第一章第37話 小さな依頼人

【調合】のレベルが 2 となった私は店番をする時間を大分減らしてもらうことになった。スキルレベル 2 であれば、傷薬などの簡単な薬は親方がやるのと遜色ないレベルの薬を作ることができるらしい。ちなみに、親方の【調合】のスキルレベルは 4 なのだそうだ。親方は戦闘職は授かることができなかった(非戦闘員、という分類になるらしい)らしく、スキルの経験値百万を街中での仕事だけで稼いだようだ。それはいったいどれほど大変だったのだろうか。その苦労を思うと頭が下がる思いだ。


ちなみに、【調合】のスキルのレベルが上がって体感できたことは、スキルが正しい手順を勝手にやってくれるようになった、ということだ。これはなかなかに便利だ。ちなみに、スキルレベルによって作れる薬の種類が増えたり品質が向上したりするそうなので、親方がまだ任せられないと言っている薬はスキルレベル 2 でカバーできる範囲を超えているのだろう。


個人的には、ちゃんと勉強した人が、きちんと計量して温度計とタイマーを使って薬を作ればいいのではないか、という気はしないでもないが、口に出して言うのはやめておいた。


さて、店番は減ったとはいえ完全にゼロになったわけではないので、主に午後の店番は私の担当だ。で、結局私目当ての行列ができるので奥さんも店頭に立つことになる。


「いらっしゃいませ~♪ ご相談は一分につき小銀貨 2 枚で承っております♪」


さて、一気に倍額に値上げしたというのに、この人たちは一向に並ぶのを止めない。この世界に握手券商法を持ち込んだら一体どうなるのだろうか?


そして夕方、行列の対応をすべて終えて店じまいをしていると、かなり汚れた格好をした小さな男の子が店にやってきた。背は私の腰くらいでかなり痩せている。


「あの、すみません」

「いらっしゃいませ~♪」


私は札を閉店にかけ替えると最後のお客さんの対応をする。


「あ、ええと。相談のお金を払えないので――」

「きちんとしたご相談であれば大丈夫ですよ。いかがなさいましたか?」


私に相談すると小銀貨を取られると思っていたらしい。


「い、いいんですか?」

「はい。もちろんです♪」


営業スマイルも忘れない。


「あの、お姉ちゃんを助ける薬を下さい」


そういって銅貨 3 枚を出してきた。


──── うーん、それじゃあ薬は買えないよなぁ。とはいえ、追い払うのもなぁ。


銅貨 3 枚は 300 円相当だ。傷薬(小)ですら銅貨 5 枚だ。


「もう少し詳しくお話を聞かせてくれますか?」

「あの、お姉ちゃんが病気で。ええと、お薬が必要で。その、助けてください」


うん、この年齢の子供じゃ説明するのは無理だね。行って確認するしかないか。


「親方! 小さなお客さんが来ていて、お姉さんがご病気だそうなのでちょっと診てきます!」


奥の工房にいる親方に声をかけると了承が貰えたので出掛けることにする。


「ちょっと着替えてきますのでお店の前で待っていてくださいね」

「は、はい!」


私は自室に戻ると急いで白衣を脱ぎ、いつものローブに着替える。


「お待たせしました。それでは行きましょう」

「あ、は、はい!」


何やら少年の顔がちょっと赤いような気もする。


もしかして、この子も病気なのかな?


「フィーネ様、お供いたします」

「ありがとうございます」


私たちが歩き出すと、クリスさんが当然のように現れて護衛としてついてくる。一体どうやって私の外出を感知しているのかを知りたい気もするが、知ったら知ったで怖い気もするので聞かないでいる。


こうして私たちが連れられてやってきたのは王都の北側にあるとりわけ貧しい人たちが住む地区、北の貧民街と呼ばれる場所だった。失業率も高く、治安もあまりよろしくない。


「フィーネ様、次からこのような場所に立ち入る際は、事前にご連絡下さい。あまり深くに立ち入られるのでしたら衛兵に同行を依頼する必要がございます」

「……はい」


少年の手前心苦しいが、彼自身も治安が悪いことは承知しているのだろう。少年は俯いたまま何も言わずに歩いていく。


治安もそうだがちょっと臭いことのほうが私としては気になる。


「ここが、ぼくたちのおうちです」


大通りから一本入った場所にある集合住宅の一室が少年の家らしい。扉を開けて中に入ると、何か独特な甘くて生臭いような、何とも言えない臭いがしていた。


「ただいま」

「デール! おかえり! おくすりは?」

この少年はデールと言うらしい。同じぐらいの年頃の少年が出迎える。


「うん。おみせの人がきてくれた」

「こんばんは。ジェズ薬草店のフィーネと申します。お姉さんを診せて頂きに参りました」

「あ、ダンです。お願いします。お姉ちゃんを助けてください!」

「少年、安心しなさい。こちらのフィーネ様は聖女であらせられる。どのような病も必ずやお救いくださる」

「……クリスさん、病状を診なければわかりませんよ? さすがにそれはちょっと」

「っ! 失礼しました」


クリスさんは私を神様か何かと勘違いしていないか?


