第14話 悪魔は人間らしいんだぜ

 無事にルシファーの屋敷に戻り、連れて来られたのはルシファーの寝室だった。おかげで奏汰は無駄に警戒することになる。

「好きだってのは認めるけど、その先の行為に関して許した覚えはないぞ」

 奏汰はむぎゅっと大きな枕を抱えて、猫のように警戒。ふしゃああという鳴き声まで聞こえそうな勢いだ。

「解ってる。でも、今後は部屋を分けるのは止めよう」

「何でだよ」

「心配だから」

「・・・・・・」

 一度の家出(しかも未遂)で、どんだけ過保護になるんだよ。

 奏汰は呆れたものの、助けられた恩義もあるので拒否しづらいところだ。

「この屋敷の者たちは俺様に仕えているから安心だ。町中の、従業員たちも安心だよ。でも、ここにはそれ以上の数の悪魔がいるんだ。そいつらがみんな、奏汰のことをごちそうと思っていると考えると――今更ながら不安なんだ」

 しかもぐっと握りこぶしを作って言うものだから、奏汰は警戒するのも馬鹿らしくなってくる。

「まあ、向こうの部屋で寝ててもお前がベッドに潜り込んでくるんだから一緒だよなあ」

 というわけで、いつものパターンだが、奏汰が先に折れることになる。

「だろ?」

 そしてルシファー。にかっと笑ってさらに偉そう。

 なんでだよ。

「だろ、じゃねえよ!毎回毎回ベッドに潜り込みやがって」

「だって、奏汰の寝顔、最強に可愛いんだもん」

「っつ」

 本当に感情表現がストレートなんだから。

 奏汰は意識する相手になってしまったルシファーの発言に、ドキドキしてしまう。

「奏汰は何をしてても可愛いけどねえ。でも、大学にいる時は難しい顔をしてて、あれもあれでいいなあって思うんだよね」

「完全なストーカーじゃねえか」

「ふふん。だって一ヶ月間、俺様はずっと奏汰を見てたもん」

「いや、マジなストーカーかよ」

 俺の人生は一か月前から狂い始めてたんだよなあ。

 今更だが、そのことに気づくとげんなりしてしまう。

 そう言えば、実験に失敗し始めたのが一か月前だよなあ。ってことはあれか、あの猫姿で近づいてくる前から、こいつは俺を熱心に見つめていたのか。

 今は好きな相手だからいいけどな。そこだけ考えるとただひたすら気持ち悪い奴だ。

「猫姿の俺様をぐりぐりしちゃう奏汰とか、マジ可愛い」

 しかし、ルシファーは奏汰がドン引きしているなんて気づかずに、惚気続けている。

「はいはい。じゃあ、猫になってよ」

 それがムカついて、奏汰はそう頼んでみた。するとルシファー、やや不満そうな顔をしたが、ぽんっと猫になってくれた。

「ああもう、この姿は最強に可愛いのに」

 奏汰、ひょいっと猫を持ち上げて、先ほどの意趣返しとばかりに撫で回して可愛いを連呼する。

「ふふっ、奏汰が俺様にメロメロだ」

 そしてどんな姿でもポジティブなルシファー。やったねと喜んでいる。

 現金な奴だな。

「はあ」

 それにしても、悪魔に好かれる存在で、高位の悪魔からは伴侶として求められる存在か。

 俺って猫にとってのマタタビかよ。

 奏汰は猫をぐりぐり撫でつつ、やっぱり心中複雑なのだった。



 なし崩しでルシファーの部屋で生活することになった奏汰だが、プライベートな空間は欲しいと訴えてみた。

 毎晩透け透けパジャマだし、服はルシファーの好み。つまり何もかもがルシファー色だ。

 その生活を受け入れてはいるが、それでもやっぱり、自分だけの時間は欲しい。

「ううむ。俺様と一緒じゃない時間が出来るなんて許せないが、必要かあ。奏汰は勉強が大好きだもんな。邪魔すると怒りそう」

 ルシファーはどうやらベルゼビュートを例として思い浮かべたようで、渋々と、自分の部屋の近くの、今は使われていない部屋を奏汰の部屋としてあげることにした。

 そして部下に客室のクローゼットに突っ込んでいる私物を運ぶように命じた。

 ついでに机と本棚とソファセットまで用意し、書斎に作り替える。せめて一人の時間をあげるだから部屋のコーディネイトは俺にやらせろというわけだ。

 とはいえ、魔法が使える悪魔たちの引っ越し作業は迅速だった。机も本棚もふよふよと魔法で浮かばせることが出来るのだから、ルシファーは突っ立って指を動かすだけでいい。家具はあちこちの部屋に余っているから、それを組み合わせるだけ。

 なんとも楽な模様替えだ。

「これでどうだ?」

「十分だよ」

 しかし、奏汰とすれば部屋がゲットできたことが嬉しいので、書斎しかなくても大喜びだった。鍵が掛けられる部屋というのがまずいい。恐ろしいことに、客室には鍵が付いてなかったのだ。

