第二章第4話 エルフも勘違い

「聖女様、聖騎士様。感謝いたします」

「すべては神のお導きのままに」


これは最近覚えた便利フレーズだ。下手に謙遜すると、そんなことありません、などといったやり取りが始まって不毛な会話に突入することがあるが、これなら冷たい感じにもならず余計な波風もたたない。


こうして荒くれ者たちを衛兵に突き出して今、詰め所の一室に私たちはエルフの少女と 3 人だけで椅子に腰かけている。


「あらためまして、私はフィーネ・アルジェンタータと言います。こちらは聖騎士のクリスティーナです」

「ルミアです。ええと、そのエルフです」


ルミアさんというらしい。どうやらこの世界でもエルフは美人という法則は適用されているらしい。私よりも背が低いし、顔立ちも幼げに見える。もしかしたら私よりも年下なのかもしれない。


そのルミアさんが恐る恐る、といった感じで私に質問してくる。


「あの、フィーネ様は聖女様なんですよね?」

「一応、聖女候補、ということにはなっていますね。私は自分を聖女などという立派な人間だとは思っていませんが、聖騎士であるクリスさんに選ばれましたので。まあ、行きがかり上というやつです」

「そう、なんだ……あの、その耳、聖女様はエルフの血を引いてるんですか?」

「いいえ、違いますよ。よくエルフの血を引いていると勘違いされるのですが、私は吸血鬼です」

「え? でもさっき外を歩いていたし、それに――」

「私は吸血鬼ですが、日光浴が好きで【聖属性魔法】と【回復魔法】が使えるんです」

「……はぁ」


ルミアさんが怪訝そうな顔をしている。


あー、絶対信じてないよね。なんだこのやり取り懐かしいなぁ。


「ルミア殿、ちょっといいかな? 実はフィーネ様は……」


そういってクリスさんがルミアさんの耳元で内緒話をしようとしている。それ、全部聞こえてますけどね!


そしてルミアさんの表情がみるみる曇っていき、泣きそうな表情になり、そして憐れむような表情になる。


はいはい、どうせ厨二病ですよっと。


「聖女様は、白銀の里、えっと、人間でいう極北のハイエルフの里に行くんですよね?」

「はい。その予定です。ただ、その前にもしよかったら【精霊召喚】について教えてもらえませんか?」

「……ごめんなさい。あたし、まだ精霊と契約できていなくて。その、【精霊召喚】は見せられないんです」

「【精霊召喚】は、精霊と契約しないと使えないんですか?」

「はい。【精霊召喚】は、契約した精霊を召喚するエルフ族のユニークスキルです。もし聖女様が【精霊召喚】をお持ちなのでしたら、精霊との契約はどこかのエルフの里に行けばできると思います」


なるほど。里に行けば契約できるのか。これは良いことを聞いた。これで火力の出る精霊と契約できれば経験値稼ぎが捗るというものだ。


「そうなんですね。ありがとうございます。あの、もしよかったら、ルミアさんの住んでいたエルフの里まで送りましょうか? クリスさんがいますから野盗が出ても安心ですよ?」

「……実はあたし、里の出身ではなく両親と妹の家族だけで森に住んでいたんです。それで、家族で仲良く暮らしていたのに、人間たちがいきなりやってきて、お父さんが……」


吐き出すようになんとか言葉を絞り出したルミアさんはすすり泣きをし始めてしまった。


あわよくば精霊との契約ができれば、なんて思ったのだが、どうやら思い出したくもないことを思い出させてしまったようだ。奴隷として誘拐されたのに、そんな話をするのは配慮が足りなかった。反省せねば。


「……辛いことを思い出させてしまってすみません」


私はすすり泣くルミアさんが落ち着くのをじっと待つ。


「すみません。大丈夫です。あの、聖女様。もしよかったらあたしも白銀の里に一緒に連れていってもらえませんか? あそこなら人間に襲われなくて済むと思うんです。でも、一人で旅をするのはちょっと怖くて……」


なるほど。確かに目的地は一緒だし、エルフの里に行くのに助けたエルフを連れていけば心証は良くなる気もする。それに、この町に置いておいたらまた誘拐されるかもしれないしね。


「良いですよ。一緒に行きましょう。ルミアさん。偉い人と話す機会もあるでしょうから、ご家族の行方も探してもらう様にお願いしましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「クリスさんも良いですか?」

