笹葉の小鬼 4
「銀、どこまで行くんだ?」
お社に続く一本道を歩きながら、佐和は銀にたずねた。
すっかり夜がふけて、あたりは真っ暗さ。人っ子一人いねえよ。だって、みんなお家に隠れているんだもん。
さっきまで、佐和も家に居たのさ。昼間すおうに言われたように、鬼封じの札を貼って家ん中で息こらしていたのさ。なにしろ、昨日荘助を食った鬼は、まだこの辺りに居るらしい。だから、くれぐれも1人で出歩くなって、すおうはくどいほど念を押していた。
やる事もねえからっていつもより早めに家族が寝静まった頃、布団の中でぱっちり目を開けて、佐和はずっと考え込んでた。
なにを考えてるかって? そりゃ、昼間の事さ。…銀に冷たくしすぎちまった。あれきり、あの子居なくなっちまったが、どうしちまったんだろ? ちゃんとお山に帰ったのかな?…
別に、佐和だっていじわるで冷たくしたわけじゃねえ。ただ、このまんまじゃ銀が村のみんなに嫌われてしまうと思い、反省させるためにわざとあんな態度とっちまっただけだ。
でも今にして思えば、何もあんな冷たくしなくても、もっと他に言い方あったよな。かわいそうに、今ごろ1人で泣いてるんじゃないのか? そう考えると、哀れで仕方なくてとても寝てなんていられねえ。
と、その時だ。とんとんと誰かが扉叩く音がしたあ。起き上がって「誰だ?」ってたずねたら、
「おれだ。佐和、おれだよ」
ってガキの声がする。誰じゃって戸を開けたら、なんと銀がべそかいて立ってたから、佐和はえれえびっくりした。
「なんじゃ? 今時分?」
「姉ちゃんが大変なんだ、助けてくれ」
「姉ちゃんは山じゃねえのか?」
「鬼が恐いから山から降りて来たんだよ。村にいれば大丈夫かと思ってさ。けど、姉ちゃんは体が強くねえから、すぐそこで具合が悪くて動けなくなっちまった。頼むよ、助けてくれ。佐和の他に頼めるもんがいねえんだよ」
そう言って銀はわんわん泣いた。
確かに、今の銀は村中の人間にそっぽ向かれてるから、誰も助けてくれんじゃろう。それで、けっこう夜もふけてたけども、1人じゃねえし、昼間の事で罪悪感もあったし「いいよ」って答えて、佐和はついつい家から出てしまった。
…けど、あの子は一体どこまで行こうっていうんだろう?
佐和は目の前行くガキの背中見つめて首をかしげた。行けども行けども銀の姉さんらしき姿なんか見えねえじゃねえか。それに、あんまりにも村から離れすぎちゃ危ねえぞ。
「なあ、銀、どこまで行くんだ? 姉ちゃんはどこにいるんだ?」
呼びかけても、呼びかけても、銀は振り返りもしねえ。黒髪ばっか揺れて、どんな表情してるのかちっとも分からねえ。それに、妙に歩くのが早い。佐和は小走りで追っかけるのがやっとだ。あの子はこんなに歩くのが速かったっけ?
…本当について来て良かったのか?
なんとなく不安になる。なんだか、あのガキは佐和の知ってる銀じゃねえみてえだ。けど、佐和は首をふって思い直した。
…いや、疑っちゃいけねえ。昼間あんなひでえ事言ったあげくにおかしな疑いかけちゃ、あまりにも銀がかわいそうだ。
黙々と歩いてくうちに、お社の裏のお池が見えて来た。それで、佐和は何となくホッとする。
…ほれみろ、ここは銀がいつも昼寝してるお池のほとりじゃねえか。ここに姉ちゃんを隠してたんだな。
けど、池のほとりに着いても誰もいねえ。
「姉ちゃんは、どこさ?」
って佐和がたずねたが、銀は相変わらず向こう向いたきりさ。
その時、佐和は「あれ?」って奇妙な事に気がついた。
「なあ、銀。お前、いつも頭につけてる輪っかはどうした? あれ、母さんの形見のお守りだって大事にしてたんじゃなかったか」
すると、銀は「ああ、あれは、もういらねえんだ」って答えた。それからおかしそうに、くすくす笑った。
「何がおかしい?」
佐和は首をかしげた。本当に変だ。さっきまで泣いてたくせにさ。
すると、銀は向こう向いたまま答えた。
「おかしいんじゃなくて、嬉しくて笑ってるんだ」
「嬉しい? 何が?」
「お前がここまで着いて来てくれたことがさ」
そう言うと、銀はゆっくり振り向いた。
赤い目がギラギラと光ってる。
それは、佐和のよく知ってるあの銀じゃなかった。
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