 こうしてプライベートな空間が欲しいと訴えて一時間後には、総ての作業が終了し、奏汰専用の書斎が完成していた。奏汰はワクワクと書斎の椅子に座ってみる。

 ああ、この椅子もめっちゃ高級品だ。座り心地が恐ろしくいい。腰に優しい。

「そうだ。サタン王が錬金術関連のものを用意してくれていただろ。あれもここに運ばせよう」

 本棚に並ぶ化学の本で思い出したのだろう。ルシファーは一階のリビングに置きっぱなしとなっている、でかい段ボール箱も魔法でふよふよと運んでくる。

「錬金術かあ」

 奏汰はやって来た段ボール箱を前に、必要かなと首を傾げる。

「基本は奏汰がやっている化学と一緒だぞ。まあ、元素記号というものはなかったし、あれこれ無茶な部分はあるだろうが、それは魔法でなんとかなる。魔法は俺様が教えるぞ」

 そんな奏汰に、大丈夫だろうとルシファーは箱に腰掛けつつ言う。そういえば、ルシファーも化学を勉強していたんだっけ。

「元素記号がない、か。で、ルシファーは勉強しているうちに現代化学に引っ張られて魔法がおかしくなったと」

 なぜが化学式そのままを呪文として使っていたルシファーを思い出し、奏汰はくすくす笑ってしまう。

「まあ、俺様は本に載ってた式をそのまま覚えただけだから。何がなんだかだ」

 だから錬金術を真剣にやって欲しくないんだよなあと、ルシファーは不満そう。

 でも、また癇癪を起こして飛び出されては困るから、勉強するなら魔法でサポートするよと妥協したのだ。

「ははっ。じゃあ、たまに勉強しようかな」

 箱を持ってきた割りにその上に座り、さらに不満そうな顔からルシファーの心情が手に取るように解った奏汰は、のめり込むのは無理かなあと苦笑するのだった。




 一騒動あったせいか、奏汰も魔界で暮らす覚悟というものが出来てしまった。

「でも、外国に住むのとはわけが違うからなあ」

 二階のベランダから町を見下ろし、奏汰は溜め息を吐いてしまう。あそこは一人では出歩けない場所だということを、身を以て体験してしまった。おかげで怖い。自由に出歩けない。

「なんだ、奏汰。外なんて見て楽しいか?」

 そこに、珍しく社長としての仕事で外していたルシファーが戻って来た。しかし、手には書類がある。

「まだ忙しいんだ」

「ああ。この間のメタンフェタミン騒動で、ちょっとごたごたがあってな。まあ、俺様のせいだから、ちゃんとやるさ。ついでに堕落したい悪魔たちを一箇所にまとめちゃえって、これはサタン王と話しているところ」

 ルシファーはにやっと人の悪い笑みを浮かべる。

 一体何を企んでやがるんだ?

「あんな大量のメタンフェタミンをばらまきゃ、そりゃあ問題も起こるよね」

 しかし、助けるためだったとはいえ、町中に麻薬をばらまいちゃった事実に奏汰は色々と心配になる。

 ひょっとしてあそこ、もっと治安が悪くなっているのか。

「問題を起こしている奴は元々問題を抱えていた奴だから、奏汰が心配することじゃない。それにメタンフェタミンは依存性の低い覚醒剤と言われているんだぞ。俺様の魔法で生み出されたものを吸っておかしくなる奴は、すでに問題があったの」

 ルシファーは多くは夢を見た気分で終わっていると、現代化学の知識を織り交ぜて言ってくれる。

 まあ、それは事実なんだけれども、覚醒剤であることは間違いないし、何よりそういう薬物で得られる快感って、やっぱり薬物でしか手に入らないんだよねえと、奏汰は化学者の卵として心配しちゃう。

 特に悪魔だよ。もともと我慢できない人たちじゃないのか。

「確かに悪魔は欲望に忠実だ。でも、ちゃんとホストをやったりレストランで働いたりできるんだぞ。お前、ルキアを見ていて、欲望に忠実に生きているねってすぐに思うか?」

 珍しくルシファーが正面から議論を吹っかけてくるので、奏汰は面白いなあと思いつつ

「ううん」

 と否定しておいた。するとそうだろうとルシファーは大きく頷く。

「まあ、サタン王やベルゼビュートの改革の賜物でもあるけれども、今や悪魔だからといって好き勝手にやる奴なんて少ないんだよ。元を辿れば平和に楽しく生きたい連中だしね。そういう当たり前を堕落だという神とか天使がおかしいだけだったんだ」

 ふんっと、そこは元天使長らしい言い分になるルシファーだ。

「ややこしいんだね。そういう天使と悪魔って」

「おうよ。悪魔は人間らしさから生まれているんだが、天使は理想から生まれているからね」

 って、そういう話をしている場合じゃなかったと、ルシファーは奏汰の横にやって来る。

「どうした?」

「奏汰。ゲームについて教えてくれ」

「はい?」

 欲望に忠実で人間らしい悪魔は次に何を企んでいるんだ。

 奏汰はやっぱり理解出来ねえと思ってしまった。

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