第二章第5話 犯人
「いやはや、突然屋敷を飛び出して行かれたとお聞きした時は驚きましたが、まさか我が町で奴隷が売られているとは。イルミシティを預かるものとして、心より御礼申し上げます」
奴隷関連の諸々を片づけてメイナード伯爵邸に戻った私たちを伯爵が片膝をついて出迎える。
「神のお導きのままに」
「神に感謝を!」
伯爵がブーンからのジャンピング土下座を決める。うん、キレとフォームの美しさがいまいち。 6 点。
「デズモンド殿、フィーネ様がお救いになられた女性たちの中にエルフの少女が混ざっていた。彼女もフィーネ様と共に極北の地を目指すこととなった故、部屋をご用意いただきたい」
「左様でございましたか。喜んで用意させていただきます」
「恩に着る」
「それでは、晩餐の準備が整っております。どうぞこちらへお越しください。それと、エルフのあなたには、聖女様の隣の部屋をお使い下さい。そちらのメイドが案内いたします。食事など、何かご希望がありましたらその者にお申し付けください。おい」
「かしこまりました。旦那様。お嬢様、ご案内いたします」
クリスさんがルーちゃんの部屋についても交渉を終わらせてくれた。ルーちゃんはメイドさんに案内されて屋敷の奥へと歩いていった。少し不安そうにこちらを見ていたが、最終的にはついていってくれた。
****
「聖女様、聖騎士様、こちらが私の長男のアルフレッドでございます」
「アルフレッド・メイナードと言います。聖女様、聖騎士様、お会いできて光栄です」
アルフレッドさんが笑顔で挨拶をしてくるが、どう見ても目が笑っていない。
「フィーネ・アルジェンタータです。こちらはクリスティーナ。よろしくお願います」
うーん、最初の時も伯爵の言いつけを無視して挨拶に来なかったし、聖女や聖騎士が嫌いなのかもしれない。
あれ? なんかこの匂いはどこかで嗅いだような?
「さあさあ、堅苦しい挨拶はこのくらいと致しましょう。聖女様と聖騎士様には是非、我がイルミシティの美食をご堪能下さい」
「はい。ありがとうございます」
伯爵に促されて私は思考をそこで切ると着席する。
「こちらはイルミシティ近郊で栽培されております――」
伯爵がしきりに特産品を使ったと思われる料理の売り込みをしている。聖女だなんだといったって小娘一人に一体なんでこんな過剰接待をするのだろう。別に私はご利益なんて落とさないぞ?
伯爵の特産品自慢を適当に相槌を打ちながらひとしきり聞き終えると、今後は伯爵のゴマすりが始まった。
「しかし、聖女様はさすがですな。王都での疫病の解決に奔走されたお話は――」
あー、長い。中身ゼロの下らない話を聞き続けるこちらの身にもなってくれ。まったく。
****
「はあ、ここの伯爵の相手は疲れますね」
「フィーネ様、お疲れ様でした。延々と話し続けていましたからね」
そう言ってクリスさんは欠伸をかみ殺す。
「あれ? クリスさんがこの時間から眠くなるなんて珍しいですね」
「申し訳ありません。旅の疲れが出たのかもしれません」
「仕方ないですよ。洗浄魔法できれいにしてあげますから今日は早めに休んでください」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
「じゃあ、おやすみなさい」
私が洗浄魔法とこっそり治癒魔法をかけて体力を回復させてあげる。クリスさんはそのままベッドに潜り込み、少しすると静かに寝息を立て始めた。
さて、私はまだ眠くないし、ルーちゃんの様子でも見に行くとしますか。
私は扉をでると、隣の部屋の扉をノックする。
「ルーちゃん、こんばんは。フィーネです。入ってもいいですか?」
返事がない。あれ? おかしいな。
私は耳をすまして扉の中の音に集中する。寝てるなら寝息が聞こえるはずだが。
「っんー、ぅー」
なにか、くぐもったような声が聞こえる。
あれ? 何か争っているような音が?
そして、きしむような音も聞こえてきた。
「ルーちゃん? 入りますよ?」
私は扉を開けようとするが、鍵がかかっているの開けることができない。
それなら!
私は【影操術】で影に潜ると、ドアの下から室内へと侵入する。
「ルーちゃん!」
私は思わず叫ぶ。
室内に侵入した私の目に飛び込んできたのは部屋のベッドの上に押し倒されたルーちゃんと、その上に馬乗りになってルーちゃんの口を塞ぐ男の姿だった。
室内の灯りは消されているが、私にははっきり見える。こいつは領主の息子のアルフレッドだ。
「アルフレッド・メイナード。これは一体どういうことですか? 女性を無理やり襲うなど、許されることではありませんよ?」
驚いたようにこちらを見るが、すぐに余裕の表情を浮かべた。
「これは、聖女様。何をおっしゃいますか。私は美しい彼女に一目惚れをして、彼女も受け入れてくれたのですよ」
そうしてルーちゃんの耳元で小声でこう囁いた。
「命令だ。私に惚れたと伝えて聖女を追い返せ」
ああ、なるほど。そういうことか。でもね、私吸血鬼だから聞こえるんだよ。残念だったね。もう命令は効かないよ?
そして、アルフレッドはルーちゃんの口を塞いでいた手をどける。
「姉さま! 助けて!」
「なっ?」
「解放していただけますね? アルフレッド・メイナード」
「ぐっ」
アルフレッドが観念したようにベッドから降り、ルーちゃんを解放する。
「ルーちゃん、大丈夫ですか? こっちまで逃げて来られますか?」
ルーちゃんはよろよろとベッドから抜け出し、私のところへとやってくる。まだちゃんと服を着ている。どうやら最悪の事態は免れたようだ。
「ルーちゃん、すみません。まさかこんなことになるとは」
「だ、大丈夫です。また助けてくれてありがとうございました。姉さま」
さて、私が戦っても勝てるかは怪しい。クリスさんは寝ているし、屋敷の者がグルな可能性も高い。だとすれば助けを呼ぶのもまずいだろう。ここは引いた方がいいな。
「さて、それでは私たちはこれで失礼します。アルフレッド様」
そう告げると私はルーちゃんを連れて自室へと戻った。
「クリスさーん、起きてください」
しかし、頼みのクリスさんはゆすっても頬をぺしぺしと叩いても起きない。仕方がないので扉に鍵をかけ、そして家具を扉の前に移動して即席のバリケードを作る。
「これでも無いよりはマシでしょう。クリスさんが起きたら脱出します。ルーちゃんはあっちのベッドで寝てください。私は見張りをしておきます」
「え? 姉さま?」
「あんなところに閉じ込められて大変だったんですから、柔らかいベッドで寝てください。敵が来たら起こします」
「で、でも」
「私はまだ大丈夫ですから。吸血鬼は夜に強いんですよ?」
私は遠慮するルーちゃんを強引にベッドへと押し込んで横にならせる。なおも申し訳なさそうに私を見てくるので、横になった彼女の額に手を当ててこっそり【聖属性魔法】の鎮静をかけてあげる。
「ほら、これでもう大丈夫です。私はここにいますから、休んでください」
すると、ルーちゃんはストンと眠りに落ちていった。
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