第34話 涙の国と火の国の王
丸二日かかって料理は完成した。
「凄いね」
「だな」
そしてそれが次々にあの広場に運び込まれ、街の人たちはまた凄いことが始まったぞと、がやがやと集合していた。
「さあさあ。奏汰くんがみんなから貰ったものを使って作ってくれたよ~♪ 食べてって~♪」
そんな悪魔たちにルキアがそう声を掛けている。他でもホストたちが皿とフォークを配っていた。あの店のホストたち、本当によく働く。
「奏汰様、ありがとうございます」
そのアナウンスを聞いて、悪魔たちが奏汰の元に挨拶に来る。
「い、いや、みんなから貰ったものだし」
それに奏汰がそう答えると、みんな十字を切って拝んでくる。
いやいや、あなたたち悪魔! そして俺はキリストじゃないから!!
日本人だったら両手を合せているところなんだろうけどさあと、奏汰はそんな悪魔たちの姿に唖然。
「まあまあ。これからは俺の右腕としても活躍してくれる予定だからな」
そんな拝まれる奏汰を見てサタンがそんなことを言うものだから、ますます奏汰は拝まれる。
「何を勝手に」
「こうやってたまにみんなの息抜きを考える係だ。いいだろう」
ふふんっと、勝手にそんな係に任命してくれる。
「諦めろ。サタン王はそういう点では引かない」
そしていつもならば割って入って止めるルシファーが、諦めろと真っ先に言ってくれる。
あんたらの力関係ってどうなってんだよ!?
今更だが、そこが不思議になっちゃう奏汰だ。
「まあ、何にせよ。ここまで人民の心を掴むからには、政治に関わって頂けると助かります」
でもってベルゼビュートもちゃっかり手伝ってと言ってくる。
まったくもう。
「いいけど、何だろう。そのお祭り係みたいなの」
ここに住むからには何か貢献したいとは思うけど、そんな貢献の仕方でいいのか。
「俺様が全面的にサポートするから大丈夫だ」
そしてルシファー、お祭りならば手伝うと張り切ってくれる。
いやいや、お前は何がしたいわけ。
「ほら、それより奏汰はみんなとお喋りをするんだ」
ルシファーは呆れている奏汰の肩を押し、料理を取り分けている悪魔たちの元に連れて行く。気づいた悪魔たちが二人に向って深々と頭を下げた。
「あ、あの、美味しいですか?」
今まで普通の大学生だった奏汰からすれば、頭を下げられることに慣れていない。ドギマギしながら訊ねる。
「とても美味しいです。このカレーライス、最高です」
「俺は肉じゃがが好きになりました」
「日本って美味しい物が沢山あるんですね」
そんな奏汰に、悪魔たちは上品に答えてくれる。
はあ、本当に平和なところだなあ。
しかも身分っていうのがはっきりしているんだろうなと、その態度で実感。
着ている服も、悪魔たちの個性や階級がよく出ている。ドレスやタキシードの人がいれば、原宿にいそうなファッションの人、何かに金を使いすぎたのか粗末な服装の人と色々だ。
「ん? 俺って」
「俺様の伴侶だから、貴族だな。ちなみに俺様は公爵だ」
「こ、公爵」
今、初めて知ったけど、やっぱり凄い上だよ。ってか、サタンとベルゼビュートの次に偉い人だから当然か。
「ってか、今まで聞かなかったけど、一番上がサタンで、次がベルゼビュート、その次がお前で合っているんだよな」
公爵という身分が明らかになったところで、どういう身分構成で、どういう人々が上にいるのかを確認しちゃう奏汰だ。
「うん、そう。でも、俺様と同じ公爵は他にもいるし、貴族もかなりの数がいる。例えば、あそこでアップルパイを食っている青い髪の男はモロクといって公爵だ」
「ほう」
奏汰は指差された方を見て、いかにも貴族ですというオーラを放っている男がモロクかと確認。
ってか、なんで貴族様までこのパーティーに参加しているんだ。しかも、ちゃっかりアップルパイを食うなよ。
「貴族なのに」
「まあ、俺様の伴侶がどういう奴で、どのくらい出来るのかの偵察だろう」
思わず声に出して呟くと、ルシファーはふんっと鼻を鳴らす。あまり仲は良くなさそうだ。
と、そんな視線に気づいたのか、モロクがこちらを見た。彼もまた当然のように美形。青い髪に青い瞳と、青色がメインの彼はどこか冷たい印象を受けた。しかし、その冷たさはルシファーに向けられたものだったらしく、奏汰を見た瞬間ににこっと微笑んだ。
「この度はルシファーの伴侶になられたとのことで、心よりお祝い申し上げます。私はモロク、東側の領土を治める者です」
そして流暢な日本語でそう挨拶してきた。
奏汰はその挨拶で、ああ、そうか。貴族だから土地を支配しているというのは人間界と同じかと気づく。
「ど、どうも」
挨拶を返しつつ、奏汰は思わずルシファーを見てしまう。当然、ルシファーは面白くなさそうな顔をしていた。ささっと奏汰を自分の方に引き寄せ、モロクから距離を取らせることまでする。
「貢ぎ物をこうやって民に還元されるとは素晴らしい。強欲なルシファーと釣り合いが取れるというわけですね」
そんな行動を受けて、モロクはしっかり嫌味をルシファーに向けて言う。
「ふん。人間の負の感情が何よりの好物の変態に言われたくないんだよ」
ルシファーはさらに奏汰を抱き寄せ、しっしと追い払うように手を振った。
いやはや、犬猿の仲かよ。ってか、人間の負の感情が好物?