「まずはお姉さんを診せていただきますね。そちらのベッドの方ですか?」

「はい」


小さなワンルームにぎっしりと詰め込まれた生活道具。ベッドの下にはバケツのようなものが置かれて、なにやら白い液体が貯められている。甘くて生臭い、あの何とも言えない臭いがするので、これが不思議な臭いの原因のようだ。


ベッドに寝ている女性は随分と体調が悪そうだ。若いはずなのに随分と肌がガサガサ、というか、水分が枯れている? あれ、この病気は確か図書館で勉強した疫病大全に書いてあったぞ。


「フィーネ様、これはもしや、ミイラ病では?」

「はい。そうだと思います」


ミイラ病にかかった患者は、米のとぎ汁のような白い色で少しどろりとした下痢を繰り返すようになる。そして、全身がまるでミイラのようにガサガサに渇いてほぼ確実に死に至るという恐ろしい病気だ。


しかも、一度ミイラ病が発生するとあっという間に周りの人にも感染が広がっていくのだ。


主にスラムなどから発生して、それが街全体に広がっていくという経過をたどることが多いらしい。


そして、スラムは管理も教育も行き届いていないため、発見されるのはスラムの外に広がってからというケースが多いそうで、初動が遅れて大量の死者を出すという事態がたびたび発生するらしい。


ちなみに、初動というのは病気の出た一角を丸ごと燃やすことを意味している。


というのも、この病気は薬では治らず、治療には回復魔法スキルレベル 4 の病気治療の魔法が必要となる。そして、スキルレベル 4 に到達している治癒師は少ない。なので、燃やして無かったことにするのが次善の策、というわけだそうだ。


「デールくん、この液体は、お姉さんから出たものですね?」

「……はい」

「わかりました。お姉さんはミイラ病という病気です。このままだとお姉さんだけでなくお二人も同じ病気にかかってしまいますので、まずはこの部屋を洗浄します」


──── この部屋の汚れと病原菌を全部まとめて洗浄!


部屋を光が包み込んでいき、汚れが綺麗に落とされていく。なんとも言えない臭いもすっきりと消えている。


ちなみに、この洗浄魔法を使って洗浄するというのは、応用医学にも疫病大全にも書かれていなかった。だが、不衛生な貧民街から広がって下痢をしているってことは、きっと食べ物から菌が入って、この白い排泄物にも病原菌が含まれているのだと思う。日本の衛生常識から考えれば、これで対応は正しいはずだ。


もちろん、この世界に菌というものがあるのかは分からないが、わざわざトイレが実装されているというのはつまり、こういうことなんだろう。


──── 実装、か。本当に実装ならいいんだけど……いや、今はいいか。


「では、次に病気を治しますね」


──── ミイラ病治れ~。治れ~。


私が病気治療の魔法を発動させるとお姉さんを光が包み込む。すると、苦しそうだったお姉さんの呼吸が穏やかなものになっていく。


「はい、これで大丈夫です。お姉さんにはきれいなお水に少しお塩を混ぜて飲ませてください。お水は、一度ボコボコと泡が出てくるまで熱くしたものを冷まして使うと良いですよ」

「「は、はい」」


二人の少年が声を揃えて返事をする。


「それじゃあ、最後に、お二人も念のために治療しておきますね」


──── デールくんのミイラ病、治れ~。ダンくんのミイラ病、治れ~。


私が一人ずつ病気治療の魔法を発動させる。ダンくんにはしっかり病気治療の魔法がかかったところをみると、既に潜伏期間だったのだろう。危ないところだった。デールくんは奇跡的にかかっていなかったようだ。


「はい。おしまいです。それでは、クリスさん、帰りましょう」

「あ、あのお金は?」

「お姉さんが元気になったら何か好きなものを食べさせてあげてください」


いつかの孤児院の時と同じで、お金のない人からお金を取りたいとは思わない。隣ではクリスさんが誇らしげな顔をしている。


私はクリスさんと自分自身にも洗浄魔法をかけ、急いで帰途についたのだった。

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