第33話 悪魔たちはびっくりしたんだよ

「って、世界地図はいいんだよ。魔界の全土地図を出して」

 ルシファー、この地図じゃないってと、出てきた地図を片付けさせようとするが、奏汰はこれも面白いので欲しいとお願い。

「ふむ。いいだろう。これも買い取るから魔界の全土地図をくれ」

 あっさり了承しルシファーは再度命令。

 雑貨店店主もほっとした顔をして奥に引っ込んで行った。たぶん、必要な物を用意できなかったとお咎めがあるのではと、びくびくしていたに違いない。

「ルシファーってさ、店員を怒ったりするのか?」

 店主の態度から、普段は厳しいのかと確認。

「そりゃあ、ある程度は怒ったり指導したりするよ。それが雇い主としての義務だもん」

「ほう」

 なんだろう、お前が言うと軽すぎて遊んでいるようにしか聞こえないんだが。

 しかし、支持率の高さと店主の態度からちゃんとやっているんだろうなとも思う。

 あれか、ルシファーの日本語が悪いのか。英語で喋っている分にはきりっとしているのかもしれない。

 と、そんなことを考えていたら、魔界の地図がやって来た。

「こちらです」

「へえ、魔界って普通の大陸みたいな形なんだ」

 リゾート地に海があったことから、外側が海なのは解っているが、でんっとでかい大陸になっているとは。

「そうだ。地球で言うところのパンゲア? みたいな感じ」

「まさかの大陸が移動する前」

 例えが凄いなと思いつつ、要するに地球全土の大陸をくっつけたような形をしているのが魔界というわけだ。

「で、サタン城のあるこの街がここ。ど真ん中だ」

「ふむ」

 地図の本当に真ん中に、サタンの文字がある。

「この真ん中から離れて内陸部になるほど、ドラゴンのいる地域があったり無法地帯地域があったりと危険だ。でも、海沿いは俺様が開発しているから安全」

「ほうほう」

 なるほど。真ん中と海沿いが安全で、ドーナッツのように危険地帯が取り囲んでいるというわけか。

 なかなか複雑だな。

「まあ、この街を出るには山を越えないといけないから、奏汰にはひょいひょい移動できないよ。悪魔でも、相当な飛行能力を持っていないと無理だから、ここは安全」

「なるほどねえ」

 確かに俺には翼がないからなあ。

「奏汰は俺様のものだってサタン様もお墨付きでみんなが知っているから、これからはどんどん買い物に来てもいいぞ」

 地図を見入って興味津々の奏汰に、どんどん魔界を知ってくれとルシファーは笑顔。

 なるほど。前の騒動のことを、ルシファーもずっと気に掛けていたわけか。

「解った。でも、俺ってそんなに買い物することないし、それに」

「それに」

 訊き返され、奏汰は自分が言いたかったことを反芻して顔が赤くなる。

「なんだ、奏汰。気になるぞ」

 そんな奏汰に、ルシファーは言ってよとジタバタ。

 って、解ってんだろ。その反応からして。

「その、お前がいれば、困ることもないからな」

 でも、ちゃんと伝えるべきだよなと、奏汰はぽんとルシファーの腕を叩いて言ってあげる。

「奏汰~」

 が、その後で抱き締められ

「ところ構わずに抱きつくな!」

 と鉄拳を食らわせ、雑貨店店主および外で様子を窺っていた悪魔たちを唖然とさせたのだった。



 奏汰からすれば、いつも通りの振る舞いだ。ルシファーをぶん殴るなんて、それこそ出会った当初からやっている。

 しかし、魔界に住む悪魔にとって、それはまあ、びっくりする事態だったわけで――

 地図を買った翌日。

「すげえな」

「奏汰がな」

 屋敷に次々と運び込まれる品々に、奏汰だけでなくルシファーも唖然としていた。

 そう、あの騒動を見た悪魔から噂が伝播し、あの伴侶となった人間は只者ではないという話が蔓延。当然、噂話なので尾ひれが付き、どえらいことになったらしい。

 中には奏汰がルシファーを顎でこき使っているなんてものもあったとか。

 で、みんな、奏汰のご機嫌を取っておくのがいいと貢ぎ物を持ってきたという次第だ。

「これ、ちゃとリストアップしておいた方がいいですよ」

 騒動を聞きつけてやって来たベルゼビュートが、テキパキと誰が何を持ってきたのかリスト化してくれる。ちゃっかりタブレット端末を使ってやっているのだから、あの悪魔様は現代文明に馴染み過ぎだ。

