第二章第3話 囚われの少女

「クリスさん、あの建物の中です」


伯爵邸を飛び出してから 5 分ほど走った場所にその建物は合った。倉庫のような建物で、明らかにガラの悪そうな厳つい巨漢が見張りをしている。


「かしこまりました。では、参りましょう」


私たちは堂々と正面から建物に近づいていく。


「ああん? 聖女と聖騎士、か? なんでここに?」

「聖女フィーネ様がこの建物に何か邪悪な気配を感じ取られた。町に被害が出る前に浄化させていただきたいが、良いな?」

「あ? ……そんなもんねぇよ。帰りな。俺たちは聖女様の力なんざいらねぇよ」


うーん、怪しい。これ、こいつ何か知って隠しているだろ。


「ふむ。ならば仕方あるまい。押し通る!」


突然放たれたクリスさんの右フックが見事に男の顎を打ち抜き、男が一撃で崩れ落ちた。


「さ、参りましょう」

「は、はい……」


──── この国、聖騎士様は一般人を殴っても罪に問われないんだろうか?


そして、クリスさんはそのままを扉を開け……ずに蹴破った。


けたたましい音と共に扉が壊れ、室内に吹っ飛んで行った。


そうだった。この人幽霊以外に対しては滅茶苦茶強いんだった。前に 20 人近い盗賊を一人で倒していたもんな。


「なっ! なんだてめぇは? カチコミが来たぞ!」


えー、カチコミってヤクザか何かかな? まあ、まともな事をしている人たちではなさそうだけれど。


「おい、お客様をさっさと逃がせ。俺らはこいつを止めるぞ」


あれ? もしかして何かヤバいものの取引現場抑えちゃった系かな?


「逃がさん!」


クリスさんが目にも止まらなう速さで突っ込んでいき、5 人の厳つい男たちに一方的に殴る蹴るの暴行を加えると一分とかからずに全員をのしてしまった。


「そこかぁーー!」


クリスさんがまた奥の扉を蹴破った。またもや豪快に扉が飛んで行き、奥に壁に当たって大きな音を立てて落下する。その部屋には階段が一つあった。


「さあ、参りましょう」


クリスさんが何故かやたらと楽しそうに、いそいそと階段を駆け降りていくので私は急いで後を追う。


階段を降りた先は牢屋だった。一直線の通路の左右に鉄格子が並び、その中がいくつかの部屋に区切られている。そして、その牢屋の中には粗末な服を着た若い女性たちが鎖に繋がれていた。彼女らは一様に精気の抜けたような表情をしている。


「オラッ、さっさとしろ!」

「っうう」


声がした方を見遣ると、フードをかぶった男が、同じくフードをかぶった背の低い少女の手枷から伸びる鎖を引っ張っている。


「命令だ。黙って俺についてこい」

「……はい、ご主人様」


そう命じられた少女は突如感情を感じさせない声でそう答えると素直に男の後について歩き出す。


「貴様!」


クリスさんが一瞬で距離を詰め、聖剣を抜き放つと男の持つ鎖を切断する。


「うおっ! なんだお前は!」

「我が名はクリスティーナ。聖女様を守護する聖騎士だ」


そう言うとクリスさんは男の腹を思い切り蹴りとばす。クリスさんの蹴りをまともにくらった男は大きく吹っ飛び、奥の壁に激突した。


「そこの君、大丈夫か?」

「……」


少女は反応せず、そのままふらふらと男の下へと歩こうとする。


「君! 待ちなさい!」

「……」

「クリスさん、その子は様子がおかしいです。あの男に何かされているのでは?」

「!」


男のほうを見遣ると、男は慌てて立ち上がる。そして向かって左に駆け出したかと思うとすぐに姿が見えなくなる。


「待て!」


クリスさんが走って追いかけ、私もそれを追う。男が逃げた先は上り階段になっており、そのまま外へと通じていた。


「フィーネ様、申し訳ありません。取り逃がしてしまいました。あの男は逃走用に馬まで用意しておりました」

「仕方ないですね。一旦戻りましょう」


一旦戻ろうと階段に目を向けると、先ほどの少女がふらふらと上ってきた。


「おい、君!」

「……」


クリスさんの問いかけに少女はやはり答えない。扉から外に出て周りを見渡す。そして、精気の抜けたような目でクリスさんを見遣ると、感情を感じさせない声で質問してくる。


「ご主人様はどちらでしょうか?」

「……少し失礼する」


そう言ってクリスさんは少女の着ているワンピースの裾をめくり始めた。


いきなり何してんの? この人?


