第31話 玄関でいちゃラブしないでください
魔界がしっかりした場所だということを学び、奏汰はサタン城を後にすることになった。それに合わせて、ちゃんとベヘモスが迎えに来てくれている。
「ごめんね」
「いえ。奏汰様はルシファー様のパートナーでございますれば、私にとって奏汰様も主人ですので」
わざわざ迎えが必要という状況に恐縮していると、いつでも気軽に言ってくれとベヘモスは微笑む。そんな彼はカッコイイ渋メンだ。
ちなみに迎えはちゃんと車だった。
あるんだ、車。どうせ悪魔信仰の人から買ったんだろうけど。って、よく見ると車はベンツだった。やっぱり金持ちだ。
どうぞと後部座席のドアを開けてくれるベヘモス。ふむ、お貴族様に従う執事の振るまい。
「はあ、本当に人間と変わらないなあ」
どこをどう見ても人間界と大して変わらない魔界。そこに馴染んでいく自分。全くもう、何が何だか。奏汰は思わず腕を組んでしまう。
「奏汰様から見ると、やはり悪魔はもう少し非人道的な存在であってほしいところですか?」
そんな悩んでいる奏汰に、運転席に乗り込んだベヘモスが苦笑しながら訊いてくる。
「いや、まあ、そうかな。でも、一回怖い思いをしているから、ああいう人たちばっかりだと困るよ。たぶん、イメージとは違うから一種のカルチャーショック状態なんだよね。まだ慣れていないって感じかな」
車が発車してから、奏汰は思ったままを口にする。するとベヘモスはなるほどと頷いた。
「私も初めて日本に行った時は、もっと落ち着いた静かな場所だと思っていたのですが、意外と血気盛んで騒がしく、驚かされました」
「そ、そうなの」
「ええ。と申しますのも、初めて訪れた時は戦国時代と呼ばれる時代でして」
「うわあ。あれか、キリスト教の伝来」
「はい」
そういうところにも絡んでくるのかと、これもカルチャーショックだなと奏汰は思う。そして、そりゃあ血気盛んでしょうよと苦笑してしまう。
「次に日本に行けたのは明治時代と呼ばれる時代で、こちらもまあ血気盛んな時代でしたねえ」
「はあ。西欧化の流れの時ってことか。じゃあ、やっぱりそういうのはキリスト教の制約を受けるんだ」
「ええ。西洋の悪魔というものをイメージして頂けない場所には我々は赴けません。今の日本は、悪魔がゲームのキャラやらアニメのキャラとなり、我々もすんなり移動できる場所、むしろヨーロッパよりも行きやすい場所になってますけど」
「ははっ」
日本の歴史を悪魔側から見るとそういう感じになるんだ。奏汰は思わず笑ってしまう。
「ですから、こういうタイミングで奏汰様と出会ったのも必然ですし、ルシファー様とこうやってパートナーとなられるのも、日本という国が変わったおかげでしょう」
「そ、そうなのかな」
そこでサブカルの発達が絡んでくるとなると、俺は複雑ですけど。奏汰は首を傾げる。
「何より奏汰様のように、大悪魔であるルシファー様が傍にいても普通に接してくれる。これが大事なのですよ。ルキア君もそうですけどね」
日本人のおかげで悪魔も変わった部分がある。ベヘモスはそう言い切ったのだった。
「ただいま~」
「おかえり~」
「ぎゃあああ」
おかえりと返事があったのはいいとして、いきなり抱きつくな!
奏汰はむぎゅっと抱き締められて思わず絶叫。それに抱き締めたルシファーは
「なぜ悲鳴を上げるんだ。もはや疑いようのない伴侶だというのにっ」
とショックを受ける。
「あ、あのなあ」
そりゃあ、伴侶になりましたよ。心身ともにルシファーを受け入れちゃってますよ。でも、文化の違いってのがあるんだよ!
いつもならばその心に思ったことを絶叫している奏汰だが、まだまだ互いの理解が足りないのを学習した後だ。
「日本人はいきなり抱きつかれることに慣れてないの」
ということで、奏汰はべしっとルシファーの頬を叩き、そう教える。
「ううむ、そうなのか。しかし俺様は抱きつくぞ。慣れろ」
「おいっ!」
が、ルシファーは歩み寄るタイプではなかった。俺様男はあっさり慣れろと命じてくれる。
まあ、慣れる努力はしましょうよ。結局努力するのは俺なんだから。
で、そこではたと気づく。
「ああっ、ベルゼビュートさんの苦労が解ってきた」
商売人であれこれやりたがりなルシファーに振り回される周囲の気持ちが理解出来て、思わずベルゼビュートに同情。
「なんでそこでベルゼビュートの名前が出てくるんだよ。はっ、まさかサタン城でサタン王の目を盗み」
「プリンを食ってたんだよ!」
余計な妄想を働かせるなと、奏汰は思わずやっていたことを叫んじゃう。
「奏汰はプリンが好きなのか」
「いや、まあ、あったら食べるくらい」
「ふうん」
そこで腕を組むルシファー。さらににやりと笑っている。
これは何か余計なことを考えているな。
「プリンを奏汰の胸に、うぐっ」
「やらねえぞ!」
何訳わからんプレイを開発しようとしてるんだ!
