第15話 ネトゲで悪魔を懐柔だ!?

「うわっ、もうこんな時間じゃん」

「本当だ。なるほど、人間が堕落するのも頷ける」

「いや、堕落。堕落かあ。ネトゲ廃人は」

 奏汰とルシファーがそんな会話をしちゃう理由はもちろん、ネットゲームのせいである。

 ゲームについて知りたいと言うルシファーに、ネットが繋がるんだから実際にネットゲームをすればいいじゃないかと奏汰は提案した。

「なるほど。奏汰、どれがいい?」

 すると早速、ルシファーはパソコンを二台買ってきてどれがいいかなとゲームについて聞いてくる。で、奏汰も奏汰で

「これ、面白いよ。俺、アカウント持ってるし」

 と教えちゃったから大変だった。

「一緒にやろう」

「え? まあいいけど」

 という感じで、協力して戦って冒険をするゲームを開始してしまった。

 のがすでに五時間前の話である。

「ようやく終わりましたか。夕食の支度をしてもよろしいでしょうか」

 真っ暗な部屋でパソコンに向かい合っていた二人に、ベヘモスが恨みがましそうに訊いてきた。

 ぱちっと電気を点けて睨んでくる様は、お母さんのごとき顔である。

 ってか、電気点くんかい。パソコンが繋がっているから電気が来ているのは知っていたが、照明のほとんど蝋燭じゃんか。

 しかし、今は照明についてツッコんでいる場合ではない。

「も、もちろん」

「簡単なのでいいぞ、なあ、奏汰」

「う、うん。なんならカップ麺でも」

 奏汰がそう言うと、ベヘモスはとても悲しそうな顔をした。そして毅然と

「いくら奏汰様のご要望でもカップ麺はなりません」

 と、ぴしゃっと言った。

「あ、そう」

「そうです。あれはおやつとしては許容できますが、夕餉にするなど言語道断でございます」

 悪魔に正論を言われたんですけど。奏汰は思わずルシファーを見る。

「ベヘモスは執事だからな。職務を全うしているだけだ」

 しかしルシファー、よく解らない説明しかしてくれなかった。

 まあいいか。カップ麺が身体に良くないのは悪魔も同じだろう。

「サンドイッチをご用意いたします。食堂にお越しください」

 そしてベヘモス、もうゲームは駄目ですぞと付け足して去って行った。

 ううむ、どうやら五時間も熱中して執事を怒らせたらしい。それは解った。

「堕落だな」

「堕落だよ。でも、これならば騒がしい悪魔に与えておけば静かになるな。うん」

「課金とか気をつけないと駄目な点はあるけど」

「その辺は大丈夫だ。まあ、要するに、奏汰から興味が逸れればいいし」

「え?」

 パソコンをシャットダウンしながら意外なことを言う。

 奏汰はどういうことだと首を傾げた。

「だから、奏汰をごちそうと見て襲いかかる連中にゲームを与えるの。それをやっている間だったら、奏汰も自由に町を散策できる」

「っつ」

 どきっと、奏汰の心臓が大きく音を立てたのは言うまでもない。

 外を見ている理由に気づいていないと思っていたのに、この悪魔は。

「まあ、俺様も付いていくけどな。安全なのが一番だし」

 ルシファーはネトゲを普及させようと、にこにこ嬉しそうに笑うのだった。




「はあ。まさかベヘモスがあんなに口うるさいとは思わなかったな」

 買ったパソコンの一台は奏汰の書斎に設置、もう一台はサタン城に寄贈し終え、ルシファーはやれやれと溜め息だ。奏汰の書斎に入り込み、ソファでぐてんと伸びている。

 ここ、俺のプライベートな空間。

 とツッコみたい奏汰だったが、こってりとベヘモスに絞られたところを見ているため、今日ばかりは容認するしかない。

「仕方ねえんじゃないか。さすがに五時間もずっとやってたら怒るよ」

 奏汰は書斎のパソコンをカチカチと弄りつつ、ベヘモスの言い分が正しいからなと注意。

「怒られるものなのか。なるほど。で、奏汰はパソコンを弄ってるけど、ゲームじゃないのか?」

 ルシファーも意固地にゲームをやりたいと主張することなく、あっさり諦めて興味を奏汰に向ける。

「そりゃあそうだよ。向こうでの実験はお前のせいで失敗したってことみたいだけど、本当かどうか、ちょっとチェックしたくて」

「ん?」

 ルシファー、何を言っているんだと首を傾げている。それに奏汰はちょっとイラッとしたものの

「俺に化学者としての才能があるのか、チェックしたいの」

 と、はっきりきっぱり言っておいた。

「人間界に戻すつもりはない」

