第一章第41話 アウトブレイク

私たちは渋々、アルホニー子爵邸へと向かった。貴族と言えば隠ぺい工作というイメージを持っていたが、既に騒ぎとなっているミイラ病を隠ぺいしたとなると物理的に首が飛びかねないそうでさすがに安易に隠ぺいという手段はとれなかったらしい。


ミイラ病が危険な病ということはある程度教養のある人間なら知っているはずなのにこんなおかしなことをするのはどんな奴なんだろう、と思っていたが、対面してみてよくわかった。こいつは、単なるクソッたれだ。驚くほど自己中心的で、自らを顧みることをしない。最低ヤローだ。


「なぜ、あのような愚かな事をしたのですか?」

「ああん? お前が神殿の治癒師か。金は払っているんだ。さっさと治せ」


こちらの質問に答えないどころか、この態度である。これでも 19 才らしい。もういい大人な年齢だというのに、親の顔が見てみたい、とはまさにこの事である。


まあ、隣に突っ立っている小太りの不健康そうなおっさんがそうなのだが。


「大体、何でこの俺がこんな病気にかかるんだよ? 貧民共に恵んでやったっていうのに病気で返してくるとか、あいつら全部燃やしてやれば良かったんだよ」


正直、頭がわいているとしか思えない。どこをどうするとこんな思考回路になるのだろうか。


「ミイラ病は感染力の強い危険な病だと分かっていたはずですが?」

「ああ? そんなことはどうでもいいんだよ。それより早く治療しろよ。金払ってんだぞ?それと、あんた中々の上玉だな。さっさと治療しろ。そうしたら俺様の高貴な子種を恵んでやるよ」


うわっ、キモっ。こいつ完全に頭がいっちゃってるよ。これ、もう治療しないでいいんじゃないかな? 放っておけば 1 ~ 2 日で死ぬらしいし。


そう思ってドン引きしていたら、クリスさんがいつの間にかものすごい怖い表情で聖剣を首筋に突きつけている。


「聖女であらせられるフィーネ様に対するその無礼な言動、許さん。治療は間に合わなかった。遺体は火葬する。良いな? アルホニー子爵?」

「な、に、しやがる! たかが騎士風情が!」

「私は聖騎士だ。聖剣に誓った正義の名の下に貴様を斬る権利を与えられている。私が間違っているなら聖剣に見放されるだけだ」

「ど、どうか、お待ちください。聖騎士様。いかに愚か者とはいえ私の息子なのです。どうか、どうかご容赦を」


すると、何やら甘くて生臭い臭いが漂ってくる。どうやらこの頭湧いている人が漏らしたようだ。


──── 洗浄魔法っと、はぁ


私は洗浄魔法で感染原因となるであろう汚物をきれいにする。


「おら、さっさと治療しろよ。こっちはマジでつれぇんだよ。俺様は貴族だぞ?」

「子爵様、私、帰ってもいいですよね?」

「え?」

「だって、ここで治療してもまた似たようなことやらかしそうですし。それに先ほどの言動から察するに、女性に乱暴をする常習者な気がするんですけど?」


アルホニー子爵の視線が泳いだ。やはり婦女暴行の常習犯か。この性格だと両手で数えられない数の被害者がいるんだろうな。そして親が甘やかしてきた、と。


「はっ、下賤な貧民共に高貴な子種をくれてやっているんだ。何が悪い。あいつらだって俺の子種を貰えて泣いて感謝して――」

「黙れ!」

「ぐっ」


クリスさんの聖剣の切っ先ががこの男の眉間に近づけられる。


「子爵様、この男が行ってきた女性の尊厳を踏みにじる悪行の全て公表し、それがどれだけ被害女性の心を傷つけたのかをこの男に理解させ、反省させてください。そして、すべての被害女性に個別に謝罪し、その慰謝料として一人につき金貨 2,000 枚を渡してください。もし子供ができていた場合は他の貴族の嫡子が受けるのと同じ待遇を用意してあげてください。もちろん、遺産の相続の権利もです。さらに、被害女性から要求されたことについて真摯に応えてください。そのすべてを行うなら、私はこの男を治療します。私に払う治療費は必要ありません」


被害女性一人あたり 1 億円相当、これで心の傷が癒えることはないだろうけど、何かの足しにはなるはずだ。払えれば、だけれど。でも、この豪邸を売れば多少は工面できるんじゃないかな?


「わ、わかりました。必ずや。お願いいたします」

「今の約束には聖騎士クリスティーナ、衛兵長スコット様、そして複数の神殿の司祭様が立ち会っていることをどうぞお忘れなく。それでは治療します」


──── ミイラ病の治療っと


私はさくっと治療すると部屋全体にもう一度洗浄魔法を施す。


あとは中央商業区でやったことをもう一度やるだけだ。子爵邸の徹底洗浄と接触者の治療、そして休みを取っている使用人達の治療と立ち寄り先の洗浄だ。こんなやつに構っている暇はない。


──── 大丈夫、私たちはきっとできる!


私たちは手分けをして作業に当たった。丁寧に治療と洗浄を繰り返し、病原菌を退治していく。


こうしてクタクタになって神殿に戻った私たちを待ち受けていたのは、20 件にも上る新たなミイラ病の感染報告であった。

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