第一章第2話 私を町に連れていって
さて、おはよう。突然だが、俺、じゃなかった、私は今モフモフに包まれている。
あ、『俺』を『私』と言い直したのはキャラ設定な。誰かにあった時にボロがでないように今のうちから自分のことを『私』と呼ぶことにしたのだ。ネカマ歴がそれなりにある私は、こういった日々の努力の積み重ねがバレ回避に重要なことを知っているのだ。実体験としてね。
で、だ。昨日あの廃墟を後にして森へと向かった私は大きな一頭の狼に出会った。なんとなく、シベリアンハスキーを思い出す姿をしていたが、ワンワンと吠えないのできっと狼だ。狼ならば群れで行動していそうな気もするが、何故か一頭だけでいたのだ。
ちょうど少し肌寒いな、と思っていたのだが、目の前にモフモフでいた。これぞまさしく飛んで火にいる秋のモフモフというやつだ。
まあ、アニュオンに季節があるのかは知らないがね。
そこで、だ。私は思いついたわけだ。ユニークスキルで魅了を取っていたじゃないか、と。
いくらスキルレベルが1でも狼ぐらいなら効果があるだろう、と思った私はモフモフにそっと近寄り、じっと見つめる。
私に気付いたモフモフと目が合うと、心の中で【魅了】と呟いた。
するとやはり予想通り、尻尾を振りながら私のほうにやってきたではないか!
我ながら完璧なる作戦に惚れ惚れしてしまうよ。
え? なんで使い方を知っているのかって?
そりゃあ、【魅了】といったら目と目を合わせると、目が光って魅了するっていうのがお約束でしょ?
それに、もし失敗してやられてもどうせ初期スポーンに戻されるかログアウトするだけなんだから大して問題はないはずだ。
まあ、そんなわけで、私はモフモフのベッドを手に入れたのだ。なんとなく喉が渇いた私はこのモフモフに泉まで案内させて、水を飲み、モフモフをベッド代わりにして眠りについた。
そして、今に至る、というわけだ。
さて、どうしようか? 何だか少しお腹も空いてきたぞ。アニュオンに空腹度なんてパラメータがあったとは知らなかったが、公式の予告動画には確かマンガ肉が出てきていたし、あるのかもしれない。
さて、こういうのは自分で闇雲に探すよりも詳しいやつに探させるほうがいいはずだ。と、いうわけで新たな下僕を探すとしよう。モフモフから起き上がって辺りをきょろきょろと見回す。すると、ちょうど良いことに泉に小鳥が5羽ほど水を飲みにやってきている。
私はそっと近づくと、目線を合わせて【魅了】を発動する。
「ふう。うまくいったぞ。じゃなかった、うまくいきましたね」
5羽中3羽を魅了することに成功した。口調もちゃんと丁寧語が自然に出るように意識せねば。
「さて、みなさんは私が食べられる果物や木の実を持ってきてください」
下僕たちに食料を調達に行かせた私は再びモフモフに包まる。すこし獣臭いのが玉に瑕ではあるが、暖かくて気持ちいい。二度寝の誘惑と必死に戦っていると、下僕たちが木の実や小さな果物を持ってくる。
「ナイスです。もう少しとってきてくださいね」
そう伝えて再び下僕たちを採集へと送り出す。
さて、木の実は少し火を通したほうが良いかな?
そう思った私は起き上がると小枝を収集し、火をつけるとその脇に木の実を置く。【火属性魔法】がレベル 1 なので、火起こしも楽勝だ。見た感じ、ただ、火起こしくらいしか使い道がなさそうなレベルの炎しか出せなかったけどね。攻撃魔法として機能させるには、きっと自分かスキルのレベルをあげる必要があるのだろう。
さて、小さな果物はそのままで食べられそうだ。ブドウのような色と手触りだが、実のつき方はサクランボのような不思議な果物だ。これを泉の水で洗い、そのまま口に放り込む。すると甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。中々の味で、普通にスーパーに売っていたら買ってもいいレベルだ。
おっと、でも皮は食べられないようだ。私は皮を吐き出すとたき火の中に捨てる。
しかし、アニュオンは大したものだ。味覚を再現するだけでなく皮は食べられない、なんてことまで再現するとは。クソ運営と思っていたけど開発陣は頑張っているのかもしれない。
そんなことを思っていると、突然茂みからお揃いの白い鎧を着た10人ぐらいの集団が出てきた。
──── しまった。気付かなかった!
