第28話 暇なのかよ、神様

 三人の合体技により、箱は一瞬のうちに燃え尽きた。ついでにさっきまで箱が邪魔だと突っついていた七面鳥が、こんがり食べ頃に焼き上がっていた。

「こ、香ばしい匂い」

「七面鳥まで焼けちゃったか。しかしこいつ、あの箱に触れてたからなあ。奏汰は食べちゃダメ」

「だ、だから何をそんなに警戒してるんだ?」

 さっきから意味不明だぞと奏汰が困惑していると

「このくそボケ悪魔ども。神の意向を無視するとは何事か!」

 ばさっという羽音とともに、ガブリエルが現われた。するとルシファーは奏汰をむぎゅっと抱き締め、サタンとベルゼビュートは臨戦態勢に入る。

 ええっ!? だからどうしてそんな展開に?

 奏汰は唖然呆然だ。

「へん。同性愛を認めたくないからって奏汰を女に変えようとする変態神なんてえんがちょだ!」

 しかし、ルシファーのガキっぽい挑発で、ようやく奏汰もあれが何だったのかを理解する。

「お、俺が女体化!?」

「そう。神ってのはバカだから、愛し合っているならば必ず男と女であるべきって思ってる訳よ。クソでしょ。アホでしょ。バカでしょ。ガキでしょ」

「いや、どんだけ悪口を並べ立てるんだよ」

 助かったのは解ったけど、神に対して容赦なさ過ぎだろ。

「いや、悪口は山のようにあって然るべきだ」

 が、魔界の王であるサタンがルシファーを援護し、ふむふむと頷いている。

 さすが、元天使で今は悪魔の二人だ。その点はしっかり一致している。

「好き勝手抜かすな。この悪魔ども!」

 で、それを黙って聞いていられないのが、今も天使のガブリエルだ。何を適当なことをと憤慨している。そして奏汰を指差し

「高潔な魂を持つ人の子よ。貴様は神の素晴らしさを解っているだろう」

 と奏汰を味方に付けようとする。

「いや、そもそも俺って日本人で神道と仏教の子ですけど。お宅のところの神様なんて知らないし。でもまあ、嫁だとか伴侶だとか言われ続けたけど、さすがに女体化はねえわ」

 奏汰はないないと手を横に振っておく。

「な、何だと。男の身のままルシファーを受け入れるというのか」

「いや、すでに受け入れ済みだし」

 何を言ってんだよと、奏汰は冷静に反論。

「受け入れ済みだなんて、奏汰。いい子だ。ああ、奏汰のアソコはサイコーだもんな」

 ルシファーはそんな奏汰の言葉に感動し、ぐりぐりと頭を撫で回してくる。それで奏汰は言った言葉がどれだけ恥ずかしいものだったか理解する。

「いや、あの、その」

「奏汰の身体は男だから素晴らしいんだぞ。最近ではすっかりミルクの量も多くなって、一晩で何度やっても大丈夫だし」

「いや、それはドラゴンの卵せいだし」

「照れてるな。可愛いぞ、奏汰」

 ルシファーはもうぐりぐりぐりぐり、ガブリエルに見せつけるようにいちゃつく。それにガブリエルは顔を真っ赤にし

「お、男同士でな、はっ、ぐぅ」

 と変な唸り声を上げて悶絶していた。



 ガブリエルは一通り悶絶した後

「しかし、神は奏汰が高潔な魂の持ち主であると認められたんだよなあ」

 とがっくり肩を落とした。それに、奏汰とルシファーは顔を見合わせ、サタンとベルゼビュートは苦笑した。

「つまり、これだけ悪魔と一緒にいても悪魔にならない奏汰は、神から見ても希有な魂だったか」

 サタンの指摘に、ガブリエルはぐふぅと謎の唸り声。

「まあ、そうでしょうね。要するに奏汰って、悪魔相手にも普通に接せられる唯一の人間だから、悪魔が魅了されるんです。それも、それなりに欲望を制御している高位の悪魔からすると、その流されない姿が好意的に見え、様々な快楽を与えてあげたくなるわけです」

