第一章第38話 忍び寄る悪魔
私たちはお店に戻り、店の中を洗浄魔法で洗浄した。あの排泄物が原因で感染が拡大するなら、デールくんの来たこのお店も感染源になり得るはずだからだ。
そして、親方にミイラ病の発生と、治療をしに行くことを告げ、私たちは急ぎ神殿へと向かった。
「すみません。すぐにスキルレベル 4 以上の【回復魔法】を持っている人をありったけ手配してください」
「おや、フィーネ様。このような時間にいかがなされたのですか?」
受付をしてくれた修道服を着た女性が怪訝そうな顔をしている。
「ミイラ病です! 北の貧民街で症状の進んだミイラ病の患者を治療してきました。その家族は自由に外出していて、うち一人は感染していました。規模はわかりませんが、既に感染が広がっている恐れがあります」
「なっ! ミイラ病!?」
「はい。私も治療できますので、くれぐれも燃やすなどということはしないでください」
「は、はい。ありがとうございます。すぐに関係各所に連絡いたします。フィーネ様のお力をお借りすることになると思います。しばらくは神殿でお待ち頂けますでしょうか?」
「はい。そのために来ました」
彼女は一瞬取り乱した様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻してきびきびと対応を始める。
その後、すぐに王都の警備を担当している衛兵長と神殿で治癒師たちを取りまとめている司祭を名乗る人がやってきた。
「フィーネ・アルジェンタータ様、衛兵長を務めておりますスコットです。ご協力に感謝いたします」
「フィーネ様、お会いできて光栄でございます。私は当神殿で治癒業務の取りまとめを行っております司祭のローランと申すものでございます」
「フィーネ・アルジェンタータです。夜分遅くに申し訳ありません。先ほど、ミイラ病の患者を治療してまいりましたので、ご報告に上がりました」
私はミイラ病の発見に至った経緯や場所、症状について詳しく伝えた。
「そうですか。やはり貧民街を焼くしかありませんか」
衛兵長さんが恐ろしいことをさらっと言うが、認めるわけにはいかない。いくら病気を封じ込めるためとはいえ、今日治療してあげた子供たちもいるし、以前に治癒活動を行った孤児院だってあるのだ。それが無差別に殺されるのを見ていることなんて、できるわけがない。
「いえ、ミイラ病は、病気治療の魔法で治せますし、洗浄魔法で洗浄することで感染力を無力化できると考えています。試してはいませんが、酒精のみを分離した酒でも無力化できると思います。ですので、どうか燃やすような事だけは……」
「……さすが、聖騎士様だけでなく聖剣にも認められた聖女様ですな」
衛兵長さんは少しの間難しい顔をしていたが、覚悟を決めたような顔で私を見据える。
「かしこまりました。しばらくは大変なお仕事にはなりますが、よろしくお願いします。フィーネ様と神殿の皆様には貧民街を回って治療と洗浄を行っていただきます。そして、我々衛兵は貧民街の封鎖と、水、塩、食料の搬入を担当いたします。貧民街のみで感染を食い止められるかが王都の未来に直結します。どうか、皆様のお力をお貸しください」
こうして私たちのミイラ病との戦いに火ぶたが切って落とされた。
****
私たちが最初に向かったのはデーンくんとダンくんの暮らす集合住宅だ。この建物の住人を丸ごと浄化する。
「こんばんは。神殿から派遣されました治癒師のフィーネ・アルジェンタータと申します。夜分遅くにすみません。付近でミイラ病が発生したので、全戸訪問治療でこの建物を回っています。扉を開けていただけませんか?」
こんな感じで、全ての部屋を回っていく。扉を開けてくれた人達は全員治療し、部屋に洗浄魔法を施す。そして外出中の同居人がいない場合は、入り口のドアに訪問日時と治療者の名前をサインして次の部屋へと向かう。廊下や階段、庭や井戸などの設備も含めて徹底的に洗浄し、隣の建物へと向かう。まだ死者は出ていないようだが、正直危険な状況に思える。感染は思ったよりも広がっているのかもしれない。
実に地道な作業だが、こうするしかない。それに何だか今はすごく体の調子が良い。ハイになっているだけなのかもしれないが、MP 切れの兆候もない。 MP 回復薬をたくさん用意してもらったが、今のところ出番知らずで済んでいる。
ちなみに、神殿所属で【回復魔法】スキルがレベル 4 以上の治癒師や司祭は 5 人。そのうち洗浄魔法を使えるのは 1 人だけだ。総出で活動していたのだが、この 5 人は 30 分ほどでギブアップして帰宅した。もともと昼間にも仕事で魔力を使っていたらしく、これ以上はきついということらしい。私は、彼らが病原菌をばら撒いてしまわない様に全員に洗浄魔法をかけてから帰宅してもらった。感染が拡大してしまってはもはやどうにもならないというのは私たち全員の共通認識だ。
私はさらに 2 時間ほどこの活動をして、街が完全に寝静まったあと神殿へと向かった。親方のところに戻って万が一うつしてしまうわけにはいかないのだ。また親方と奥さんには心配をかけてしまうだろうが、こればかりは仕方がない。
心配そうに送り出してくれた親方と奥さんの顔を思い出し、私は心で手を合わせる。そしてすぐに深い眠りへと落ちていった。
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