「あとで奏汰の名前で返礼を出しておかないとな」

 唖然状態から脱したルシファーが、経営者らしい一言を言う。

「そうですね。でも、ルシファーと連名にした方がいいでしょう。あくまで奏汰は貴方のパートナーですし」

 ベルゼビュートもそこはしっかりアドバイス。

「ふむ、そうだな。しかし、奏汰をみんなが受け入れてくれたのは嬉しいが」

 複雑だなあと、ルシファーは複雑な表情だ。

 それはそうだろう。日本酒フェスをやったり日本食レストランで悪魔たちの心を掴み、奏汰がいることを当たり前にしようとしていたルシファーからすれば、自分をぶん殴ったことで受け入れたという事実は複雑だ。

「そもそも、お前が場所を弁えずに抱きつくのが悪いんだろ」

 しかし、奏汰は殴ったのは仕方ないじゃんと抗議。ってか、一緒に歩いている時点で貢ぎ物はあったしね。

「まあ、いいじゃないですか。何にせよ、これで奏汰を食べようとする不届き者は現われません」

 ベルゼビュートはリストアップを終え、次にこれらの品々をどうしますかと訊く。

「ううん。全部は要らないよね」

 奏汰はリンゴなんて千個くらいあるけどと悩む。

「そうだな。でも、貰ったものだから無碍には出来ないし」

 ルシファーもさすがに山のような貢ぎ物を相手にしたことはないと悩む。

「あの」

 そこに裏方に徹していたベヘモスが手を挙げる。

「何か名案があるの?」

 奏汰は優秀な執事に期待。

「はい。食品に関してはこちらで奏汰様の好きな料理に加工し、この間の広場で振る舞われるのはどうでしょう」

 そしてベヘモス、素晴らしいアイデアを出してくれた。

「おおっ、それだ」

「パーティーにしちゃうんだ」

「いいですね。サタン王にも手伝わせましょう」

 こうしてしっかりリスト化された貢ぎ物を確認しつつ、パーティーの準備が進むのだった。



 さて、料理すると言うが、これはこれで大変だった。なんせ食材が多い。ついでに自分の好きな食べ物って何だっけと悩む羽目になる。

「まずはリンゴからだな。奏汰、好きなのは?」

 早速訊いてくるルシファーだが、奏汰はリンゴねえと悩む。

「アップルパイとか、ジャムとか」

 取り敢えず思い浮かんだものを挙げると、早速ベヘモスとシェフのニスロクを先頭に、テキパキと使用人たちが調理を始めた。

「アップルパイを五百人前とジャムを二百人前作れば処理できると思います」

 そこにベルゼビュートが配分としてこんな感じでしょうと言う。

「振る舞う人数が凄い」

「それはそうだ。貢いできた人数だけでも千人はいるぞ。街の連中は間違いなく来るし、子どももいるから招待客は三千以上だと見積もっておくべきだ」

「ああ、だよね」

 あっさりと五百人前なんて言うからビックリしたが、全員に振る舞おうと思えばそのくらい用意して当然なのだ。奏汰は何とかなりそうとほっとする。

「工程の多さを考えると果物から一気に行った方がいいですね。次はメロンです」

「メロンって、普通に食べるのしか思いつかないけど。あと、メロンソーダかなあ。あれって普通はシロップだけど、果汁で作ったやつもあるって聞いたことがあるし」

「では、牛乳を一部アイスに加工しましょう」

「ああ、そうだね」

 ベルゼビュートはメロンソーダを知っているようで、アイスを作ると提案。それに頷いてメロンはそのままとジュースに決定。

「奏汰。ミカンはどうする?」

「うっ、ゼリーとか」

 しかし、果物が一杯あっても奏汰の頭の中にあるスイーツのリストはそれほど多くない。徐々に困る。

「いくつかはケーキにいたしましょう」

 そこですぐにシェフのニスロクが、そう提案してくれる。

「あっ、それは助かる。ってか、この時点でかなりのスイーツバイキングみたいになってきているな」

 となると、と奏汰は閃く。

「クレープもいいんじゃないか」

「そうですね」

「パンもいいぞ」

 ルシファーも閃いたと笑顔だ。

「じゃあ、パンケーキもありってなりますね」

 そして乗っかってくるベルゼビュートだ。

 この人、真面目そうに見えてノリがいい。

「一層のことジュースも各種用意して」

「そうだな。じゃあ、フルーツはこれでいいか」

 こうしてがやがやと相談していたら、あっという間にメニューが決定した。

「おおい、俺も混ぜろ」

 そこにサタンがシェフ軍団を連れてやって来た。ここの使用人だけでは足りないだろうと、人材を確保してきてくれたのだ。

「おおっ」

「これはいい食材ばかりが」

 そしてシェフ軍団の皆さん、山のような食材に目を輝かせる。

 これはもうお任せ出来るのでは。奏汰はそっちに期待。

「日本食を中心に頼む。奏汰の意向を聞いてくれ」

「うっ。やっぱり俺がメニューを決めるのか」

 が、サタンがそう命じたので、奏汰は次に日本食を羅列することになるのだった。

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