第20話

クリスマス。

今日は料理部のちひろちゃんとブッシュ・ド・ノエルを作る約束をしていた。

でも、クリスマスってなんだろう。

ちひろちゃんは私がきょとんとしてると、うふふと笑って好きな人と一緒に居る日だよって言った。

「ちひろちゃん、今日うまく出来るかな?」

「ミモレちゃん、大丈夫だよ」

調理室に着くと、ちひろちゃんも私もエプロンを着けた。


「ねぇねぇ、ミモレちゃんて好きな子いるの?」

「何? 突然」

「だって、クリスマスケーキ二個も作るって言うんだもん」

「ああ、あのね、いつもお隣さんがお野菜とか差し入れしてくれるからお礼だよ」

「お隣さんてどんなひと?」

ちひろがメレンゲを泡立てながら訊いてくる。


「いい人だよ」

「格好いい?」

「どうかな、格好いいかもしれないね」

ミモレはチョコレートを湯煎しながら答えた。

「ちひろちゃんは好きな人いないの?」

「う・・・」

そう言うとちひろは俯いてしまった。


「ところで、ミモレちゃんのお姉ちゃんってすごいね」

「え?」

「駅で痴漢捕まえてた。ただで触らせるほど安くないって怒鳴りつけてたよ」

「お姉ちゃん・・・」

ミモレは俯いた。

「格好いいね」

ちひろは興奮している。

「ただでなければ良いのかなぁ。お姉ちゃん・・・」

ミモレは不安になった。


「そろそろスポンジ焼けるよ」

ちひろが言った。

ミモレとちひろは焼けたスポンジに甘いシロップをしみこませて、冷めるのを待った。

クリームを入れて、飾り付けをして、ブッシュ・ド・ノエルが完成した。


「じゃあ、今日はこれまで」

「うん」

ミモレとちひろはそれぞれケーキを箱にしまうと、調理室の片付けをした。

「じゃあ、またね」

「うん」

ミモレはケーキを崩さないように、慎重に家に帰ろうとした。

ところが、家の前に誰か居るようだ。


「あの、ここスカーレット様のおうちですか? 」

「あの、どちら様ですか? 」

「いえ、あの、踏みつけられたのが忘れられず、後をつけてきたのですが」

「あれ、ミモレ、帰ってきたのか?」


「ああ、スカーレット様」

「だれだ、お前?」

「朝の痴漢でございます」

「帰れよ」

「あの、つまらないものですが、お納めください。クリスマスプレゼントです」


そういうと痴漢はネックレスを取り出した。

スカーレットは痴漢を蹴り倒すと、ネックレスを投げ返した。

「人の家に勝手にくるんじゃねぇ! 」

「ミモレ、入りな」

「はい、姉さん」

ミモレは慌てて家に入ると鍵をしめた。


のぞき窓から外を見ると、痴漢はすごすごと帰って行った。

「姉さん、何やってるんですか? 」

「悪いな、変なのに絡まれちゃって」

「また、ニットのワンピースなんかで寒くないんですか? 」

「大丈夫だ」

「あと、友達から痴漢を倒していたって言われたんですけど」

「ああ、さっきの奴だ。けり方がたまらないって追いかけられて散々だった」


スカーレットはミモレの荷物に気づいた。

「なんだ、その紙袋は? 」

「ケーキです。今日はクリスマスだから、大切な人と食べようと思って」

「そっか、大切な人って誰だ? 」

「姉さんです」


ミモレはちょっと照れながら言った。

「あと、高田さんにも差し入れです」

ミモレは学生鞄を置くと、ケーキの入った袋から、自分たちの分のケーキを抜いて、持ち上げた。

「ちょっと、お隣まで行ってきます」

「はい、はい」

ミモレは隣につくとインターフォンを押した。

「はい、どなたですか?」

「隣の只野です」

「あ、どうも」

ガチャリ、とドアが開いた。


「高田さん、ケーキ作ったのでよかったらどうぞ」

「ありがとうございます」

そう言う高田の奥に、机の上に乗ったショートケーキが見えた。

「あれ? もしかして誰か来てましたか? 」

「いいえ、あ、職場からケーキもらったんですよ」

高田は鼻をかきながら照れくさそうに言った。

「あの、只野さん、もしよかったら一緒に食べませんか? お姉さんも一緒に」


ミモレは笑顔で頷くと、家に戻ってスカーレットを呼んだ。

スカーレットはケーキが好物らしく、いそいそと出てきた。

「いつも、お世話になっています」

「いいえ、こちらこそ」

ミモレと高田はちょっと良い感じの雰囲気になった。

「おい、ケーキはこれも食べていいのか? 」


「ケーキだけじゃさみしいから、コンビニに買い物にいきましょうか」

「お、いいね」

ミモレとスカーレットが立ち上がると、高田は気まずそうに言った。

「僕はあそこでバイトしてるから、皆に殺されちゃいます」

「なんで? 」

「ミモレさんもスカーレットさんも、すごく人気があるんですよ」

「そうなんだ」

ミモレは恥ずかしそうに俯いた。


「じゃ、アタシだけで買ってくるよ」

「申し訳ありません、ありがとうございます」


ミモレと高田は部屋に二人きりになった。

「ミモレさん、学校はなれましたか?」

「はい、おかげさまで」

「高田さんは学校は? 」

「今はリモートで授業を受けてます 」

「そうなんですか」


「おい、帰ったぞ」

「はやいですね」

「なんか、余り物だってこれもらった」

そう言うと戻ってきたスカーレットは、ピザとパーティチキンセットを机の上に置いた。

「すごいですね」

「なんか、仕入れすぎたって言ってた」

スカーレットはちゃんとお礼を言ったのだろうかと、ミモレは不安になった。

その伺うような目を見て、スカーレットはミモレにちゃんとお礼はしたぞと言った。


「お礼ってなにしたんですか?」

「投げキッス」

「姉さん!」

「まあまあ、あいつらも多分喜んでますよ」

そう言うと高田は三人分のお皿とお茶を用意した。


「いただきます」

「いつも一人でさみしいクリスマスだったので嬉しいです」

高田がそういうとミモレは笑った。

「よかったです」

三人はチキンを食べながら、微笑みあった。

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