私は今、モフモフを背もたれにして二つ目の果物を口に放り込もうとしていた時だったのだ。そのせいで、ほへっ? などと間の抜けた声を出してしまった。なんということだ。クール系で行こうと思っていたのに!
しかも間の悪いことに採集に送り出した下僕たちが戻ってきた。今度は全員果物を持ってきてくれた。
「お疲れ様。お前たちはもういいですよ」
人と出会えたのならもう大丈夫だろう。小鳥をずっと下僕にし続けるのもかわいそうなので魅了を解除してやる。すると、元下僕たちは一斉に森の中へと帰っていった。
「な、な、な、な?」
白い鎧の集団が唖然とした表情でこちらを見ている。とりあえずこちらに敵意はなさそうなので話しかけてみよう。
「おはようございます。ええと、白い鎧の仲良しさん?」
お揃いの高そうな白い鎧とか、どこかの騎士団だろうか?
観察しながらそんなことを考えていると、集団が割れて一人の女の人が出てきた。金髪碧眼にナイスバディな美人さんだ。この人の鎧だけデザインが豪華だからきっと偉い人なんだろう。だが、何か妙な既視感がある。その正体を知りたくてじっと見つめていると、この美人さんは恥ずかしそうに少し顔を赤らめて視線を外した。
──── わかった。くっころだ!
無事に疑問が解けたので挨拶をする。
「はじめまして。指揮官さんですか? 私はフィーネ・アルジェンタータです」
おや?何故かざわついたぞ?
くっころさんがビシッと敬礼をして大きな声で叫ぶ。
「お初お目にかかります。フィーネ様。私はホワイトムーン王国第三騎士団ファレン方面第四分隊副長を務めておりますクリスティーナと申します」
「よろしくお願いします。クリスティーナさん」
なぜ『様』がついたのだろうか?
「私のことはどうぞ、クリス、とお呼びください。して、フィーネ様はなぜこのような場所におられたのでしょうか?この近辺には危険な吸血鬼シュヴァルツの根城がございます。このような場所にお一人でいらっしゃるのは大変危険です」
ん? シュヴァルツ? どこかで聞いたような? まあ、いいか。
「そうですか。では、クリスさん。ご丁寧にありがとうございます。ただ、恥ずかしいのですが町の場所がわからず……」
クリスさんが驚いたような顔をしてから何かを考えたような表情を浮かべる。そして、私の目を見据えると力強く言った。
「それは、お辛い目に遭われましたね。ですが、ご安心ください。我々が必ずやご実家までお送りいたします」
「え? 実家?」
「えっ?」
またもやクリスさんが驚いたような顔をする。そして先ほどのリプレイのように表情を変えた。
「では、まずは町までお送りしましょう。そして、町での当面の間の生活は我々が保障致します」
「そ、それはどうもありがとうございます」
一体何がどうなっているのか分からないが、町まで連れていってくれるらしい。
「あの、フィーネ様。ところでその、そちらのシルバーウルフは……」
「あ!」
あまりにもモフモフの背もたれが馴染みすぎてすっかり忘れていた。だが、この人たちに保護してもらえるならもうモフモフも不要だろう。そう思い、魅了を解除してやる。
「ええと、お前もお疲れ様。もう森に帰ってよいですよ」
すると、モフモフは私をじっと見つめ、そしてそのままゆっくりと森の奥へと歩いていった。ちらちらと私の方を振り返りながら。
「さっきの子は、昨晩ちょっと寒かったので毛布の代わりになってもらうようにお願いしていたのです」
すると、周りの騎士たちがざわつく。シルバーウルフが毛布? など呟いている声が聞こえる。
あれ、何かおかしかったのかな?
「ええと、ともかく。ご無事で何よりでした。まずは町に戻りましょう」
こうして私は、騎士団のみなさんに連れられて町へと向かうのだった。
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