第一章第43話 終局

「ガティルエ聖女臨時病院、ですか?」

「ええ。第一から第四病院まで、王都内に臨時開院していますわ!」


うーん、ネーミングセンスといい、この押しの強さといい、逞しいな。


そして、そんな感心している私を尻目に彼女は神殿前の広場へと歩いていき、集まった大勢の衛兵や騎士たちに向かって演説を始めた。


「皆さん、わたくしは次期聖女シャルロット・ドゥ・ガティルエです。ご存じの通り、わたくしたちの大切な王都が今、ミイラ病という悪魔に襲われています。これまで、わたくしのライバルであるフィーネ・アルジェンタータと神殿の司祭、治癒師、衛兵の皆さんが必死に戦い、王都をこの恐るべき悪魔から守ってくれていました。ですが、守るだけの戦いはここで終わりです! 今、わたくしとガティルエ家、そしてそれに賛同する貴族の皆さん、商人の皆さんの手によって、この恐るべき悪魔を滅ぼす準備は整いました。この場にお集り衛兵の皆さん、騎士の皆さん、今こそあなた達の力が必要なのです。病を恐れぬ勇気を持ち、民を守るために戦う、我らがホワイトムーン王国の誇る皆さんの力が必要なのです。さあ、ともに戦おうではありませんか!」

「「「うおおおおおおおお」」」


おお、すごい。さすが貴族だ。カリスマ性が違う。広場に集まった人達が熱狂の渦に包まれている。


「王都に神のご加護を!」

「神のご加護を!」


うん。この最後のブーンからのジャンピング土下座が無ければ完璧なんだけどなぁ。


****


「それでは、わたくしの準備した手筈てはず通りにお願いしますわ」


作戦はいたって単純で、一ブロックずつ、端から端までローラー作戦で患者を見つけては病院に強制連行して隔離して治療を施す。そして患者のいた場所は洗浄魔法で徹底洗浄するのだそうだ。扉を開けない家は、扉を蹴破ってでも調べるらしい。確かにこの作戦は私たちだけでは無理だっただろう。偉い貴族だからこそこの人数を動員できたらしい。


私は、日の登っている間は洗浄部隊、夕方からは治療部隊として病院を回ることになっている。ちなみに、シャルは【回復魔法】も【聖属性魔法】もスキルレベルが足りないので陣頭指揮と、疲れた人達の体力を回復させるのが役割らしい。


こうして、ミイラ病に対する戦いは新たなフェーズへと移った。中央広場から徐々に広げていく方式でしらみつぶしに患者とその同居人を強制連行していく。そして、逆らうものは殴ってでも連行していく。かわいそうだが、やむを得ないと自分に言い聞かせて目を瞑る。そして、患者達はその場では治療されず、馬車に乗せられて最寄りの病院へ運ばれていくのだ。私たち洗浄部隊は建物という建物を全て洗浄魔法で洗浄していく。もちろん、MP 回復薬は欠かせない。まずくて嫌いだったこの味ももう完全に慣れてしまった。美味しいとは思えないが、この騒動で何本飲んだか覚えていないくらいたくさん飲んだ。おかげで、心を無にして流し込むという術をマスターしたくらいだ。


朝 8 時の鐘と共に町へ出て洗浄活動を行う。そして、午後 4 時の鐘とともに病院へ行き、病人の治療と洗浄を行う。洗浄魔法より病気治療魔法の使い手のほうが多いので、大体午後 6 時の鐘の鳴る頃には終了する。そして神殿へと戻り、対策室のシャルと 1 時間ほど情報を共有して休む、という流れだ。


シャルのおかげで、闇雲に走り回っていた時よりも随分と楽になった。それに、どれだけの患者がいて、どれだけの地域が感染から解放されたのかが分かるというのは心理的にとても楽だ。地図上で、解放された地域が青く塗りつぶされていき、それが日々広がっていっているのが分かる。


病院もとてもよく考えて作られている。建物が別れていて、搬送された人達は一旦収容病棟と呼ばれる建物に搬入される。そこから治療室に運ばれ治療を受けるのだが、収容病棟には戻されずに療養病棟に移される。そこで 3 日程療養してもらい、十分に体力が回復したと判断されると自宅に帰されるのだ。


