第13話 本気の恋は大変なのだ
俺、ルシファーのこと、好きだったのかな?
迫ってくる悪魔たちを前にしてもそんなことを考える自分に呆れてしまう。
でも、多分、人生終わりそうだし――好きくらい、認めてもいいのかな。
自分に迫ってくる悪魔たちを呆然と眺めながら、奏汰は意外にも呑気にそう考えていた。
そしてもう無理と頭を抱えて、せめてもの防御に入った瞬間――
「奏汰!」
大きく自分の名前を呼ぶ奴がいた。
「離れろ! C10H15N!!」
「え?」
しかも離れろの後になんか化学式が聞こえたんですけど?
「奏汰、呼吸を止めるんだ!」
呆然としていたら、ささっと誰かに後ろから抱き留められ、ぶわっと空高く舞い上がることになる。
ええ~!?
でも、聞こえてきた化学式がヤバそうで、しっかり呼吸は止めていた。町中には白い煙がもわもわと立ち上がっている。
「あの馬鹿、力が入りすぎだ」
背後で奏汰を抱えている男が舌打ちするのが聞こえる。確認するまでもない。後ろにいるのはサタンだ。どうやら間一髪のところでルシファーとサタンが追いついたらしいが、何がどうなっているんだ。
「ここまで上がれば大丈夫だろう。奏汰、大きく息を吸っても大丈夫だ」
「あ、ありがとう」
サタン城さえ足元に見える上空まで上がって、サタンは奏汰の頭をぽんぽんと叩いた。奏汰はぷふぁと息を吐き出してから大きく吸う。
「い、一体何なんだ? ってか、何?」
「あの馬鹿がお前のお尻を追い掛けている間に勉強したせいで、魔法が変になっているだけだ」
奏汰は必死に首を巡らしてサタンを見ようとしたが、背後から抱きかかえられているので無理だった。
って、勉強したせいで魔法がおかしくなっただって?
「!?」
ふわふわと空を漂ってしばらくして霧が晴れると、町中の様子が一変していた。
「ふふっ」
「ははあ」
「ああ~、俺は~なんてことを?!」
やたらと陽気になっている人と、やたら陰鬱になっている人がいる。町中はもうそんな混乱した人々でてんやわんやだ。
「ええっと、待てよ」
あの化学式。なんかどっかで見たことがあるぞ。そうだ、毒物のはずだ。
「ま、まさか、メタンフェタミン」
麻薬の一種の名前がぴこんっと奏汰の頭に閃く。
「そうだ」
ばさっという羽音とともに、肯定の返事があった。見ると、むすっとした顔のルシファーが目の前に現われた。
「る、ルシファー」
「今までは俺様が一緒だから危険がなかったんだぞ。いきなり町中に飛び出したら危ないだろ」
「え? はい、ご、ごめんなさい」
確かにめちゃくちゃ危機だったので、それは素直に謝る奏汰だ。しゅんとしていると、ルシファーが近づいて来て、頭をぽんっと叩く。でも、それは叩くにしては優しいものだった。
「俺様も悪かった。その・・・・・・調子に乗った」
ルシファーのばつの悪そうな顔に、奏汰ははっとなる。そして、思わずくすくすと笑い出してしまった。
「な、なんで笑う?」
「いや、そんなに俺のことが好きなんだ」
「ああ、大好きだよ!」
からかった言葉は告白となって返ってきて、奏汰は顔を真っ赤にしてしまう。
「はいはい。乳繰り合うのは屋敷に戻ってからにしてくれ」
そんな二人に、サタンが苦笑するのが続くのだった。
サタンからルシファーに渡された奏汰は、ルシファーの背中に乗って屋敷に戻ることになった。
さすがのサタンも邪魔するのは悪いと思ったようで
「ぐるっとこの辺を一周してから戻れよ」
とだけ言って、自分の城へと飛んで行ってしまったのだ。
「なんか、不思議」
そんなこんなで空中浮遊すること数十分。
飛べることは知っていたが、実際にルシファーが飛んでいる姿というのは不思議だった。人間が翼で空を飛ぶ。誰もが空想したことのあるものだが、実際に安定して飛行していると不思議でしかない。しかも上に人を乗せても大丈夫だなんて。
「空気抵抗とか、バランスとか、あれこれ無視している感じだよな。あと、お前が無駄に筋肉質な理由も飛行にあるのか。でも、飛ぶなら身体は軽くすべきだと思うんだけど」
「・・・・・・奏汰、せっかくのデートになんてことを言うんだ」
「だ、で、だっ」
だってとデートだとという言葉が合わさって、奏汰は口をパクパクしてしまう。
「あんだけ騒動があって、俺様のことを、それでも嫌いじゃないんだから、そろそろ認めてくれてもいいんじゃないの?」
そんな奏汰の反応に、ルシファーはむっすりしている。
「いや、まあ、そうなんだけど」
一方、奏汰としては認めてもいいんだけど、改めて考えると恥ずかしいというか、ええっと、この男と付き合っていくんですかと、もじもじしてしまう。
「それに・・・・・・俺様は自分の力で惚れさせたかったからあまり言わなかったけど、悪魔の俺様やサタン王と普通に接している時点で、奏汰は俺たちの伴侶になる存在なんだよ」
