kiss×3 フルーツパフェの続きを
柊からの予期せぬ告白によって、俺の心拍と脳内環境にある程度のダメージを負った。
まるでパン生地を手のひらで練り込むように、ずっと圧迫し続けられている感じだ。だが当の本人はあっけらかんとしている。
「そういえば景都の相談ってなに?」
この屈託のない笑顔こそ、お前の最強の武器だって思う。
純真。柊にとても似合う言葉だ。いつか褒め言葉として高校卒業の日にでも贈ろうかと思う。
(ん? 好きな人がいるって話はどこいった? まさか報告だけで終了かよ)
「は? え、俺の相談?」
「さっきラインで言ってたじゃん」
ブウォー、ブウォー
湿り気のある俺の髪を、嫁のように甲斐甲斐しくドライヤーで乾かしてくれている柊。
時折、俺の頭皮に柊の指の腹が撫でつける。その指先に意図なんてないはず。不規則に頭皮に触れてくるから意識がそちらに傾く。そんな意識を小さく丸めて窓より向こうの夜の世界へ飛ばしたくなった。
(いやー、完全に告白の話、差し替えられそうだ。しかも知らんうちに俺の髪を乾かしてるしな。嫁としては申し分ないわけで……って違う違う!)
「俺は別に急いでねえし。それよか柊のさっきの告白……」と言ってるそばから遮られる。
「先に景都の相談から聞きたい。気になるじゃん」
(お前の話の方がかなり気になるんだけど。まあいいか。今お前の好きな人のこと聞いても心臓煽るだけだしな)
「じゃあ話すけど。今俺が書いてる短編小説ネットに上げてるじゃん?」
「あと一話で最終回のやつな?」
俺が今絶賛執筆中の恋愛小説があって、それを投稿サイトに一話ずつ公開しているやつだ。柊はいち読者として読んでくれている。ありがたいことに誤字脱字やちょっとしたアドバイスなんかも伝えてくれる、いわゆる編集長的な存在でもある。
「そう。最終回の美怜ちゃんと青山くんの絡みをどう表現していこうか迷ってる」
読んでくれてる読者に、一番楽しみな最終回のシーンをどうしたらいいか尋ねるのもどうかと思うが。
「青山くん、ようやく美怜ちゃんに告白できたんだもんなあ。匂わせ的な焦れったい感じなんかどおかな?」
母さんが持ってきた即席フルーツパフェを突っつきながら雑談。キューブ状に切ったカステラの上に、たっぷりのバニラアイスに家にあったブルーベリー、苺、バナナに生クリーム。忘れてはならない柊の好きなプリンも添えて。さすが母さん、奴の好みを心得ている。
「匂わせ的な焦れったい──か」
「そ、拗らせジレジレ」
柊は口の端についた生クリームを舌の先で器用に絡めとる。
お前のその表現は少女漫画からきているのだろうな。俺はふとある情景が浮かんだ。
「キ……キキ……」
ヤバい。何か動悸が。
「キキ?」
違う、柊。キキじゃない。お前のつやっつやの唇しか視界に入らない。ああもお邪魔だ。その唇──。
「キ、キ」
キから先の言葉「ス」が出てこない。
や、ごめん。猿じゃねえんだ柊。
俺が言いたいのはキスだ。
恋愛小説を書くクセにリアル恋愛の経験がない俺にとってキスとは未知なる世界なんだよ。
わかるか柊。
でも、でもさ。
お前はその……キスしたことあるのかよ。
柊のちょっとだけバニラアイスで濡れた唇に再び視線を落とす。
困惑しながらも俺はノートの余白に(滑らかで自然なキスまでの繋げ方教えて)と書いて柊に渡した。
ノートに視線を落とす柊。
パフェを食べるのを一旦やめてスプーンを置いた。
な、なあ柊?
今、何を考えてんの?
ほんのわずか秒数のことなのに沈黙が逆に怖かった。
パフェ用の長いスプーンを持つ手が震える。
「景都、ここにバニラアイスついてるぞ」
「え、どこ?」
指を口元に彷徨わせた。
ガタンッ──、カラン、カンッ
小さなサイドテーブルが揺れる。俺はその衝撃でお皿から落ちた長いスプーンに気を取られた。
「景都、ここ」
「──っ」
向かい合う柊の鼻先が俺の左頬に触れる。
あ──、俺キスされるんだと理解する。しかし柊の唇は寸前の所で止まった。
「お、おおおお、おいっ! お、おまっ──」
「こんな感じ。どうだった? なかなか自然な流れのキスだっただろ?」
はあ、はあ、はあああっ。
嗚呼、そういうことか。
今のが(滑らかで自然なキスまでの繋げ方教えて)の答えだったのか。
はあ、はあ、はあ、はああああっ。
こういうのは心臓に良くない。
一枚も二枚も上手どころか百枚くらい上手だな、こいつ。
「や、あーうん。多分つかめたと思う」
嘘ばっか。心臓煽ってるから。
向かい合う柊の目、まともに見れない。
柊は俺の返事に満足そうな笑みを浮かべる。薄ら笑っているようにも見える。悪魔か。悪夢か。
「たまには役立つだろ、俺の少女漫画愛も。おい、アイス溶けてきた。早く食べるぞ」
はい。
ものすごーく役に立ちました。
勉強にもなりました。
次回、大いに役立ちそうです。
君の少女漫画への溺愛ぶりは本気なんだって。
こんな調子で実践されたら俺、きっと身が持たないって。
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