第35話 悪魔貴族は個性的
ともかく、魔界にはこうやって一定の領土を治めている貴族の悪魔がいるというわけだ。
しかし、どうしてそれを地図を買った時に言わないかな。たしか、ルシファーの説明では中心のサタンが治める地と海の間は危険地帯じゃなかったっけ?
「危険だろう。あんな男たちが支配しているんだぞ。危ない!」
パーティーが終わって屋敷に戻ってからそれを指摘すると、ルシファーに力説された。
まあ、確かに。彼らも隙あらば狙おうと思っているようだから、危険は危険か。
「しかもサタン王やベルゼビュートのように、俺様のことと奏汰のことを思って身を引くなんてないんだぞ。危険だ。行っちゃダメ、絶対!」
ルシファーは重ねてそう力説する。なんだか、麻薬撲滅のキャッチフレーズみたいになってるぞ。
「行くことはないけど、誰がどの辺を治めていて、どういう場所なのかくらい説明してくれてもいいじゃん」
「ぐう」
「そんなに嫌なのかよ」
謎の呻き声を上げて唇を尖らせるルシファーに、奏汰は呆れてしまう。ひょっとしてこれ、やきもちか。
「だって、奏汰が他の男に興味を持つなんて・・・・・・ただでさえ、奏汰はしょっちゅうベルゼビュートといて、気が気じゃないのに・・・・・・」
つんつんと人差し指を突き合わせながら言うルシファーに、この人は本当に悪魔なんでしょうかと、もう何度も思ったことを考えてしまう。
「ベルゼビュートさんは色々と教えてくれるからだよ。誰かさんが教えてくれないから、代わりに説明してもらっているんだろ」
奏汰はお前が言わなかったらまたベルゼビュートに訊くからなと脅す。
「くう。そんなことでプリン食べながらきゃっきゃと盛り上がっているのか。それはそれで許せん」
で、ルシファー。恋バナをしていないのも複雑だと謎の力説。
「アホか」
「へん。奏汰が好きって言ってくれても淡々としてるからだろ。俺様のことすぐに殴るし」
「いや、何、ついでに面倒なこと言ってんの」
この悪魔様、面倒臭いんですけど。奏汰はますます呆れる。
「見せびらかそうと思ったのになんか失敗するし、でも、奏汰はみんなにとって心地いい存在だから悪魔寄ってくるし、独占できないよう。で、奏汰はいっつもラブラブしてくれない」
「いや、俺からすればかなり頑張ってるよ」
なんで苦情を言われているんだろう。奏汰はそう思いつつも反論。
「そうなのか?」
それに対して何故かルシファーは疑わしげ。
「そうだよ。そもそも、毎日キスも、その、セックスも付き合ってるのに」
奏汰はふんっと近くにあったクッションを掴みつつ言う。
ああもう、恥ずかしい。
「そうかそうか。そうだよな」
で、ルシファー。その身体を知っているのは俺様だけだと機嫌を直した。
やっぱり面倒臭い奴だ。でもまあ、そこが可愛かったりするんだけど。
「はあ、俺、毒されてるな」
なんだかんだで付き合い、ルシファーのご機嫌を取っちゃう自分って何だろう。奏汰はそのままクッションに顔を埋めてしまうのだった。
さて、翌日。改めて魔界の地図を見ながらどこに誰がいるのかという説明を受けることになった。
そもそも、悪魔に身分があることは知っていたが、ルシファーが公爵だということさえ知らなかったのだ。ちゃんとその辺も含めて説明してもらいたい。
テラスでコーヒーを飲みながら、ルシファーは渋々と説明を始めた。
「公爵の地位にあるのは俺を含めて五人だ。で、他の四人がざっくり東西南北に分けた地域を統括している」
「ほう」
公爵は五人か。で、パーティーで北側を統括するプルトンと東側を統括するモロクと会ったわけだ。
「そう。残りの二つ、南側はアドラメレクという奴が統治していて、かなりの堅物だ。だからパーティーにも姿を現さなかったんだよ」
「堅物ねえ」
この魔界の悪魔で堅物なんているのかよ。
奏汰はベルゼビュートを思い浮かべてそう思ったが、身近な例が悪すぎるのだろうか。悪魔は人間と大差ないことを考えれば、性格も千差万別ということだろうか。
「西側はベリアルという男で根暗だ。まず、自分の城から出て来ない」
「まさかの引きこもり!?」
悪魔の中にもそんな奴がいるのか。奏汰は素直に驚いてしまった。
「まあ、いいんじゃないの。面倒だから家にいるってだけだよ」
「いや、ざっくりしすぎだよ」
そんなんでいいのかよ、西側。奏汰はやっぱり悪魔って解らないなあと眉間に皺が寄ってしまう。
「別に公爵が統治しなきゃ困るなんてこと、ここじゃ起こらないからな。それに公爵の下にいる侯爵や伯爵なんかが代わりにやればいいだけだし。ほら、人間界だって県知事がポンコツでもなんとかなるだろ。あれと一緒」
