第29話 今日も平和な魔界です
魔界でまった~りしていると、自分って何やっているんだっけと謎になってしまう。
横にはニコニコ笑顔のルシファー。寛ぐサタンとベルゼビュート。
これだけでも凄いのに、自分は悪魔に影響されなくて、しかも悪魔に歓待されてしまうらしい。
「はあ、人生って何が起こるか解らないなあ」
ガブリエル騒動のおかげで、奏汰は改めて現状を把握。これってとんでもないじゃんと気づく。
ううん、ガブリエル。あいつも凄い天使なんだよなあ。
奏汰は紅茶を啜りつつ、こちらも改めて思う。
四大天使が目の前に降臨してたんだぜ。そして散々バカ扱いしたんだぜ。
ホント、人生って何があるか解らない。
「あっ、そう言えばさ。ガブリエルってお前に顔が似てたな」
奏汰はガブリエルのことを考えていて思い出した。一番最初、顔を見たときにそっくりでビックリしたものだ。
「ああ。それは俺様が美しいからだ」
しかし、ルシファーからは真面目に答えているとは思えない答えが返ってくる。
「おい」
「いや、だって、俺様ってかつて天使長だから。天使のみんなが憧れる存在だったんだぞ」
適当なことを言うなとツッコんだら、意外とまともな答えが返ってきた。
ああ、そうか。こいつ悪魔だけど正確には堕天使なんだ。
「ってことは、ガブリエルはお前に憧れて顔が近づいたってこと」
「イエス。ああ、昔のガブちゃんは可愛かったのになあ。まあ、今日の項垂れているところは可愛かったけど」
「色々ツッコミどころがあるんだが、ガブちゃん?」
とんでもないあだ名だなと、奏汰は呆れる。
「いいじゃん。あいつのあだ名、今までバカだったんだぜ」
「いや、どんな格上げの仕方だよ」
色々とおかしくねえかと、奏汰は呆れてしまう。
「まあ、バカだよな。伝言係だから仕方ねえよ」
さらにサタン、何のフォローにもなっていないことを言う。
「で、伝言係って」
「いや、だって、マリアにキリストが生まれるぜって言いに行ったり、ヨハネに予言を伝言してるし」
「・・・・・・」
サタンからすれば、聖書に描かれる神秘もただ伝言。
いやはや、さすがは悪魔様。
「まあ、キリスト教って迷惑ですから」
でもってベルゼビュートのとんでもない一言。
「べ、ベルゼビュートさんってそういえば」
元天使の堕天使じゃないよなと、奏汰は今更そこを訊く。
「ええ。異教の神でした」
「あ~」
なるほど。そりゃあ、キリスト教迷惑って言いたくなるか。
要するに、一神教の導入のせいで神の地位を追われた立場の人。
そういえば、温泉に入っている時も似たような話になったっけ。
「そう考えると、ここにいるのは元天使長に元熾天使に、元神様。なにこれ、凄すぎない!?」
「そうだな」
「うん」
「そうですね」
魔界って、だから平和なんですよ。
ベルゼビュートにそう続けられ、奏汰はそうですね、と素直に頷くしかないのだった。
さて、無事にチキンメインの昼食を終えると、奏汰は実験室へと入っていた。
ちなみにサタンとベルゼビュートは仕事があるとサタン城に戻り、ルシファーもルキアと新規出店の打ち合わせがあると出掛けてしまった。
本当に平和すぎる。
「魔界って人間界に近いっていうだけあるよなあ」
試験管に試薬を入れつつ、奏汰はみんな仕事が優先なんだと、改めてその事実に気づく。
「っていうか、あの三人。元が元なだけに労働を苦と思わないタイプなんだよな」
いやはや魔界、今まで流されるままだったから真剣に考えていなかったけど、何だか普通の場所だと気づく。
もちろん危険な部分もあるが、でも、それは人間界だって同じだ。ということは、やはりここって人間界そっくりというわけか。
「ということは、俺もここで実験に励むのが一番ってことだな」
ふむふむと、奏汰はそう納得する。ということは、ここで好き勝手に実験し、好きなことを追求するべきってことだ。
「よし」
それならばと、奏汰は思わず駒込ペピットを力強くに握ってしまう。おかげでぴゅっと液体が飛んだ。
「あぶなっ。危険な試薬じゃなくてよかった。あと、安いやつで良かった」
そんなことを呟く奏汰は、自分用実験室なんて凄いものを持っているのに感覚は庶民のままだった。
こうして六時間後。
「奏汰~。そろそろ晩飯だぞ~」
実験室の外でルシファーが呼ぶ声ではっとなる。
めちゃくちゃ集中していた。こんなの大学受験の時以来じゃないかと思うほど集中していた。
「解った。試薬を冷蔵庫に仕舞ったら行くよ」
「オッケー」
ルシファーは奏汰の返事を聞くとすたすたと先にダイニングに向っていく。