奏汰はルシファーのスーツを握り締めてぎりぎりと締め上げる。
「ちぇっ。奏汰は普通のセックスしか許容してくれないのか」
「白衣は付き合っただろ」
「ああ、そうだったな。コスプレはオッケーなのか」
「よくねえよ」
「はいはい、お二人とも。玄関で騒がないでください」
そこまで微笑ましく見ていたベヘモスだが、いちゃラブが終わらないなとそこでストップをかける。すると、二人揃って顔が赤くなるのだから面白い。
「そ、そうだな。いくら夫婦とはいえ、玄関ではよくない」
「夫婦って言い方はちょっと。パートナーでよくないか?」
「ふむ。まあ、そこは拘らないが」
パートナーって味気ないよなあとルシファーは腕を組む。
「でも、他に呼び方はないだろ」
世の中の男性同士のカップルは互いをどう呼び合っているのかは知らないが、少なくとも奏汰は他に思いつかない。
「何でもいいか。それよりルキアのところに行くぞ。そのために待っていたんだ」
ルシファーもあっさり名称は何でもいいと納得し、玄関で待ち構えていた理由を思い出したのだった。
ルキアのところに行くというから、てっきりホストクラブに行くのだと思っていたのに、到着した場所は広場だった。
「なっ」
しかも何やら横断幕が掲げられ、多くの悪魔が集まってがやがやとやっている。その手には紙コップがあり、みんなほろ酔いのご様子だ。
「昼間、ルキアが『日本酒といえば、飲み比べのフェスって酒所だとあるんですよね』と言っていてな。そいつは名案だと早速やってみたんだ」
ルシファーはふふんっと、途中ルキアの真似までして教えてくれる。つまりここ、日本酒飲み比べフェスの会場ということらしい。
「こちらの獺祭、美味しいですよ~」
そう思っていると、このフェスの元ネタ提供者のルキアの声がする。見るとホストたちが並んでそれぞれのお酒を販売しているらしい。
「獺祭は一杯3ユーロで販売しているぞ。他は2ユーロだ」
「さすが」
そこは振る舞い酒じゃないんだと、奏汰は商魂たくましい悪魔に呆れる。
「いや、一杯目は好きなお酒がタダだ。そこで振る舞っておけば、後は飲んでみたいってなるだろ」
「やっぱり商魂たくましい悪魔だ」
ちゃっかりサンプルまで配って集客してる! と奏汰は呆れてしまう。
「あっ、ルシファー様」
「おおっ、ルシファー様がいらっしゃったぞ」
ルシファーに気づいた客が声を上げ、わらわらと人が集まってくる。
「やあ、みんな、楽しんでいるかい?」
ルシファーが笑顔で訊ねると、客たちが
「もちろんです」
「ルシファー様、さすがです」
「日本酒、好きになりました」
と賞賛の声が飛ぶ。
すげえな。さすがはここら一体の商売を一気に引き受ける商売人で貴族様だ。
ルシファーの支持率の高さを目の当たりにして、奏汰は凄い奴なんだなと改めて感心。
「そうか。その日本酒をこうやってみんなに振る舞っているのには訳がある」
と、そんな奏汰の肩を抱いてルシファーがみんなの注目を再び集める。
「ここにいる日本人の奏汰が、俺の生涯のパートナーになったんだ。そのために、みんなには日本という場所をよく知ってもらいたい」
そして高らかにそう宣言。
奏汰は顔を真っ赤にし、悪魔たちはぽかんとする。しかし
「ブラボー♪」
と先陣切ってルキアが声を上げると
「おめでとうございます」
「この甘美な少年がまさかルシファー様のパートナーとは」
「人間とは思えない気配ですものねえ」
と祝福の拍手が巻き起こった。
いやはや、凄いね。
奏汰が呆気に取られていると
「奏汰、ルシファー。俺たちも混ぜろ」
とサタン王とベルゼビュートがやって来た。こうなると一般悪魔たちは目を白黒させ、凄い人間だぞとがやがや。
「さあ、楽しむ場だ。みんな、好きなように飲み食いしろ。ああ、ここからは俺が全額持とう。二人への祝福の日だからな」
さらにサタンが気前の良さを見せ、フェス会場は大いに盛り上がるのだった。
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