第2話 捨てる神あれば拾う神あり
それにしても、普通の女の子として、生きるっていったって……
俺は、呆然としながら、ギルドの本拠地のある、王都セルシアを歩いていた。働くと言ったって、力も無ければ、名声もなくなってしまった今の俺では、なかなか難しいだろう。俺は今、いわばただの国民……どころか、身寄りの無い子供になってしまったのだ。
王都セルシアは、この地方でも最も賑わいのある街と言っても過言ではない。この街で手に入らないものは無いと言われるほどに、栄えた街でもある。だが、この姿になってみてわかったが、この街は持たざるモノに取っては、非常に生きづらい街なのである。
雑踏の中、1人で歩く俺を誰も気にとめようともしない。背が縮んでしまったことで、すっかり違う街になってしまったかのように、新鮮に見えていた王都を歩いていた俺は、つい気を取られ、大きな荷物を持っていたおじさんにぶつかってしまった。
「す……すいません……」
「おい、邪魔だ!ガキがちょろちょろしてるんじゃねえよ!」
「すいません……」
「気をつけろ!全く!」
謝ることしか出来ない自分が情けなくて、つい笑ってしまいそうになった。パーティにいた頃は、リアと言えば、ギルド一の魔法使いとまで言われていたのに、今やこんな扱いだ。誰も俺を気にかけてくれない。一気に孤独になってしまったような気分であった。
人混みにすっかり疲れてしまった俺は、路地裏で1人空を見上げていた。壁はどこまでも高くそびえ立っており、あんなに近かったはずの空が、遙か遠くにいってしまったような感覚に陥っていた。
「こんな中で働くったってなあ……」
いっそ、王都を離れてしまおうか、そう考えもした。だが、離れたところで、一体どうやって生きてというんだ。身寄りの無い子供なんて、田舎に行ったらもっと生きにくいに違いない。そんな事を考えていると、俺の元へフードを被った男が近づいてきたことに気が付いた。
「お嬢ちゃん…… ひとりかい? そんなため息をついてどうしたんだい?」
「そうだよ…… これからどうしようかなあ……って考えてたんだ」
明らかに怪しい男ではあったが、別に襲われたところで対処さえすれば余裕であろう。昔の感覚がついつい残っていたのが、俺にとっては運の尽きだったのだ。
「そうかそうか…… お前さん、1人か…… おい、お前ら!」
急に声を荒げたフードの男。その声に呼ばれて、何人もの大男達が俺を取り囲む。すっかり逃げ場を失ってしまった俺はまさに袋の鼠と言ったところだろう。
――やばい……
こうなれば一か八かだ……
「フレア!」
俺は男達に手を伸ばし、昔よく使っていた魔法の名前を口にした。だがしかし、その手から魔法が発されることはなく、俺の声だけが空しくこだました。一瞬の静寂の後に、大男達の笑い声が周囲へと響き渡る。
「なんだこいつ! 大魔法を唱えようとしやがったぜ!」
「お前なんかじゃ無理だっての!」
「よく見たら、こいつちょっと可愛いじゃん! これは高く売れるぜ!」
おいおい、人売りかよ……
じわりじわりと距離をつめてくる男達、今の俺には、体格が明らかに違う男達にあらがう術はなかった。
せめて……何か魔法が使えれば……
そして、俺の背中にどんと何があたったような感覚が走った。
壁か…… もう逃げ場はない…… 万事休すか……
「ねえ、あなたたち」
そう思ったとき、俺の耳にまた新たな声が届いた。先ほどまでとは少し違う。暖かみの篭もった、そして怒りに震えたような声。そのまま上を見上げると、黒い白い髪がちらつく、女の姿があった。
「ねえ、あなたたちここで一体何をしているの? 女の子1人囲って、仲良くおままごとというわけでもなさそうだけど……」
冷静に言い放つ女の手には銀色に光る、立派な剣が握られていた。先ほどまで、俺を囲んでいた男達は少し躊躇するように、女の姿を眺めていたが、1人の男が啖呵を切って叫んだ。
「なんだてめえ! ヒーロー気取りか! てめえ1人で一体何が出来るって言うんだ! お前ら、こいつも一緒に売っちまえ!」
その声を皮切りに、男達が一気に俺達の元へと押し寄せてきた。だが、俺のすぐ後ろにいた女は動じることなく、俺の方に笑顔を向け、優しい声で呟いた。
「怖かったね。でも、大丈夫。安心して!」
「よそ見とは良い度胸じゃねえか! クソアマァァ!」
「女の子相手にその言い方は酷いと思うよ」
女はそう冷たく言い放つと、襲いかかってくる暴漢達を次々と沈めていった。剣の柄の部分で的確に急所に攻撃を入れていく。そして、気が付けば、フードを被った男以外、全員が気を失って地べたへと転がっていた。俺を助けてくれた女は、フード男に向かって口を開いた。
「ねえ、あなたは来ないの?」
「ごめんなさい! もうしません! お許しを!」
フードの男は震えた足で、逃げ去っていった。仲間……かどうかはわからないが、転がっている暴漢達を放置したまま、哀れにもフードの男は姿を消したのだ。
それにしても……
こんなに剣の腕の立つ女を俺は知らなかった。ギルドのメンバーであれば、上位ランクに入るような人達はあらかた顔くらいは見たことがある。明らかに戦い慣れしていた立ち回りだったにもかかわらず、おそらくこの女はギルドのメンバーではなかったのだ。この人はいったい……
「大丈夫? 私はソールって言うんだ! よろしくね!」
ソールと名乗った女性は俺に向かって優しく手をさしのべてきた。久しぶりに人の優しさに触れたような気がした俺は、気が付けば目から涙の滴を流していた。
「ありがとう! ソールさん! お…… わたしは、リアって言います!」
何とか男の口調を隠し、感謝の言葉を述べると、ソールは俺の顔をじーっと眺め、不思議そうな表情を浮かべていた。よく見ると、ソールは透き通るような白い肌に、大きなぱっちりとした瞳、そして儚げに揺れる白い髪。大変な美少女であったのだ。なんだか照れてしまいそうになるが、気を取り直して、俺はソールへと言葉を返した。
「あの…… なにか……?」
俺の言葉に、リアは少し戸惑った様子で沈黙した後に、驚きの言葉をかけてきた。まるで、俺のことを全て理解しているかのように。
「リア、あなた…… 呪いを受けているようね…… わかった…… ちょっと一緒に来てもらえる?」
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