あのガブリエル騒動のおかげか、ルシファーはベタベタしなくても奏汰がちゃんと傍にいると解ったようだ。
前までは心配でどんどん実験室のドアを叩き、出て行くまで待っていたのに。
「ふむ。これも馴染んだ証拠ってことか」
日常もちょっとずつ変化しているんだなと実感。そしてそれを嬉しいと思ってしまう自分に気づく。
ここが自分のいるべき場所になっているのだと、奏汰も実感してしまった。
「よし」
思わずにやにやしつつも、ちゃんと片付けを済ませ、白衣を脱いで実験室を出る。すると、廊下から嗅ぎ慣れた匂いが漂っていた。
「これって」
ドタバタとダイニングに向うと
「あっ、奏汰くん、おつ~」
というルキアの声に迎えられる。
「ルキアさん。ってか、やっぱり」
ホストがいることよりも、テーブルの上に置かれたものに奏汰は釘付け。
それは魔界に来てから食べていない、いや、人間界にいたってあんまり食べていない、すき焼きがある。
す・き・や・き♪
「あははっ、奏汰くん、すき焼き嬉しそう」
「そうか。俺様はそれだけでとっても嬉しいぞ」
「いや、ははっ」
すき焼きに釘付けになってしまってたと、奏汰は苦笑しつつも席に着く。
「今度、日本食のレストランを開くんだ。それですき焼きがいいという案が出たんだが、奏汰の反応を見ていると正解だな」
「だから言いましたよ、俺。ホント、ルシファー様は奏汰ラブなんだから」
そんな会話を聞きつつ、奏汰はすぐに鍋に箸を伸していたのだった。
すき焼きをガツガツと堪能した後――
「っていうか、日本食のレストラン?」
と、食べ始める前に聞いた謎の単語について質問した奏汰だ。
「おう。こうやって奏汰も俺様の総てを受け入れ、後は伴侶として共に歩んでいくだけ。となれば、魔界のみんなにも奏汰がいることが当たり前になってもらわなければならない。そこで考えたのが、まずは胃袋を掴むということだ」
「いや、どこの婚活中の女子だよ」
胃袋から掴むってと、奏汰は呆れてしまう。
「サブカルはすでに魔界にもある程度流れ込んできているからなあ。次ってなると食だろ」
そんな奏汰に対し、ルシファーはちゃんと吟味した後だと主張。
「そう言えばお前、しっかり異世界転生ネタの小説を読んでから日本に現われたんだったっけ」
サブカルが流入しているというのはそれだなと、奏汰はすぐに気づく。
「あれは奏汰を迎え入れるために読んだんだ。それ以前から、ドラ○もんやピ○チュウは知っているよ。悪魔信仰の連中が教えてくれたし」
「ああ、そう」
世界を駆け巡る日本のサブカルは、まさかの魔界にまで進出を果たしていたというわけか。
っていうか、ちょいちょい出てくる悪魔信仰の皆さん、実際の悪魔はこうだと知らないから、あれこれ教えちゃうんだろうなあ。
「まあ、俺もあれこれ教えるしねえ」
そこに元人間で日本人ホストのルキアが、面白くって色々教えちゃったしと笑う。そうだ、ここにも情報源がいた。
「あれ? でもルキアさんは十年前に魔界に」
「来たけど。ちょいちょい日本に行くし」
「行くんだ」
なるほど、悪魔であるルキアは何の問題もなく人間界に戻れるのか。それを思うと、人間のまま悪魔に好かれちゃう自分の立場って。
まあ、いいんだけど。
「ああ。もちろん、新宿歌舞伎町限定だよ。まあ、あそこに行けばほぼ何でも揃うけどねえ」
遠い目をしている奏汰に、ルキアは魔界に接続しやすく、悪魔がいても不思議じゃない場所にしか行かないよとフォロー。
「いやいや、歌舞伎町限定!?」
それもそれでびっくりだけど。奏汰はあそこって悪魔もいるのかと戦慄する。
「欲望渦巻く町だからねえ。ってか、俺の元職場がそこだし」
にししっと笑うルキアは、あそこで稼いでたなあと、ちょっと懐かしそう。
「ああ、そうか。ホストやってて欲望が行き過ぎたんでしたっけ」
それもそれで凄い話だろうよと奏汰は呆れてしまう。
「うん、そう。でも、俺より凄い奴って多いと思うんだけど、意外と悪魔にならないよねえ。何でだろう」
そこでルキア、あれって基準があるんですかと思わずルシファーに問う。
「ああ。それは悪魔になっても大丈夫かどうか、審査があるからだよ。さすがに悪さしているイコール悪魔にしてたんじゃあ、すぐに魔界がパンクしちゃうし」
「えっ?」
まさかの審査基準がある。それに奏汰もルキアもビックリしちゃうのだった。
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