最初は強制的に隔離されるやり方に反発もあったが、無事に帰ってきただけでなく、一部の人は怪我や持病まで治って帰ってきたという事実も相まって批判は一気に下火となった。ちなみに、怪我や持病を治したのは全部私だったりする。怪我は、殴られて連れてこられた人達もいたので悪いと思っていたから治したのだが、持病はミイラ病治れ、と念じるべきところを病気よ治れ、と念じたらそうなってしまったのだ。持病まで治すというのはかなり高度な魔法らしいので知らんぷりをしておいた。スキルレベルが MAX なので加減というものが難しい。


こうしてひと月ほどが経過すると、王都の全ての領域が洗浄され、感染から解放された。そして最後の感染者が確認されてから一週間後、王都にミイラ病の終息宣言が出された。今回のミイラ病での犠牲者は北の貧民街の深部を中心に 500 人にも登っていた。人知れずひっそりと、というケースも多かったらしい。だが、これを機に貧民街の衛生状況の重要性を上層部が認識したそうなので、これからはもう少し早く対応できるようになることを願うばかりだ。



そして、私はやっと、親方のいるジェズ薬草店に戻ってくることができた。


「親方、奥さん、ただいま戻りました」

「……ああ、よくもど――」

「ああああ、フィーネちゃんにクリスちゃん。良く帰ってきたね。本当に、無事でよかったよ。それに大活躍だったそうじゃないか! ああ、もうずっと心配していたんだよ? ああ、良かったよぉ。本当に、本当にぃ」


奥さんが飛び出してきて、そして勢いよく私を抱きしめてきた。パワフルだがそれなりにふくよかな体で抱きしめられるとちょっと息が苦しい。


「っー、んー」

「奥様、フィーネ様が窒息してしまいます!」

「ん? ああ、すまないねぇ、フィーネちゃん。本当に無事でよかったよ。二人はミイラ病にかからなかったのかい?」


そう言うと奥さんがハグ攻撃から解放してくれた。


「ええ。フィーネ様が常に病気治療の魔法と洗浄魔法でミイラ病にかからない様にしてくださっていましたから」

「そうかい。やっぱりフィーネちゃんはすごいんだねぇ。あたし、本当に感動しちゃったよ。ああ、でもなんだか、世間では最初から頑張っていたフィーネちゃん達よりも後から出てきたガティルエ家のお嬢さんがすごいってなっているけど、あたしゃどうも納得いかないねぇ。二人は最初からあんなに頑張っていたのに」

「でも、シャルがああいう風にやってくれなかったら、私はきっとまだミイラ病と戦っていたと思います。だから、私がこうしてこのお店に戻ってこられたのはシャルのおかげなんです。私じゃあ、ああいうことはできませんから」

「ふうん? そういうものなのかい? でも、もうちょっとフィーネちゃん達が賞賛されてもいいと思うけどねぇ」

「奥さんがそう言ってくれるだけで十分です。それに、治療した患者さんは皆さん、感謝してくれていますから」


確かに名誉はほとんどシャルが総取りしていったと言っても良いだろう。だが、私はシャルに感謝しているし、それで良いと思っている。私にはあんな風に沢山の人を動かすのは向いていないのだから、適材適所というやつだろう。それに、シャルは大切な親友との約束を果たすために聖女になりたいと心から願って、それを叶えるために動いているのだ。私は別に聖女になる気はないし、魔王を倒して世界を救いたいとも思っていないのだから、より聖女になりたい人が聖女となったほうが良いだろう。

私が聖女だと信じているクリスさんには悪い気もするけれど、だからといって何かを変えるつもりはない。でも、こんな風に頑張ったのは、ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ愛着があって守りたいものが増えてしまった、ただそれだけだ。


あくまでアニュオン、あくまでゲーム、のはずだ。たぶん。


私はいずれ現実世界に戻るはずなのだ。余計な重荷は背負わないほうが良い。そう、背負わない方が良いのだ。


でも、ちょっとだけ……

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