「え?」
なんか今、凄いことを聞いた気が。
しかし、町中の悪魔たちが容赦なく襲いかかってきたことを考えると、セクハラはしても最後の一線は同意を得るまでと頑張っているルシファーは、とんでもなく自制心を働かせていることになる。
「町中の悪魔たちがお前に襲いかかったのも、実は同じ理由だ。奏汰、お前はどうも悪魔を引き寄せる体質になっている。しかも高位のものにとっては伴侶にしたいほどの甘美であり、下位の悪魔にしてもごちそうに見えるほどだ」
「ええっ!?」
さらなる衝撃。
いやいや、嘘でしょ。人生二十年生きてきて、そんなことなかったんですけど。
っていうか、あいつらにはごちそうに見えていたのか。そりゃあ襲いかかってくるな。
「俺様は一目惚れしてから、あれこれと考えていたんだけど、単純に欲しいという感情にならなかった時点でおかしいわけだよ。悪魔は欲望に忠実なんだからな。もし、奏汰じゃなくて普通の大学生に一目惚れいていたら、その場で押し倒して好きなだけヤっている」
「うわああ」
「でも、それが出来なかった。だから俺様は伴侶になる人だと気づけた」
「う、うわあ」
「というわけで、奏汰のベッドに潜り込んだところから必死にアピールしていたわけだよ」
「いや、まずベッドに潜り込むのがおかしいんだけど」
「我慢できなかったんだもん」
ふんっと、ルシファーは顎を突き出すが、奏汰はその顔を上から見ているので不思議な感じだ。
「でも、あの後いきなり腹にパンチを入れられて・・・・・・伴侶にすることは試練の始まりだとも思ったな」
ぽつりと呟くルシファーに、こいつもあれこれ考えていたんだなあと、改めて知る奏汰だった。
「何か騒ぎがあったようですが、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
予想外に早く帰ってきたサタンに対して、ベルゼビュートは確認しかしてくれない。それに素っ気なく答えたものの、面白くないサタンだ。
そのベルゼビュートはというと、ずっとガチャガチャパソコンを弄っている。
そんなにパソコンが楽しいのか。俺よりもパソコンがいいのか。
サタン、ついにパソコンに嫉妬しちゃうレベルだ。
「奏汰が町中で襲われそうになったんだ」
後ろからぎゅっと抱きつき、サタンは無視するなあとアピール。すると、奏汰の名前に反応したベルゼビュートの手が止まった。
「大丈夫だったんですか?」
「ああ。ルシファーが無駄に頑張って勉強していた化学の知識のおかげでな。なんだっけ、メタンフェタミン? とかいうのを町中にばらまいて収まった」
「いや、それ収まってないですよ。まあ、中毒を起こしたとしても、それは悪魔の自己責任ですね。尤も、魔界で手に入るかどうかは不明ですが」
そういうところはシビアなのが魔界だ。ベルゼビュートの溜め息に、お前は誰に対しても厳しいねえとサタンは頭をぐりぐり。
「うざいですね」
「はっきり言うなよ。なんかさ、奏汰を追い掛けていったルシファーの必死な顔を見ちゃうと、恋っていいなって思ったわけ」
「ほう」
ベルゼビュートはようやくサタンの方へと目を向ける。とはいえ、椅子ごとがっつホールドされているので、僅かに見上げただけだ。
「ケンカして、それでもすぐに追い掛けられたんだよ、あいつ。すげえよな」
「まあ、奏汰に対して怒られることばかりやってますからね」
「うん。でも、それでも諦めないって必死だから、奏汰も嫌いにはならないんだなって思った」
そこでサタンはすとんとベルゼビュートの頭に顎を乗せる。完全に甘えたモードだ。
本気の感情をぶつけ合うルシファーと奏汰。その様子を間近で見て、色々と考えることがあったのだろう。
ベルゼビュートは仕方ないなあと溜め息を吐くと、ぽんぽんと自分の頭の上にあるサタンの頭を叩いた。
「今日はいいですよ」
「え?」
「ベッド」
「あ、ま、マジ?」
普段は全力で逃げてくれるじゃんとサタンはびっくり。それに、ベルゼビュートはごほんっと咳払いだ。
「私も、奏汰のことは大好きです。でも、ルシファーと上手くいって欲しいと心から願っていますから」
「・・・・・・俺より好きだったの」
「さあ。そもそもサタン王は」
そこで、サタンの唇がベルゼビュートの唇に重なって言葉が途切れる。
しばらく軽いキスが続いた後、深く繋がって互いの感情を確かめる。
「好きだよ、馬鹿」
唇が途切れたところで、サタンはついに認めて折れる。それに、ベルゼビュートはくすりと笑うと
「知ってました」
再び唇を重ねていた。
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