第32話 酒の酔い方それぞれ
日本酒飲み比べフェスは大盛況のうちに幕を閉じた。夜遅く、後片付けはホストたちに任せ、ルシファー一行は先に屋敷に戻ってきた。
「日本酒って酔うなあ」
「そうですね。ワインとは違う酩酊感です」
しかし、屋敷に着いたところでサタンがぐでんとソファに蕩けた。それに毛布を掛けてあげるベルゼビュートはまだ無事のようだが、酔ってはいるらしい。
「慣れていないと潰れるっていいますからね」
奏汰も一杯だけ飲んで、これはヤバいと思った。しかも獺祭、飲み口が軽やかなものだから、ついついぐびっと飲んでしまうから恐ろしい。
「ふふん。俺様はいい気分だよん」
一方、ルシファーは酔っ払っているようだが、普段よりふにゃけた笑顔というだけで、大丈夫らしい。足取りもしっかりしている。
意外や意外、酒の酔い方も個人差がかなりあるようだ。やっぱり悪魔って人間っぽい。
「皆さま、酔い冷ましにこちらをどうぞ」
そこにベヘモスが気を利かせてハーブティーを運んで来た。爽やかな香りが部屋の中に広がり、三人は知らずほっと息を吐き出していた。
「日本酒の匂いにも酔ってましたね」
ハーブティーを飲むと、奏汰も高揚感がほどよく解れた。そして、匂いにやられていた部分があるなと気づく。
「確かに日本酒は香り高いものが多かったですね」
ベルゼビュートもハーブティーで口直しをしてから、ふうっと息を吐き出した。そして、何を思ったかサタンの鼻先にハーブティーを持って行く。
「ふごっ」
「ふむ。この方は完全に酔い潰れてますね」
鼻を鳴らしたサタンに、起きないかとベルゼビュートは肩を竦める。
「ベルゼビュートさん、実はかなり酔ってますね」
普段ではあり得ない奇行に、奏汰は苦笑。
「まあ、いいんじゃないか。みんなが気持ちよく酔っ払えるのがサイコーだよ」
ルシファーは慣れているのか、放っておけという感じでそう言う。
「まあねえ。悪魔ってアルハラはしないんだ」
そう言えばと、みんなが好きなペースで飲み、そして賑やかに騒いでいたのを思い出し、奏汰は行儀がいいよなあと思う。
「しないよ。他人の快楽を邪魔するなんてサイテーだぞ」
が、ルシファーに言わせれば、それは当たり前であるらしい。なるほど、お酒に酔うことも快楽なんだ。
「じゃあ、もっと飲みたいって暴れることはあるわけ? 今日はサタンさんの奢りだから、みんな飲み放題だったんだろうけど」
「ああ。それはたまにあるな。でも、金を持ってなければ飲めないさ。そこはルールが徹底されている」
「へえ。そう言えば、最初は金を取ってたもんな」
意外としっかりしているんだよなあと、奏汰は寝入ったサタンで遊び始めたベルゼビュートを見つつ、本当に平和主義だなと感心していたのだった。
翌朝。
「頭いてぇ」
ソファで寝入っていたサタンはそう呟いて起き上がった。リビングで本を読んでいた奏汰は、悪魔も二日酔いだと同じことを呟くんだなと、そこに感心。
「まったく、結局ルシファーの屋敷に泊まることになりましたよ」
そこにすかさずベルゼビュートから苦情が入った。とはいえ、この人だって酔っ払ってて帰れなかっただけだ。と、奏汰は心の中だけで思う。
そのベルゼビュートは二日酔いになることはなく、しゃきっと起き上がって朝ご飯を食べ、書類仕事をしていた。奏汰がここで本を読んでいたのも、ベルゼビュートがいたからだ。
「ああ、そうかあ。今、何時?」
「十時半です」
「めっちゃ寝たな、うん」
サタンは大きく伸びをすると、頭をぼりぼりと掻き始める。ふむ、やはり人間の酔っ払いの目覚めと同じだ。
「ベヘモスさんに何か飲み物を頼みましょうか?」
ということで、喉が渇いているのではと奏汰が訊く。
「ああ、頼む。まあ、寝起きに奏汰がいてくれるだけで、俺の二日酔いも癒えるがな」
「はいはい」
ルシファーと似たようなことを言わないでくれとあしらい、奏汰はリビングにある呼び鈴を鳴らした。するとすぐにベヘモスがやって来る。
「どうかなさいましたか?」
「あっ、サタンさんが二日酔いなんだって。何か飲み物をあげて」
「かしこまりました」
ベヘモスは奏汰のリクエストににこっと笑って応えて去って行った。と、入れ替わりにルシファーが入ってきた。