「ちょ、ちょっと? クリスさん? ここは外ですよ?」

「やはりか。フィーネ様。どうやら、ここは奴隷を違法に取引する場所のようです。こちらをご覧ください」


そう言ってクリスさんは少女のお腹を見せる。おへその下あたりに何やら印のようなものが描かれている。


「このお腹にある印は隷属の呪印と呼ばれるものです。呪いによって主人と指定された者の命令に逆らえなくなるという、忌々しき邪法です」


ああ、なるほど。それで命令されてから様子がおかしかったわけか。


「呪い、ということは、解呪の魔法で解放してあげられるんじゃないんですか?」


──── 解呪。隷属の呪いよ消え去れ~


淡い光が少女の体を包み込むと、少女のお腹についていた呪印がきれいに消滅した。


「いえ、この呪いは――」

「ほら、解けました。変な痕が残らなくて良かったですね」

「へ?」


クリスさんが口をパクパクしている。それに少女も驚いた様子で口をパクパクしている。


それを見た私は小学生の頃にクラスで飼っていた二匹の金魚のことを思い出した。


うん、そっくりだ。


「きゃぁああああ」


そして、少女が悲鳴を上げた。


「っ、すまない」


クリスさんが慌ててめくりあげていたワンピースをおろす。少女はへたり込んでしまった。その拍子に被っていたフードが脱げてしまう。すると、その下から現れたのは緑の髪と金の瞳にとても長い耳を持つそれはそれは美しい少女だった。


「あっ」

「ええと、もしかしてエルフ、ですか?」


少女はこくりと頷く。


「と、とりあえずあの男たちを衛兵に突き出しましょう。あと、他の女性たちも助けないと」

「お任せください」

「それと、エルフのあなたもちょっと一緒に来てくれますか? 他の人達も解放したいですし。終わったら家に帰れるようにしますから」

「……はい」


少女はか細い声で返事をすると、私たちと共に地下牢へと戻った。


****


「大丈夫ですか?」


私はクリスさんが破壊した牢屋の中に入ると、女性たちに声をかける。女性たちは精気の抜けたような表情でこちらを見てくるが、返事はない。


「ちょっと失礼します」


私は女性の着せられているボロをめくり、お腹の呪印を確認する。


「ああ、やはり隷属の呪いをかけられているんですね。今解呪します」


解呪魔法の光が女性を包み込み、呪印が消滅する。すると、女性の顔に表情が戻ってきた。


「あ、ありがとうございます。あなたは一体?」

「私はフィーネ・アルジェンタータといいます」

「こちらのフィーネ様は聖女であらせられる」

「聖女様! まさか聖女様がお救いくださるなんて」


喜びの声を上げる女性にクリスさんはいつにもまして得意げな様子だ。


「私は他の人たちも解呪してきますね」


このままクリスさんの強烈な私上げ攻勢が始まりそうなので、私は急いで次の仕事にとりかかる。


結局、この地下牢には 5 人の若い女性が閉じ込められていた。私は全員の呪印を解呪し、汚れていた服と体を洗浄魔法できれいにしてあげた。大事な商品だからなのか、どうやら暴力は振るわれていなかったようで、大けがをしている女性がいなかったことだけは不幸中の幸いだろう。


こうして奴隷とされていた女性たちを解放した私たちは、この拠点の関係者と思しき荒くれ者たちを拘束し、そのまま衛兵の詰め所に連行したのだった。

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