー教育はどうなっているんですかねぇ?」
少し挑発してみる。バリケードの向こうで息を飲む声が聞こえる。
影に潜るのも霧化もほんの数秒しか使えないうえに一度使うとしばらく使えない。一人なら奇襲をして倒せるかもしれないが、おいそれとは使えない。こちらの戦力はほぼクリスさん一人だが、起きる気配はない。私は護身用のナイフを握りしめる。
「いいから早くどかせ。始末した後のことは俺が何とかする」
アルフレッドがバリケードの向こうでそんな指示をしている。どうやらやるしかないようだ。私は窓のカーテンを閉じて、部屋の中をできるだけ暗くする。
──── 闇属性魔法、視界を奪う霧よ出ろ~
ほんのわずかに暗くなったかもしれない、という程度の霧のようなものが出てきた。お約束の魔法があれば、と思って使ってみたがやはりあるようだ。ほとんど誤差レベルのような気もするが、スキルレベル 1 だとこんなものなのだろう。吸血鬼という種族の特性を活かすために少しでも暗くして有利に、と思ったがそう簡単にはいかないようだ。とはいえ、月明かりのほとんど差し込まないこの部屋はかなり暗い。これだけ暗くても私にははっきりと見えるが、人間ではそうは行かないはずだ。
足音を殺してバリケードの脇に移動して、ナイフを抜き放つ。そしてバリケードの間をすり抜けるようにして体を出してきた男の太腿を思い切り刺した。
「がっ」
男が崩れ落ちる。私はナイフを引き抜くと急いで後ろに飛び
「私は入室を許可していませんよ?」
敵意をもって、拒絶するように、努めて冷たい声で言い放つ。バリケードの向こうからは舌打ちが聞こえてきた。
「邪魔なものを全て廊下に運び出せ。聖女が何故起きているのかは分からんが、聖騎士は起きないはずだ」
うーん、どうしてクリスさんが寝ているのがバレているのだろう?
扉の前に置いていた椅子や机や箪笥が次々と廊下へと運び出されていく。警戒したのか今度は体を部屋の中には入れずにバリケードを外へと引きずり出していく。そしてついには私たちを守るバリケードは無くなってしまった。
男たちのもつランプが室内を照らす。
「やれ」
アルフレッドが短く号令を飛ばす。男たちが下卑た笑い声を上げながら私の方へとにじり寄ってくる。そして、
「オラッ!」
一人が声をあげて私に切りかかってくる。私はシャルの真似をして【聖属性魔法】の盾をその男の目の前に作り出す。すると、その男は強かに顔面をぶつけて鼻血を出した。
それを見た男たちは警戒をした様子で私の周りを取り囲む。
とはいえ、決定打に欠ける。このままではいずれ防ぎきれずにやられてしまうだろう。とすると、やはり指揮官を倒す以外に勝ち筋はないかもしれない。
アルフレッドの位置を確認する。あいつは部屋の入り口に立っている。ランプを持っているから正面から影に潜って奇襲するのは難しいだろう。ならば。
私はアルフレッドとの間に立ちふさがる男に向かってナイフを構えて突進する。左手にナイフを順手で持ち、右手のひらを柄頭に添える。ヤクザ映画何かでよくある、包丁を持って突進するあの動きのイメージだ。
「はっ、こんな見え透いた攻撃なんざ――」
男が冷静に私を捌こうとした瞬間、私は霧化を発動する。
「なっ? 消えた?」
私は勢いをつけたままアルフレッドの目の前に出現し、そのまま体ごとナイフを突き立てる。
「がはっ」
手ごたえはある。ナイフはしっかり相手の腹に刺さった。
「この、クソアマァ!」
しかしどうやら致命傷にはならなかったらしい。
ぐるりと天地がひっくり返るような感覚の後、私は床に組み伏せられた。
「クソッ。クソッ。さっさと殺して始末するつもりだったが気が変わった。そのすました顔をぐちゃぐちゃにして、女に生まれたことを後悔させてから殺してやるよ」
アルフレッドは私に馬乗りになると、鋭い眼光で私を見下ろしてきた。
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