第23話

土曜日の10時。

約束の駅前に、ミモレは持参した弁当と一緒に立っていた。


「一条さんと一緒か、緊張するなぁ」

ミモレが時計を見ていると、背中から声がした。

「ミモレちゃん? 」

「あ、一条さん。おはようございます」

一条はミモレの姿を見て微笑んだ。


ミモレはふくらはぎくらいまである茶色のダッフルコートの中に、スカーレットから指示された白いニットのミニ丈のワンピースを着ていた。

「それ、荷物? 持とうか?」

「え、別に大丈夫です」

ミモレは一応断ったけれど、大きなショルダーバックは一条の手に渡った。


「それじゃ、行こうか」

「はい」

一条とミモレは駅に入っていった。



その姿をこっそりと見ている二人組がいた。

「なあ、本当だったろう? 」

「のぞき見なんて、悪いですよ」

ミモレ達のやりとりをスカーレットと高田は見ていたのだ。


「スカーレットさん、ここまでです」

高田が首を振った。

「なんで!? これから面白い所じゃ無いか? 」

「人のデートをのぞき見する趣味は、僕にはありません」

高田はそう言うと駅とは反対方向に歩いて行ってしまった。


「高田、真面目すぎだって」

スカーレットは高田と別れると、駅に向かった。

「よし、アタシが二人の様子を監視してやろう」

スカーレットはミモレと一条が乗った電車の別の車両に乗り込んだ。


電車内では、ミモレと一条はたわいも無い会話や、コンビニでの出来事を話していた。

天気の話だったり、料理部の話だったり、とりとめの無い会話だ。

スカーレットの能力で、会話が聞き取れていたが、退屈すぎてあくびが出た。


「高田とは、仲いいの? 」

一条が聞いて来た。

「はい、いつも田舎からってお野菜のお裾分けをもらって、お返しに料理を持って行ったりしています」

ミモレがそう答えると、一条は言った。

「へえ、高田もやるなぁ」

「別に、他意はないですよ。そんなこと言ったら高田さんに悪いです」


話しているうちに、目的の駅に着いた。

「市営動物公園前。本当に駅の目の前なんですね」

「うん、はじめて? 」

「はい」

一条はチケットを取り出した。ミモレもチケットを取り出す。


「結構お客さんいますね」

「ああ、そうだね。はぐれないように手をつなごうか」

そういって、一条は笑って手を出した。

ミモレは遠慮がちに一条のジャケットの袖をつまんだ。

一条の顔が少し赤くなった。


「アライグマ、見に行く? 」

「はい」

二人はアライグマの場所を地図で探し歩いて行った。


スカーレットはチケットを買って、二人の後をこっそりと追いかけた。

「一条、やるなぁ」

スカーレットは変装のため、ミモレのウニクロを着ている。

少し胸が余っていて、悔しかった。


そうこうしていると、ミモレと一条の二人はアライグマの前に着いた。

「わあ、立ってる! 可愛い・・・・・・」

「うわ、家系図すごい、子だくさんだね・・・・・・」

ミモレも一条もアライグマに夢中だった。


スカーレットはその様子を見て、気が抜けた。

「何だ、本当に動物見てはしゃいでるだけじゃないか」


しばらくして、一条が言った。

「山羊やウサギに餌をやれるみたいだよ」

「そうなんですか!? 」

ミモレは嬉しそうに言った。

「モルモットに触ることも出来るみたいだし、ファミリーゾーンに行ってみようか」

「はい!」


一条はミモレの手を取ると、ミモレは固まった。

「あの、一条さん、手・・・・・・」

「ミモレちゃん、手、すごい冷えてるよ」

「そういうことじゃ無くて・・・・・・」

ミモレはごにょごにょと離してほしいと言った旨を告げたが、一条はミモレの手をしっかりと握って離さなかった。


「一条さん・・・・・・」

ミモレは困りながらも、そのままファミリーゾーンへ歩き出した。

ミモレの手から、冷や汗が流れてくる。

一条は慌てて、ミモレの手を離した。


「ごめんね? 嫌だった? 」

一条が困った顔でミモレの顔をのぞき込んだ。

「いいえ、私、男の人と手をつなぐのって初めてだったから」

そう言ってミモレは真っ赤になって俯いてしまった。

一条は、ミモレを衝動的に抱きしめたくなったが我慢した。


「それなら、さっきみたいにジャケットのすそ持ってくれれば良いから」

「はい・・・・・・」

二人はファミリーゾーンへ歩いて行った。


スカーレットは途中でソフトクリームを買って食べながら後を追った。

「あのミモレが手をつないでヘルズファイヤを使わないなんて・・・・・・」

スカーレットは口笛を吹いた。

「ひょっとしたら、高田には悪いが上手くいっちゃうかも知れないな」