「いや、例えが同意しづらい!」
なんで悪魔に県知事がディスられなきゃなんないんだ。未だ人間である奏汰としては納得がいかない。
「まあまあ。ともかく、地方行政のトップが寝ててもサタンやベルゼビュートがいるし、他にもやりたい奴がちゃんとやっているからいいんだよ」
ルシファーはいいじゃん、別にと適当だ。
って、そもそもこの男が行政向きではなく、商売に走ったんだった。
「つまり、それぞれの適正に合わせて上手くやっているってことか。引きこもりが適正なのか解らないけど」
「そうそう。それにベリアルはマジで怖いからな。城から出てくる事態になるってことは、ガブリエルがケンカを売りに来るよりも凄い事態に陥っているってことだ」
「へえ」
つまり、危険度の秤代わりになっているってことか。まあ、そう考えると適正か。
奏汰は無理やり納得させ、まあ、ここも人間界と変わらないってことだよねと頷く。
「ああ、そうそう。他に危険を察知したら出てくる奴として侯爵のエウリノームってのもいる。そいつはサタン城の地下深くで眠っている」
「いや、サタンさんのお城にいるのかよ」
しかし、やっぱり人間界と違う部分があった。なんじゃそら。
「まあ、簡単に言うとサタンが監視している。エウリノームは死を司る悪魔なんだよ。危険度は人間界でいうところの核爆弾と変わらない」
「へ、へえ」
それ、城で眠っているんじゃなくて封印ですね。考えるまでもなく、地下深くって言っちゃってるし。
奏汰は魔界って本当に凄いよね、と改めて思う。
「あっ、そう言えばお前のように商売をしている人がいるんだろ。それってどんな悪魔?」
魔界が五つに分かれて統治され、さらに封印までされている悪魔がいると知ったついでにと、奏汰は質問した。
たしか、他にも一人、商売をやっている人がいるって言ってたよな。
「ああ、アスタロトのことか。あいつは地味な商売が大好きだな」
ルシファーは本当に商売が被らないのか、目の敵にする感じもなく言う。
「地味って?」
が、一体どんな商売だとルシファーと被らないのか。奏汰は俄然興味がある。
「画材とか、古文書とか、壺とか」
「・・・・・・なにその古物商みたいなラインナップは」
が、出てきたのが本当にびっくりするほど被らないものだったので、奏汰の興味も萎える。
「昔からそういうのが好きだったらしいんだよね。で、俺様が商売にしないのならばって専門で始めちゃったよね」
「へえ」
別にルシファーに対抗意識があったわけでもないんだ。それはそれで凄いな。
しかし、ルシファーからするとその反応が不思議であるらしい。
「何にせよ、魔界は平和だからなあ。悪魔って欲望に忠実だし」
「普通、欲望に忠実だと平和とはほど遠いはずなんだけど」
奏汰の指摘に、そうなのかと悪魔から訊ねられてしまう。
おい、おかしいだろ。
「そうだろ。人間で欲望に忠実な奴って他の奴を蹴落としてナンボだって思ってるし、騙すし傷つけるし、相手の気持ちなんて無視するし」
「へえ。でも、それは悪魔じゃなくて人間らしい所業だと俺様は思うぞ。悪魔ってのは、そういう面倒なことも回避したい」
「マジで平和主義!」
騙したり傷つけることが面倒。それってどういうことだよと奏汰は開いた口がふさがらない。
「それに、悪魔はそういう欲望を持った人間の手助けをすることはあるけど、意思決定はあくまで人間だからなあ。俺様たちは欲望のままに動く人間を見て楽しむだけだし」
「・・・・・・それは質が悪いけどね」
傍観者を決め込んで、それでも欲望だけは煽ってくるのかよ。サイテーじゃん。
「だから、悪魔は基本、自分の快適さを優先するけれども、相手の快適さを邪魔することはないんだ。もしかち合うことがあっても、どうするのが快楽に直結するかを考えるから、結局は平和的に終わる」
「へ、へえ」
それを堕落と言えばそれまでなんだろうけど、本当に平和だ。
そこで奏汰はぽんと手を打った。
ああ、そうか。人間からすれば争うことを止めた奴は堕落しているんだ。
そこに気づくと、悪魔たちの行動原理も理解出来る。
「人間なんて常に向上心を持てとか難しいことを言われて四苦八苦してるのに」
奏汰は思わずそう呟くと
「やりたくないことに向上心なんて持てるはずがないだろう」
と、ルシファーから正論を返される。
そうですね。そうですよ。でも、それが当たり前って思ってるのが人間なんですよ。
奏汰は魔界って生きやすくていいねと素直に感心していた。
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