 さらにベルゼビュートと冷静な指摘に

「がふっ」

 と明確なダメージを受けるガブリエルだ。

「ああ。そういう不思議な奴だから、下位の悪魔はきっと凄くいい味がするはずだと捕食しようとするのか」

 そしてルシファー、もうずいぶんと前になったあの商店街で奏汰が襲われた時を思い出し、なるほどねえと納得。

「ええっと、つまり俺はルシファーの伴侶になっても人間のままってことか」

 で、得られる結論はこれだよねと奏汰は訊く。

「うむ。そうだな。しかし、伴侶になると多分、区分は変わっちゃうと思う」

 しかし、ルシファーがそう言うので、奏汰はどういうことと首を傾げる。

「け、結局はその人の子は聖人になるわけだろ。な、なぜ、男のまま、しかも悪魔を受け入れているんだ」

 精神的ダメージが限界に達しつつあるガブリエルは、唸るように、そして悔しそうに呟く。

「そう言われてもねえ。って、俺、聖人区分になるの?」

「多分な。ええっと、人間界に合わせるとあれだ、魔導師的な。もしくは仙人だ」

「ああ、なるほど。そっちが解りやすい。ってことは寿命は」

「なくなるだろうよ。不老長寿ってやつだな」

 これが得られる結論だとルシファーは納得顔。一方、奏汰はマジかあという気分。

「せ、仙人。ああ、異教徒だからそれでいいのか。魔界に住んでいるからおかしいだけと考えればいいのか」

 そしてガブリエル、いちいちダメージを受けながらぼやくように呟いている。

 天使って大変だな。

 奏汰は総ての事を生真面目に考えてしまうガブリエルに、少しだけ同情。

「というわけだから、神には特に何もしなくていいと伝えておけよ。っていうか、あいつも暇なんだな」

 そんなガブリエルに対し、サタンは容赦なし。さすがは魔界の王。天界側には同情する気なんて毛頭ないのだ。

「神は暇では・・・・・・まあ、最近は奇跡もさほどないし・・・・・・暇なのは認める」

 ガブリエル、ついに魔界のトンデモ展開に飲まれて認めた。

 暇なのかよ、神様。

「だからって奏汰を女に変えるなんていう奇跡はいらん!」

 がっくりするガブリエル、唖然とする奏汰を無視して、ルシファーがそうとどめを刺すのだった。



 結局、ガブリエルはこんがり焼き上がった七面鳥を手土産に帰っていった。

「あれ、ヤバいんじゃないの?」

 手土産に渡してよかったのかと気になった奏汰だが

「神の魔法だから大丈夫だよ。天使に影響が出たとしても、すぐに対処してくれるし」

 と、テキトーなルシファーである。

「それにしても、あのバカのおかげで奏汰のことがよく解って良かったじゃないか。今まで俺たちも何となくこうだろうと思っていたのが、悪魔に影響を受けにくい人間だということが解ったわけだし」

 そこにサタンがガブリエルのおかげで解ったこともあっただろと取りなす。

「まあ、そうですね。って俺、悪魔に影響されないだけなんですね」

「いや、それだけだったら強靱な精神の持ち主で終わりだろう」

 がっくりする奏汰に、それだけじゃないよとサタンは笑う。

「そうですよ。我々が傍に置きたいと思う。それこそ、あのバカの発言を認めるようで嫌ですが、私たちが無くした何かを奏汰は持っているんでしょう」

 ベルゼビュートもそう付け足し、まあ肯定的に捉えましょうよと促してくる。

「ああ、まあ、そうですね。もう、なんだかんだで魔界に馴染んじゃって、しかもルシファーと・・・・・・」

 今や肉体関係まである恋人同士だもんなあ。

 奏汰は思わず遠い目。

「なんでそこで嫌そうに言葉を句切るんだ」

 一方、ルシファーは全身で喜びを表現してくれてもいいじゃんと膨れる。

「まあまあ。ともかく、昼食でも食べましょう」

 ベルゼビュートがぱちりと懐中時計を開き、もうなんだかんだで十一時半ですと教えてくれる。

「マジかあ。朝食食いっぱぐれたじゃん」

 奏汰は先ほどの七面鳥の匂いもあり、今、無性にチキンが食いたかった。

「ふむ。チキンくらい冷蔵庫に入っているだろ。ベヘモス」

「はい」

 呼ばれるとすぐに現われる執事は、すぐに庭にやって来ると

「皆さま。食事が出来るまでの間、ティータイムはいかがでしょうか」

 と訊ねてくる。

「おっ、いいね」

「そうしましょう」

 サタンが喜び、ベルゼビュートも気分を変えたいと同意。

「じゃあ、クッキーでも用意して」

 でもってルシファー、奏汰の空腹がヤバそうだと注文。

「承知しました。そちらのテラスへどうぞ」

「は~い」

 こうして四人仲良くテラスに移動。

 天界から天使がやって来て一騒動起ころうが、何事もなかったかのように平和な魔界はある意味凄い。

「そりゃあ、神様も張り合いがなくて困っちゃうよなあ」

 ガブリエルが乗り込んできたというのに、散々バカにして、さらに七面鳥を持たせて返しちゃう悪魔たち。

 一体どちらが平和主義なのやら。

 奏汰は紅茶を飲みつつ、不思議な奴らだよなあと、改めて呑気に同じようにお茶する悪魔たちを見つめてしまった。

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