「ああ、起きたんですね。って、奏汰。最近はこの二人にべったりとは何事だ。ゆっくり本を読むのならば、俺様の横でもよかったのに」
で、しっかり文句を言ってくれる。が、先に用事があると出て行ったのはルシファーのはずだが。
「はいはい。で、何か用?」
もうそのくらいでは腹も立たなくなってきた奏汰は、これもあっさり受け流す。
ふと、慣れって怖いなと思うものの、もうここで一生過ごしていいやと思ってしまっているから、いいやと流してしまえる。
「ああ、そうそう。昨日のフェスで悪魔のみんなもお前がどういう存在か解ったはずだ。だが、まだまだ理解が足りないはず。というわけで、見せびらかしに行くぞ」
「いや、見せびらかすって」
俺はあんたの何だよと、奏汰は呆れる。
「素直に、ようやく奏汰と買い物や買い食いが出来るはずと仰ればいいのに」
しかし、ベルゼビュートからすぐに素直じゃないだけだと指摘され、ルシファーが顔を真っ赤にする。
おや、照れ隠しだったのか。
これは面白い反応だと、奏汰はにやにやしてしまう。
「ど、どっちでもいいんだ。ともかく、俺様は早く奏汰に街にも普通に出掛けられるようになって欲しいの!」
でもって、ずっと出掛けられないのは不自由だろと、ルシファーは思わずそう本音を言っちゃうのだった。
こういうのを宣伝効果の凄さというのか。
奏汰はルシファーと街を歩きつつ、そんなことを思ってしまう。
というのも
「この間はご無礼を」
と、襲いかかったことを覚えていた悪魔から詫びとしてリンゴ山盛りもらい
「ルシファー様のお相手とあれば、もっと精を付けられた方がいいでしょう」
と、別の悪魔からマムシの生き血を貰った。
かと思えば
「ルシファー様に気に入られるほどの御方。どうか、その胤を」
と女性悪魔に迫られる迫られる。もちろん、その度に
「ダメだ。奏汰の総ての胤は俺様のためにある」
ルシファーが恥ずかしい台詞で追っ払うから、堪ったものじゃない。
ともかく、ルシファーが気に入った人間である。この事実が悪魔たちの態度を大きく変えているわけだ。
びっくり。
「でもさ、一人で歩くのは怖いよね。ああいう女性悪魔もそうだけど、気に食わねえって路地裏に連れ込まれて締め上げられそう」
奏汰は腕の中いっぱいの貰い物を見つつ、逆の考えの奴もいるよねと思う。
「ああ、それはそうだな。とはいえ、そういう奴はこの街に住んでいないぞ。サタン城下のこの街はまず問題ないと思う」
「そうなのか」
意外とあっさりそこは大丈夫って言うな。奏汰は疑わしい目で見てしまう。
「この間の問題のある奴はネトゲに放り込んだし、大丈夫さ。そもそもここは治安が最もいい場所なんだ。だから、ルールから外れるとちゃんと罰が与えられるし、この地区外に追放される」
「へえ」
そう言えば、魔界全体に関してまだ知らない奏汰だ。この間のリゾート地はかなり離れた場所にあったことから、ここが相当広いことは知っているが、全体像は知らなかった。
「ああ、そうだな。そういうことも教えておかないと。ああ、あそこに地図がある」
ルシファーはそう言うと雑貨屋に入っていく。もちろんここもルシファーの店だ。
「おいっ、地図」
「はっ、ただいま」
「そもそも、これがびっくりだよな」
どの店もルシファーが経営してるんだもん。奏汰はルシファーが一声掛けると何でも出てくる状況には、まだ慣れていない。
「どうぞ」
そんなことを思っていると、店主が地図を持ってきた。てっきりファンタジーに出てくるような古めかしい地図が出てくるのかと思っていたのに、日本にある世界地図と変わらないような地図が出てきた。
ちぇっ、横にドラゴンとか描かれてないんだ。
「ええっと、これがこの街か」
しかし、初めて見る地図に興味津々だ。大陸が二つあって、真ん中に海がどんっとあるという地図だった。その中からサタンの文字を見つけて、ここかと左側の大陸の真ん中を指差す。
「そうだ。ちなみに右側は天界だ」
「えっ」
「一枚に書こうと思ったらそうなるじゃん」
「ああ。ってことは、この真ん中にあるの、海じゃなくて」
「空だな。どっちも一つの大陸みたいなもんだ」
やっぱり、普通の地図とは違ったぜ。
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