「もちろんです。フィーネ様であればそう仰ると確信しておりました」


別に、自分に都合が良いからやっているだけで、何でもかんでも手を差し伸べるつもりはないけどね。


その後、私たちはルミアさんと一緒に伯爵邸から迎えの馬車に乗り、衛兵の詰め所を後にした。ちなみに、他の女性たちはこのまま衛兵の手配した宿に宿泊することになったそうだ。彼女たちは基本的に親元に返す予定だが、連絡がつかなかったり本人が拒否したりした場合は神殿で預かることになるらしい。彼女たちにはとても感謝された。まさかあんなところに奴隷商の拠点があるなんて思ってもみなかったが、結果的オーライだ。


「それにしても、まさかこの目で隷属の呪印が解呪されるという奇跡を目にすることができるとは思いませんでした」


馬車で私と向かい合って座るクリスさんがやや興奮気味にいう。


「それって、そんなにすごいことなんですか?」

「もう、すごいなんてものではないですよ。隷属の呪印を解呪したなんて、伝説の大聖女様くらいしか聞いたことないですから」

「はい?」

「つまり、フィーネ様のなさったことは伝説の大聖女様以外に誰も成しえなかった偉業なのです」


な、なんだってー!


「本当に?」

「もちろんです。あれは王都の神殿でも解呪できません。だからこそ、世界中で隷属の呪印は禁呪とされているんです」

「聖女様はすごいんですね!」

「そうだぞ。フィーネ様はすごいんだ。私は伝説の大聖女様の再来だとさえ思っている」

「すごい……」

「今までだって大活躍だったんだぞ。例えばな……」


クリスさんが嬉々として私の過去の所業を盛りに盛って伝えまくる。


やばい。ルミアさんの中の私がどんどん美化されていっているのが手に取るように分かる。


「ほ、ほら、ルミアさん。私たち旅を一緒にするんですから、もう少し、こう、ですね。その、ハードルを下げてくれると嬉しいなー、なんて思うんですけど……」

「これもフィーネ様の美徳だ。どれだけ素晴らしいことをなさったとしてもその功績を決して他人にひけらかすことなどなさらないのだ」

「聖女様! さすがです!」


ああ、ダメぽ。もうどうにでもな~れ





いや、待て。まだ諦めるには早い。この堅苦しい空気だけでも何とかしなくては。


「ですから、ほら、そんなに畏まられても。旅も長くなるわけですし」

「なるほど。それではフィーネ様。ルミアのことを愛称で読んでみてはいかがでしょうか?そうすれば距離も縮まるのでは?」

「確かに、そうかもしれません。ルミアさん、愛称で呼んでもいいですか?」

「もちろんです! 聖女様!」


うーん、名前がルミアで、えーと、やっぱりちゃんづけかな?


る、る、る、るー、うーん。そうだ。


「ルーちゃんでどうでしょう?」

「はい、嬉しいですっ! 聖女様っ!」


変わってねぇ!


「じゃあ、ルーちゃん、私のことも聖女様と呼ぶのはやめてください。堅苦しくない感じでお願いします」

「ええええぇ」


なんでそんなに不満そうな顔するかな。


「ルミア、そんなに畏まって考える必要はない。フィーネ様はお優しいお方だ。そう、例えば姉に接するような感じで接してみたらどうだ?」

「お姉ちゃん、ですか? うーん、あたしお姉ちゃんはいなかったんですよね……」

「それなら旅の間はフィーネ様のことを実の姉と思って接してみるとよいだろう。フィーネ様もよろしいですよね?」

「え? あ、はい……ん? はい?」

「ルミア、良かったな」


それを聞いたルーちゃんの顔がぱあぁぁ、と明るくなった。


「はい、姉さま!」


笑顔で、私前からお姉ちゃんが欲しかったんです、など言ってくるルーちゃんの姿を見た私に「やっぱり恥ずかしいから止めて」と言う勇気はなかった。


ちなみに、ルーちゃんの実年齢は 13 才と見た目通りだった。私は 14 才という設定にしているので私のほうが年上だ。


え? この世界では 1 才だろうって?


何変なこと言ってるのかな君は。細かいことを気にする男は女にモテないよ?

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