第一章第42話 意外な援軍
「20……ですか?」
私はなんとか声を絞りだした。自分でも驚くぐらいにか細く震えた声だった。
「はい。アルホニー子爵のところの使用人たちが行動した先々で感染が起きたようです。中央商業区で 8 件、東の平民街で 4 件、北の平民街で 3 件、北の貧民街で 2 件、貴族街で 1 件、南の工房地区で 3 件です」
「そん……な……」
「フィーネ様」
クリスさんが心配そうに私を覗き込んでいる。
「申し訳ありません。フィーネ様。我々衛兵の不手際です。あの愚か者を発見できず、封鎖が不十分でした」
「……そんなこと……」
どうしたらいいのか、さっぱり思いつかない。これが本当にアニュオンのイベントだというなら、誰か何とかする方法を教えて欲しい。ゲームなのに、ゲームのはずなのに、この町を守れないということがどうしても悔しい。
「……ううっ」
視界が何故か滲んでいる。
──── あれ、もしかして私は泣いているのか?
ああ、そうか。いつの間にか、この街のことが、この世界のことがこんなにも好きになっていたんだ。アニュオンのゲームの中だから、最初のテストキャラだから適当に、なんて思っていたはずなのに。クリスさんに出会って、親方や奥さんに出会って。それにいろんな人たちに出会って。
「俯いている場合じゃ、ないですね。今から治療と洗浄に行きましょう。まずは、数の多い、中央商業区からです」
「フィーネ様……」
クリスさんは何も言わずに付き添ってくれる。
──── ありがとう、クリスさん。聖女になんてなれるはずのない吸血鬼の私にこんなによくしてくれて
私たちは疲れた体に鞭を打ち、夕闇の迫る町へと繰り出していった。
****
そこからは地獄の始まりだった。事態を重く見た王宮が非常事態宣言を発令し、不要不急の外出が禁止された。だが、それを守るのは高い教育を得ている層ばかりで、文字もほとんど読めないような一般庶民に徹底させるのは難しかったようだ。
ミイラ病が恐ろしい病気だ、ということは伝わっているのだが、家族が、恋人が、友人が、お世話になっているあの人が無事なのかを知りたい、という欲求に従って外出してしまう。
もちろん、大通りは衛兵と騎士が警戒しているため大手を振ってであることはないが、裏通りを歩く人はそれなりにいる。
そうして、その裏通りを歩いた人たちを通じて感染が拡大していく。
今やミイラ病対策室となっている神殿の一室にも暗雲が垂れこんでいた。一向に減らないどころか次々と増える感染報告。治療も洗浄も追いつかず、万事休す、そういった雰囲気が漂っている。
私も今日の治療と洗浄活動を終え、もはや精魂尽き果てた状態で戻ってきた。MP 回復薬の味にも随分と慣れてしまった自分がいる。
「ただいま……戻りました……」
私は対策室に戻ると今日の成果を報告するが、その数字の 10 倍以上の新規感染報告が上がってくるのだ。さらにその中で分かったことは、ミイラ病は同じ人が何度も感染する、ということだ。つまり、この病気は免疫がつかないのだ。
だらしないとは分かっているが、私は机に突っ伏す。終わりの見えない病気との戦い。吸血鬼である私に感染するのかは分からないが、正直限界が近づいているのが分かる。
──── もう、無理かも……
諦めて逃げる、という選択肢が私の中で現実味を帯びてくる。そして、その安易な選択肢を選びそうな私自身を自覚し、その恐怖に震える。
もうこの自問自答を何度繰り返したことだろう。
そんな時、やたらと元気でしっかりとした足音と、何か問答をしているような声が聞こえる。そして、それがこの部屋の前まできたかと思うと、勢いよく扉が開け放たれた。
「随分としょぼくれた顔をしていますわね? フィーネ。次期聖女であるこのシャルロット・ドゥ・ガティルエが来たからにはもう安心ですわ」
えーと、今更何しに来たのかな?
「ああ、シャルロットさん。すみません。今疲れているので終わってからでいいですか?」
「はぁ? 何をおっしゃいますの? わたくしが、ミイラ病の流行を終わらせるためにここに来たのですのよ? このわたくしが居ればもはや解決したも同然ですわ。それとフィーネ、わたくしのことは、シャル、と呼ぶようにと言ったでしょう? あなた、それでもわたくしのライバルでして?」
えー、何それ。愛称で呼べなんて言われた記憶ないよ?
「ええと、じゃあ、シャルさん。今疲れているので――」
「シャル! シャルさんじゃなくてシャル、ですわ。何度言えば分かるのかしら、これだから平民は困りますわ」
「ええと、シャル。すみません。今疲れているので終わってからで――」
「フィーネ! わたくしは終わらせに来たのですわ!」
「えー、じゃあ、明日からどこか一か所担当してください。割り振りはそこのローラン司祭にお願いしてますから」
面倒くさい。それにちょっとでも休んで少しでも体力回復しないと体がつらいのだ。
「で・す・か・ら、わたくしが、根本的に終わらせて差し上げますわ。全く、フィーネは話を聞かない頑固者ですわね。ガティルエ家の叡智を結集すれば、このような流行を終わらせることなど訳ないのですわ!」
えー何それ、すごい。だったらさっさとやってほしかった。
「なんですと? シャルロット様。それは一体どのような方法ですか?」
ローラン司祭が反応すると、シャルはこれ以上ないドヤ顔をしながら言い放った。
「病人を全て隔離しますわ。病人を搬送する場所と馬車は全てガティルエ家とそれに賛同する貴族、大商人たちが提供することで話をつけておきましたわ」
「そ、そんなことが?」
「頭の固い貴族たちは、次期聖女であるこのわたくしが直々に説得しましたわ。それと、ここの対策室長もこのわたくしが引き継ぎますわ。頭の固い貴族たちを動かすには神殿の権威よりもガティルエ家の権力のほうが効きましてよ? ローラン司祭、あなたは引き続きわたくしを補佐なさい」
「っ! ははっ!」
ローラン司祭は感激している風だし、良いんだろう。それに患者を隔離しちゃえばその人が新たな病原菌をばらまくことはない。なるほど、確かにこれなら行けるかもしれない。
「……シャルも、意外と頼りになるんですね」
あ、しまった。つい本音がポロリと
「あら、フィーネ。あなた、わたくしのことを何だと思っていたんですの?」
「ええと、人形?」
「なっ、そ、それはお忘れなさい!」
シャルが顔を真っ赤にして怒っている。だけど、何だか楽しそうだ。うん、私も元気が出てきた。
「シャル、ありがとうございます。助かりました。明日からよろしくお願いしますね」
「え、なっ? ふ、ふん。これも貴族たるものの当然の責務ですわ。フィーネ、別にあなたのためなどではありませんことよ?」
「はい。さすがシャルです」
そう言うとシャルは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。これは見事なツンデレってやつだ。うん、ありがとう。おかげで明日も頑張れそうだ。
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