「負の感情ではありません。喜怒哀楽のうちの哀を私が司っているだけのこと。ああ、奏汰は知らないのですか。私の治める地域は涙の国と呼ばれているんですよ」
「へ、へえ」
そうさらっと教えられてもよく解らんが、ともかく、悲しみが生きる原動力っていう悪魔なわけか。
「ですので、奏汰がもしルシファーに泣かされることがあれば、飛んで参りましょう」
が、感心していた気持ちはその台詞でぶっ飛んだ。変態だ!
「しっし。まったく、奏汰はやはりどの悪魔にとっても心地よい波動なんだな。こいつまでしっかり口説いてくるとは」
「いや、今のは口説き文句なのか!?」
「そうですよ。いやはや、わざわざガブリエルが来たというからどれほどかと気になってましたが、素晴らしい」
近づくなと牙を剥くルシファーと、興味津々の青い悪魔に挟まれ、奏汰は俺ってどうなってるのと頭を抱えたくなる。
「モロク、抜け駆けとはいい度胸ですね」
いがみ合う二人に向けて、そう謎の声を掛けてくる奴がいた。二人の間からひょこっと顔を出して見ると、赤い髪に赤い瞳の青年がいた。モロクと対照的なその見た目に、奏汰はまたヤバそうだなと冷や汗。
「プルトン、貴様も来ていたのか」
「貴様も、とは何事ですか。ルシファーを選んでしまった後だから手出しは出来ないですが、その少年が甘美な存在であることは、悪魔全体の共通認識ですよ。どんな子か、見に来るのは当然でしょう」
プルトンと呼ばれた赤い青年は、ふんっと鼻を鳴らす。
いやいや、その共通認識が嫌すぎるんですけど。奏汰は溜め息。
「お前も来るとは、奏汰の魅力が凄すぎるのは俺様としては嬉しいが、複雑だ」
で、プルトンを見てルシファーも盛大な溜め息。
「久しぶりですね、ルシファー。行動力の早いあなたは、こういう子を見つけるのも早かったというわけですね」
対するプルトンはにこっと笑って、どこまでも礼儀的だ。モロクとは性格が大分違うらしい。
「あ、あの」
ともかくこの赤い人は誰と、奏汰はルシファーを突っつく。
「ああ、そうだった。こいつはプルトンといって、火の国の王なんて言われることもある、北側に領土を持つ男だ」
「ほ、ほう」
「初めまして、奏汰君。今後は何かとお付き合いがあるでしょう。よろしくお願いします」
プルトンは奏汰に向ってにこっと挨拶。その礼儀正しい姿は好ましいが、この人も隙があれば狙ってくるわけだよなと、奏汰は苦笑い。
と、考えるとモロクはサタンタイプ、プルトンはベルゼビュートタイプというわけか。
すでに身近にも似たような奴がいたかと、奏汰はさらに溜め息。
「しっかし、悪魔って見た目も色々だったんだ」
今まで身近にいた三人が割とイタリア人ぽかったものだから、アニメに出てくるような瞳や髪の持ち主がいたことに、今更驚いてしまう。
「まあ、こいつらは生粋の悪魔だからな。見た目は少し人間から遠ざかる」
「へえ」
感心している奏汰に、ルシファーがそう説明してくれて納得。なるほど、こちらは堕天使や過去に神だったわけではなく、マジモンの悪魔か。
「生粋と言われると不思議な感じがしますが、まあ、そんな感じですね」
プルトンはそう言って苦笑。
「ふん。堕天使なんていうふざけた奴らと一緒にするな」
でもってモロクは鼻を鳴らして反発的な態度だ。
なるほど、悪魔も生まれにそれぞれプライドがあったりなかったりするわけか。で、生粋の悪魔からすると、堕天使のくせに上位にいるルシファーがムカつくと。難しいな。
「でも、二人はサタンを認めているんだよね」
しかし、そのサタンも堕天使じゃなかったっけと、奏汰は思わず確認。
「サタン王を認めているのは当然でしょう」
「そうだ。唯一、あの神という言葉で定義される存在に対をなせる存在だ」
そんな奏汰の確認に、プルトンとモロクは性格の表われる言い方で同意するのだった。
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