ファミリーゾーンにつくと、一条が二人分の餌を買っていた。

ミモレは遠慮したが、ちょっと強引に渡された餌をウサギにあげた。

パリパリ音をたてて食べる姿をみて、ニコニコしている。

そのミモレの様子を見て、一条も微笑んでいる。


餌やりはすぐに終わってしまい、次はモルモットをなでられる場所に二人は向かった。

スカーレットは、ちょっとしたいたずらを思いついて、ニヤリとした。


「一条さん、私モルモット触るの初めてです」

「そうなんだ。僕は何回かあるかな」

そう言った瞬間、モルモットがミモレの胸元に飛び込んできた。

スカーレットの魔法で、ミモレの胸の谷間にモルモットが顔を出している。


スカーレットは遠くからその様子を見ていた。

「一条、どうするかな? 」


「ふえぇ。どうしよう!? 」

ミモレは胸元を広げることも出来ずに、困っていた。

「ミモレちゃん、じっとしてて」

一条はミモレの胸に触れないように、モルモットを取り出した。


「もう大丈夫だよ」

「・・・・・・ありがとうございます」

二人は照れながら、モルモットコーナーを後にした。


そのとき、12時の鐘が鳴った。

「お弁当、作って来たんですけど、食べませんか?」

「え、そうなの? すごい。ありがとう。食べるよ」

一条はミモレが作ってきた弁当を見てびっくりした。

肉のそぼろで、ちょっとへんてこりんなアライグマが描いてあったからだ。


「アライグマ、好きなんだね」

「えへへ」

ミモレは少し笑いながら、鶏の唐揚げと卵焼きとブロッコリーの炒め物の入った容器も出した。

「頂きます」

二人はそう言って、お弁当を食べ出した。


「美味しい」

「良かった」

ミモレは嬉しそうな一条の横顔を見てホッとした。


「高田は野菜を届けるたびにこんな美味しい物を食べてたのか、うらやましい奴め」

「そんなことないですよ、私、料理好きなんです」

一条とミモレはしゃべりながら、パクパクとお弁当を食べ続けた。


一方、スカーレットは購買で買ったカレーライスを食べながら、二人の様子を見ていた。

「ミモレ、頑張って朝早くから弁当作ってたもんな」

スカーレットはそう呟いてから、言った。

「高田、大分先超されたな、かわいそうな奴だ」


二人は弁当を食べ終えると、動物公園を一周する子供向けの汽車に乗った。

一通り動物を見終えて3時くらいに、帰ろうと言う話になった。


スカーレットは少しも面白くなかったが、ミモレにしては上出来なデートだと思った。


「一条さん、今日はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ楽しかったよ、ミモレちゃん」

二人は、最初に待ち合わせをしていた駅につくと、コンビニの方へ歩いて行った。

ミモレのアパートの前で、一条は荷物を返し、ミモレの頭を撫でた。


「あわわ」

「ミモレちゃん、可愛かったよ」

「え、あの」

「俺、ミモレちゃんのこと好きだよ」


ミモレは固まった。

「一条さん、私そう言うの苦手で・・・・・・」

「うん、わかった。急がないから、考えといて欲しいな」

「・・・・・・はい」

ミモレは挙動不審になりながら、一条に手を振った。


一条はコンビニに向かって歩き出した。

ミモレが部屋に戻ってしばらくすると、スカーレットが帰って来た。


「姉さん、何処行ってたんですか? 」

「ちょっと野暮用。ところで、ミモレは一条のこと好きなのか? 」

ミモレは真っ赤になって否定した。

「一条さんはいい人です、でも、そう言うのとは違うんです」


「フウン、高田はどうするんだ? 」

スカーレットはミモレの服を脱いで、下着姿になった。

「高田さんもいい人です。どうして急にそんなこと言い出すんですか? 」

ミモレはそう言いながら、今日はスカーレットが普通の服を着ていたことに驚いた。

「姉さんもウニクロ着るんですね」

「たまにはね」


ミモレはスカーレットにお土産のハンカチを渡した。

「姉さん、今日、すっごく楽しかったんですよ」

「はいはい、よかったね」


そのときミモレのラインが鳴った。一条からだった。

<今日はありがとう、楽しかったよ >

ミモレも慌ててラインを返した。

<私も楽しかったです >


ミモレは上機嫌で夕食の準備を始めた。

そして、夕食の時、ミモレはスカーレットに、アライグマの可愛さやモルモットの暖かさを熱く語った。

どうやら、一条のことよりも動物園の方が気に入ったらしい。


スカーレットは、ミモレのことを見て鈍いって少し残酷だな、と思った。

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