 それに対して、ルシファーは無駄なと鼻で笑ってくれる。が、これは奏汰としては譲れない部分だ。

「いいんだよ。こっちで錬金術やるから。でも、俺の実験の筋はいいのか悪いのか。それははっきりさせたいの」

 今ならばルシファーのせいに出来る。しかし、それを一生引きずっていくのかと思うと嫌だった。

 あの時、あの実験に失敗したから落ち込み、ルシファーという突飛な存在を受け入れてしまった。

 でも、きっかけが失敗のままだと、いつかルシファーを恨んでしまう。また前みたいに我慢できなくなって飛び出しちゃうかもしれない。

 そうなったら、今度は後悔しきれないほどのことが起こるかもしれない。

 それを避けるためにも、あの失敗に関しては綺麗さっぱり忘れたいのだ。

「奏汰。そんなに俺様のことを思ってくれているなんて」

 奏汰の説明にルシファーは感動している。が、奏汰は自分のためだからと顔を真っ赤にして主張。

「いやいや。だって、それって俺様を好きでいるためってことだろ」

「うっ、まあ」

「なるほどなるほど。で、その実験って何か必要なのか?」

 ルシファーは上機嫌で、必要な物を揃えてやるぞという。それに、奏汰はきらーんと目が光った。

「マジで」

「おう。今後はここで錬金術をやるんだったら必要なものでもあるんだろう。任せない」

 ルシファーは気軽に言ったが、それがとんでもない金額が必要だということを、この時は知らないのだった。



 奏汰が要求したのはドラフトという大きな機械だ。これはガスが発生する実験で使用する大型の機械で、当然ながらお値段高め。設置場所も必要だし、排気できるようにしなければいけないしと、付随して様々なところでお金の掛かる機械である。

「ふん。買ってやると言ったんだ。こうなったら実験室を作ってやる」

 その値段を知った時はさすがに目を剥いたルシファーだったが、そこはお貴族様。お金に関しては問題ないし、ちゃんとやるというのならばと、総てを整えてやると言い出した。

「いやあ、すげえな」

「奏汰。お前は十分に悪魔の素養があるな」

 こうして急ピッチに作られる実験室を前に、サタンがにやにやと笑ってそう指摘してくる。

「誰が悪魔だよ。これってまあ、慰謝料?」

 奏汰もちょっとは悪いかなあと思っているが、サタンから直々に悪魔認定されたくない。というわけで、慰謝料だと言い張ってみる。

「慰謝料はおかしいだろう。あれだな、結納金だな」

 しかし、サタンはにやにや笑ってそう言い換えてくれる。くう、なんで結納金だ。

「だってお前、結婚する覚悟が出来たから、ルシファーに実験室を用意しろって言ったんだろ?」

 そう聞いたぞとサタンはにやにや。一方、奏汰は話が飛躍していると頭を抱える。

「た、確かにルシファーの関係の始まりが実験の失敗だから、それは何とかしたいって言ったよ。言ったけど」

「それってつまり、ルシファーとちゃんと向き合うってことだろ」

「ぐうっ」

 ああ言えばこう言う。奏汰は言葉に詰まった。

「奏汰、これは何の機械なんだ?」

 現場監督をしていたルシファーが、ふよふよと浮かせていたのは何故か百葉箱。それは要らないんだけどと思いつつ、

「それを設置するのは外だよ」

 返品するとなると面倒かと思い、屋敷の北側の、あまり日の当たらない場所に置いておいてと指示。まあ、たまに観測すればいいだろう。小学校の頃、あの中を覗きたくて仕方なかったしと、奏汰はそう納得。

「ふむ。人間界は色々とあって面白いな。魔界だとそれって魔法で出来るしって思うことを、ああいう電子機器で総てまかなっている。人間の欲望とは素晴らしいよ」

 サタン、独特な見解を述べてくれる。

「サタン王、何をしているんですか?」

 と、ここでようやくサタンが混ざっていることに気づいたルシファーだ。実験室を作るのに気合いが入りすぎて見えていなかった。

「何って、俺も奏汰の実験室とやれが気になってきたんだ。ああ、そうそう、ダウンタウンにネカフェを設置したところ、悪さをする奴が減ったらしいぞ」

「あ、報告ありがとうございます」

「ベルゼビュートが後で詳しい報告書を持ってくる。金は悪魔崇拝の奴らに出させるから問題ないだろう」

「はい」

 結果、ネットカフェが作られたんだ。ネトゲ問題の解決が意外な着地点を見せたことに、奏汰は呆れつつも、出来上がっていく実験室にワクワクしていたのだった。

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