kiss×5 正しい熱の測り方

 翌朝、起きてはいたが瞼は閉じていた。自分以外の温もりを感じると思ったら、狭いシングルベッドに寝息を立てている柊の寝顔が視界に入った。

 どうしてこうなった。

 父さんみたいに、お酒に酔っぱらったわけでもないのに覚えてないなんて不覚だ。こいつと恋バナしたあと、一緒にやってるロールプレイングゲームしててそれから……


 コトンッ

 

(何だ?)

 

 布団の中で何か固い物に触れる。

 中をのぞくと俺と柊のゲーム機があった。

 そうだ思い出した。寝そべりながらゲームに夢中になってたんだ。薄暗い部屋でベッドでゴロンとなってゲームをしてたら普通に寝るって。

 

 すぴーすぴー、すぴーすぴー


 それにしてもだ。柊の寝顔をこうして間近で見れば本当に綺麗だと思う。

 色白で滑らかな肌。長いまつ毛。鼻や口元は女の子みたいに小さい。少女漫画から抜け出してきたモテモテのいけすかない奴にそっくりだ。

 ふ──……

 ちょっとだけ触れたくなった。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだからと手を伸ばす。

 まずは茶髪に染めたサラサラの髪を触る。

 それからその手を下へずらして耳に触れた。

 起こさないように、そっとだ。

 唇の柔らかな突起を親指でなぞる。

 俺は何か特別に悪いことでもしているような気分になって体がゾクゾクした。

 ん?

 あれ? 

 お前、体熱くないか?


「おい起きろ。柊」

「んー、どした景都。まだ寝かせて……」

「お前、体熱いぞ。熱あんじゃね?」

「熱? そう言われればちょっと頭ふわふわするかも。寝起きだからじゃん?」

 柊は自分のおでこに手をやる。

 男の手なのに綺麗な手だ。

「体温計持ってくるから待ってろ」


 グググイッ──


「待って景都。取りに行かなくてもいいって。多分微熱だと思うから」

 熱っぽいのに俺の服を力強く引っ張る。そこは男の力だ。

「や、でも──」

 それでも行こうとする俺を凄い力で引き寄せる。まるでS極とN極みたいに。

「景都、行かなくていい」

 甘えてんのか、キュンとさせやがる。

「もうちょっとだけ、いてよ」

「しょーがない奴」

 流されるまま布団の中へ滑り込んだ。

 柊の甘ったるくて、それでいてハスキーな声。コーヒーに入れた角砂糖が溶けてサッと混ざり合う感覚だ。

 微熱から発せられる暖かさも相まって布団の中はぬくぬくになっていた。

「ごめん、わがまま言って。風邪だったら景都にうつしちゃうな」

「いいよ別に。もう寝ろ」

 柊は、ふうっ──と深く息を吐き出しながら再び瞼を閉じた。

 幼少期、こうして寄り添って寝たことを思い出す。眠る柊を見ながら懐かしんだ。


 柊が寝付くのを待ってから書き途中の小説を進めるためノートパソコンを開いた。執筆たーいむ。柊も微熱があるし今日が土曜日でよかったと思う。

 ようやく美怜ちゃんと青山くんのハッピーエンドに進める。少女漫画オタク柊のアドバイスも貰えたし完結を目指そうと思う。

 だが昨夜の出来事が頭にちらつき、すぐに執筆どころではなくなった。柊の、あの柔らかそうな唇があともう少しで俺の唇に触れそうだったんだから──。


 ドキン ドキン ドキン ドキン ドキン


 正確なリズムを刻む俺の鼓動がちょっと今は早い。

 

(うあー! チラついて進まねえ)


 頭を抱え、静かに寝息を立てる柊を起こさないように心の中で叫び倒した。




「小説書いてんの?」

 柊が目を覚ましたのは眠りについてから約一時間半後。

「おい、いきなり起きて大丈夫か?」

 ガバッと起きた柊に驚き、打ちかけのキーボードから手を離す。 

「どれどれ」

 柊のおでこに手をやる。さっきよりは熱くない。

「わっ──景都の手、冷たすぎ。でも気持ちいい。冷えピタみたい」

「じゃ、こうする」

「あ、けい──」

 俺の冷たすぎる手を離し、奴のさらっさらの前髪を横にずらしてから自分のおでこをくっつけた。

「え、待って──」

 じっとしない柊。俺はそれでもひるまずに、柊の小さな頭を両手で包み込んで自分の額を押し当てた。

「おっ、さっきより熱くない。下がった気がする」

「ほんとに? や、うん。良かった」

「お前、何動揺してんの?」

「動揺してない!」

 ふくれっ面の表情も子供の頃と変わらずに健在だ。


(柊ごめん。俺だって動揺してんだ)


「なあ、今日は家にいた方がいいって。体調こんなだしさ。なんなら俺、一人で行くし」

「じゃあ兄貴にライン送っとく。あーあ、俺も一緒に行きたかったのになー」

 二人で出掛けるはずだった午後の予定。この体調では無理だとわかり再びふくれっ面をする柊。

「部屋で少女漫画でも読んでろ」

「それもそうだな、新刊買ったのあるし。じゃあそうする。俺、帰る」

 玄関でスニーカーを履く柊。ちょっとふらつき気味だ。


 母さんがスリッパをパタパタと言わせながらリビングから走ってきた。まるで自分の息子のように見送る母。もしくはアイドルのライブ会場で去りゆく彼ら達を見送るように。まあどっちでもいいが、いい加減もう慣れたけど。

 上下スウェット姿の柊。「フルーツパフェ、凄く美味しかったです。また食べたい」とアイドル顔で言うから、母も「まあ嬉しいこと言うじゃない。ありあわせの材料で作ったから今度はちゃんとしたパフェ作るからねえ」と意気込み、上機嫌だ。

 おおっ、そうか。

 母さんの虫の居所が悪くなった時は柊に会わせておけばいいのかと、どうでもいいことを考えながら借りていた漫画を柊に渡した。


「ほい、漫画」

「ああ、また持ってくる」

「うん」

「景都、帰ったらラインしろよ?」

「おう」


 柊は「お母さん、お邪魔しました」とアイドルスマイルをお土産に置いていった。

 




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