kiss×4 幼なじみの距離感

「俺さあ、三年の先輩にカビ臭い体育館に呼び出されたことがあって」

 そう言って突然切り出したひいらぎはシングルベッドに寝そべった。フルーツパフェは勿論綺麗に胃袋へ収めている。


(カビ臭いって何だよ。体育館ってそんな匂いしてたか?)


「男?」

 自分も最後のカステラを口に放り込む。

「俺の知らない男の先輩。『お前、二年のくせに目立つから目立たない様にしろ』っていきなり意味不明なこと言うんだよ」

「は? 何だそれ。クソ野郎だな」

 俺はどいつもこいつもクソ野郎に仕立てたいらしい。

「だから俺、先輩に言ってやったんだ」

「ほお、なんて?」

「目立たないなら先輩も目立つように努力したらいいんじゃなですか? って言ってやった」

 ほうほう、それは面白過ぎる展開だと食いつく。好きな人がいるのと、このクソ野郎の話のどこに接点があるのかまだ見えない。

「したら先輩、いきなり俺のネクタイに掴みかかってきたんだって!」

「ひゅーっ、マジか」

 ん?

 どっかで似たような光景ありませんでしたっけ? 

「俺は先輩と話がしたかっただけなのにさあ、マジで殴られるかと思って怖かった。したら、そこに彼女が居合わせたんだよ」

「彼女?」

「なあ景都けいと、彼女さ、その男子に何て言ったと思う?」 

 何となく想像できるかもしれないと思った。


『後輩イビるとか最悪! コソコソしないで正々堂々と戦いなさいよ! このクソブタ野郎!』


 予想は難なく的中。

 開いた口が塞がらない。

 でもまさかな。偶然だよ偶然。


「天使が舞い降りたかと思ったよ。それが彼女と俺の出会い」


 こいつの口から天使とか言われると、お前もなと突っ込みたくなるんだが。

 しかしこんなに興奮する柊を見るのは久しぶりかもしれない。

 先輩みたいに喧嘩腰じゃなくて自分の意見を堂々と言えることができるんだから、男の俺から見てもカッコいいよ、お前は。認める。ただ少女漫画に惚気てるだけじゃなかったんだな。

 だがな、柊。彼女彼女って言うけど、それいったい誰だ?

 俺は、その彼女が発した言葉が冷や汗が出るくらい気になって仕方がない。


 クソブタ野郎。

 

 俺が小悪魔ちゃんに贈った言葉はメスブタ野郎だった。

 似てる。んーすごく似てるな。まさかのまさかだよな。

 あれこれ考えているとトイレに行った柊が戻ってきた。


「結局その彼女って誰? 名前は?」

 柊は「わかんない」と言って首を横に振る。

「三年なんだよなあ。だったらクラスごとに探せばいるんじゃね? 一緒に探すか?」

「一緒に探してくれるの?」

 何に反応したのかは知らないが、突然柊の周りに少女漫画に出てくるようなお花が見えた。

「……やっぱいい。そんなのストーカーみたいだし」

 今度は急降下した。

 忙しい奴だ。

「じゃあどうすんだよ? お前はどうしたいんだ?」

「まだそこまで決めてないよ」

「そっか、そうだよな。急かしてすまん。リアル恋愛ない俺がどーこー言える立場じゃないな」

「そんなことないって。景都と一緒なら初めてでも怖くないって思うから」


(なんの初めてだよ、初体験か!)


 や、待て。

 お前そこ普通に赤面してどうする。

 どういう反応していいのか、わかんねえじゃん。

「景都」

「うん?」

「耳、赤い」

「は? や、え?」

「初めてって、景都なに想像したんだ? エロすぎ」

「──っお、おま、お前こそ少女漫画の見過ぎだ!」 

 柊はいたずらっ子のように笑う。

 でも悪魔デビルじゃない。天使エンジェルのように。

 俺だって柊がいてくれるから安心できるっていつも思ってる。自分の分身みたいな、そんな感覚だった。

 お前みたいにそうやって素直に声に出して言えたら、どれだけ楽なんだろう。


 スースー、スースー

 すぴーすぴー、すぴーすぴー


 部屋はルームライトの灯りに包まれていて薄暗い。  

 いつの間にか寝ているとも知らない。

 ベッドにふたり、一緒に寝ているのも知らない。

 静かな寝息を仲良く立てていることも知らない。

 クロスする腕の重みすらも知らないでいる。





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