比喩表現 コツのコツ

矢田川怪狸

第1話

 今日は『比喩表現』についてお話しようと思います。

 皆さんは小説を書く人ですので『比喩表現』というのが『書こうとしている事象を別のものに置き換えて表現すること』だと心得ておられることだと思います。

 然しこれでは、比喩表現の説明としては半分しか正解ではない。

 比喩表現とは『別のものに置き換えることによって表現するもの』なのです。

 これはツイッターなどで偉そうに比喩表現に物申している人ですら説明しないところなので、ぜひ覚えておいてください。


 さて、実際にわかりやすいとはどういうことか――これはつまり『説明しにくいことをイメージしやすい共通言語に置き換えてやる』と言い換えてもいいでしょう。

 例えば『赤』という色を読者に伝えたいとしましょう。

 ご存じのとおり、一口に赤と言っても濃淡や黒味がかかった赤や鮮やかな赤身マグロを思わせるような赤まで、そのイメージには大きな振れ幅がある。

 そういったイメージを少しでも統一するために在るのが比喩表現、大げさに誇張するためのモノではないのです。

 ここを勘違いするととてつもない文章が出来上がる。


 ――その軍旗は、主人公がこれまで狩りとってきた命の数を責めるような赤色をしていた。


 ごぞんじのとおり、『ような』でくくられている場所が比喩表現です。

 さて、この文章中にある『赤い軍旗』とは、どのような色をしているのでしょうか?

 少しどす黒い血の色の赤? それとも目に痛いほど鮮やかな煌めく炎の赤?


 少し上手い人なら『これまで狩りとってきたきた命の色』なんて曖昧な表現はしません。


 ――主人公を取り囲んではためく軍旗は赤かった。それは徒に命を狩りとる自分を責めるために燃やされた地獄の業火のようだと、主人公は感じた。


 実際にこれを読んだ人は様々な『地獄の業火の赤』を思い浮かべることでしょう。かつて見た絵本の挿絵であったり、自分が思い描く地獄の業火であったり、そうした細かな色のイメージがすれ違うのは仕方のないこと。

 大事なのはここで『地獄の業火のような赤』という明確な色指定がなされたということです。その色指定に従って読者が自分の経験の中から色を選び出すのは、これ仕方のないこと。


 このように『明確なイメージ指定』をするために在るのが本来の比喩表現。

 難しく考える必要はありません。イメージを明確化するコツはたった一つ、『読者との共通言語を使うこと』です。

 文章とは本来、特殊なことが書かれているものです。特に小説のような作りごとならば、そのイメージは作者の頭の中にしかない『特殊なもの』ですよね。

 ところが読者は作者と脳みそを共有しているわけではないので、作者が『特殊なことを特殊な表現』で書いてしまうとイメージの共有が難しくなるわけです。

 だから『特殊なことを普遍的な言葉で書く』ことが必要になる。この普遍的な言葉で書く部分が『比喩表現』にあたるわけです。


 最初のうちは風景の描写の方がやりやすく、また、わかりやすいでしょう。

 例えば青い空に雲がひとつっきり浮いているのを書いたとします。

 ところで、青い空とはどのぐらい青くて、そしてひとつっきり浮いている雲とはどういった形状なのでしょう? この状況だけで想像できますか?

 少しばらつきが出てしまうことだと思います。そこでより鮮烈なイメージとして映像化するために『普遍的な視覚情報』を利用して書いてみましょう。


 ――色の薄い冬の青空に、和紙をちぎって張り付けたような雲がひとつっきり、浮かんでいた。


 読者の世代や自分の中にある『普遍的』なイメージに従って、『綿あめのような』でもいいし、『クレヨンで描きなぐったような』でもいい、一番大事なのはいかに『写実的に』表現できるかなのです。


 心理描写やそれに伴う行動の描写にしても同じこと。

 特に登場人物の心などは目に見えるものではないため、『何に例えれば読者と感覚を共有できるのか』が大切になってきます。つまり、ど派手な言い回しやこけおどしの語彙ではなく、いかに『普遍的な言葉を使って』わかりやすく説明できるかが最重要。

 特に心理や行動を表すときには直喩だけではなく暗喩が使われることも多いため、注意が必要です。


 ――まぶしい笑顔。


 この言い回しはすでに慣用化されているため、特に気に留めることもなく読むなり書くなりしてしまいますよね。

 でも、人の顔が発光するわけはないので、実際には笑顔がまぶしいなんてことはあり得ませんね。でも、人は誰しも他人の笑顔をまぶしいもののように思って、目を細めてしまった記憶を持っているのではないでしょうか。

 つまりこれは、『太陽を見るときのように目を細めてしまうほどの笑顔』を表す比喩表現。

 時にはこうした『慣用化された表現』を組み合わせて、軽量にまとめることもおすすめです。


 ――白い歯がキラッと輝くようなまぶしい笑顔を見せて


 要するには比喩表現というのは『わかりやすく説明するためのモノ』だという基本さえ押さえておけば、語彙の選択や盛り方は自由なのです。

 そして『わかりやすく』を考えたときに一番大事になるのは『読者とイメージを共有できる普遍的な語彙選択』だというわけです。


 さて、あなたはこれを表現の不自由だと感じるかもしれません。

 独自の語彙解釈と荘厳な美辞麗句こそが比喩の醍醐味だと思うかもしれませんね。

 もちろん否定はしません。

 卓越した言語センスさえあれば独特な表現すら読者に『理解させることができる』というのは村上○樹を見れば明らかなこと。やってやれないことはない、というのが私の個人的見解です。

 ただし、読者とのイメージ共有という共通言語を手放したくせに、読者に『正しく読み取ること』を強要するんじゃないと……これはモノを書く上で忘れてはいけない基本姿勢であると思います。


 さて、自分の語彙力を見せつけるよりも『読者とのイメージの共有』が大事だと気づいたあなた、ご安心ください、この方法はちっとも不自由なものではありません。

 つい最近、私が読んだ小説の中に、秋の青空を群れて飛ぶ赤とんぼの群れを表現するにこうした比喩がありました。


 ――赤いセロハンの紐を延ばしたような鮮やかさ


 これが走るバスの車窓から眺めた光景であることを考えれば、一瞬だけ視界にうつった赤とんぼの群れが、透明とも有色ともつかぬ赤い残像だけを残して過ぎ去ってゆく視覚的情報を、端的かつ写実的に描いた表現であるとうべきでしょう。

 このように『そのものドンピシャなのに比喩表現として目新しいもの』がまだまだたくさんあって、研究と追及の余地など無限に残されているのです。

 基本は『読者とのイメージ共有のために普遍的な言葉で表現すること』、これだけを心がければ、あなたの比喩表現は芯の通ったものとなることでしょう。



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