笹葉の小鬼 3
銀のせいで鬼とり逃がしちまったってうわさは、あっという間に村中にひろまった。村の奴らはかんかんに怒った。無理もねえさ。おかげでまたみんなびくびくした日を過ごさなきゃなんねえんだもんな。
なんにも知らねえ銀は、次の日のんきに山から降りて来てな、
「おう、子守りの用はいらんか? 刈り入れ手伝わなくていいか?」
っていつものごとく村中駆け回った。もちろん、誰も答えちゃくんねえ。それどころか「あっち行け、くそガキ」ってけんもほろろにおっぱらわれる。
「けっ、なんでえ…感じ悪いな」
などと悪態ついて土手っ原歩いてたら、小川で洗濯してる佐和の姿が見えた。ああ、佐和だ。ちょっとグチでも聞いてもらおうと、銀はひょいひょい土手を降りてった。そいで、ざぶざぶ小袖を洗う佐和の背中に無邪気に話しかけた。
「よう、佐和。聞いてくれよ! 村の奴ら、話しかけてもろくすっぽ答えちゃくれねんだ。なんだってんだ? 感じ悪い!」
すると、佐和がこっちも見ずに返事する。
「ああそう。でも、あんただって悪いんじゃねえか?」
ありゃ? なんか様子が変だ? 他の奴らと変わらねえ感じの悪さじゃねえか? 銀はちょっとあせって
「なんでさ?」
とたずねた。
「自分の心に聞いてみな」
「さっぱり分かんねえよ! オイラ、何も悪い事してねえもん」
「あ、そう。じゃあ、知んねえ!」
佐和は、そっけなく言うと洗濯物をカゴに入れてぷいっと立ち上がった。で、とっとと歩き出す。銀は、慌てて後を追っかけた。
「おい、佐和! 佐和よう!」
けど佐和は知らんぷりだ。
「何怒ってるんだよ? なんで喋ってくんねえんだよ?」
すると、佐和はやっとこっち向いて答えてくれた。
「鬼の味方するよなガキとは口きいてやんねえ!」
ってな。
それ聞いて銀はうつむいてしまう。その間に、佐和はちゃっちゃと行ってしまう。なんだか追っかける気も失せて、しばらく銀はそこでぼさっとしてた。
…仕方ねえだろう? オイラも鬼なんだもん。
って、内心思っていたが、いつまでもそうしてても仕方ねえし、とぼとぼ歩き出した。
しばらくうつむいて歩いてたら、背中をばしんと叩かれた。
「なんだよ」
って後ろ見ると、すおうがずだ袋持って立ってる。
「よお!」
すおうは、村の奴らとは正反対ににこにこ笑ってこっちを見てた。けど、その笑顔見てたら、なんだか腹が立って来た。…オレがこんないやな思いするのはみんなお前のせいだって思ったのさ。要するに八つ当たりさ。
「なんじゃ? お前か」
つっけんどんに答える。しかし、すおうには通じねえ。
「ああ、俺さ」
相変わらずニコニコ笑ってる。
「何の用だ?」
「ああ、じつはな」
って、すおうは銀の後ろをちょこちょこくっついて来る。
「お前、笹葉山に住んでるそうだな?」
「それがどうした」
「よう、あんな物騒なところにガキ一人で住むな」
「一人じゃねえよ。姉ちゃんと二人暮しさ」
「へえ? 姉さんがいるのか?」
「血はつながってねえけどな」
「美人か?」
「どうでも、いいだろう? そんな事は」
「そりゃそうだ…」
そこで話は途切れた。けど、やっぱりすおうは後をくっついて来る。いいかげん邪魔くさくなって、銀は振り返りたずねた。
「おい、一体、どこまでついて来んだ?」
すると、すおうは妙に照れくさそうな顔して、ぼりぼり頭かいて、にかっと笑ってこう答えた。
「実は、昨日鬼を取り逃がしちまったせいで、世話になった村長さんとこ追い出されてちまってさ…」
「それで?」
「おめえんとこ、とめてくれねえか?」
「…」
呆れ返る。しかし、はっきりと虫の好かねえ男だが、村長に追い出された責任は自分にもあるしって事で、仕方ねえなと銀はすおうをつれて笹葉山に向かった。
それから1刻ばかり山道を歩いてくと、どっかから女の歌声が聞こえて来た。そりゃ、天女の歌声かっちゅうくらいの綺麗な声でな、どこから聞こえるのかとすおうがきょときょとしてたら、銀が「あれがオイラの小屋さ」と前方を指さした。
気がつけばあれほど生い茂っていた木が一本もなくなって、目の前には草ぼうぼうの荒れ地が広かってる。荒れ地のまん中には、でっかい杉の木が生えてて、その横に今にも傾きそうなぼろい小屋が建ってた。おそらく、昔、猟師が使ってた山小屋かなんかだろう。それが、今は銀の住処ってわけさ。
そいでな、そのボロ小屋の前に真っ白い麻の着物きた女が腰かけて、ぼんやりと歌をうたっていた。…そう。それが、不思議な歌声の正体だ。
つぅきのひぃかり やぁさしくぅ
みぃずうみ てらしてた
たぁびだつ あなたぁのことぉ…
どう見ても30にはなっているの女だ。けど、童女みたいな声をしている。それに、なんて澄んだ声だ…。
すおうは、目の前で歌う女の横顔を見つめた。ぼんやりとした瞳が何やらこの世のものならぬ光を帯びておる。まことに天女ではないかと見とれておると、銀が手ェ振って叫んだ。
「おーい。マルター!」
…マルタ? なんちゅう妙な名前だ? と、すおうは思った。とても、あの美しい女にふさわしい名前ではない。
銀に呼ばれて女は嬉しそうにこっち向いた。けど、正面向いたマルタの顔見てすおうはぎょっとした。なぜなら、その右頬に無惨なやけどの跡があったからだ。
「あれが姉ちゃんさ。美人だろ?」
銀が自慢げに紹介した。
「あ…ああ」
すおうは頷いた。確かに美人だ。けどなあ…と、右頬のやけどの跡から目がはなせねえ。
一方、銀はすおうの答えに満足した。もし、こいつがマルタの傷の事でつまらん事ぬかしたら、問答無用で追い帰してやろうと思ってたからだ。虫の好かん奴だが、心根は悪くねえと見てとると、銀はマルタにもすおうを紹介してやった。
「マルタ、お客さんだ。嬉しかろ? すおうっちゅうて鬼退治の専門家らしい」
「どうぞ、よろしゅうに」
すおうは頭下げた。ところが、マルタは返事もせずにけらけら笑った。
「?」
すおうは首をかしげる。こりゃ、いい年こいた大人の反応じゃねえぞ。本当に童女みてえだ。いや、童女っちゅうかなあ、これはなあ…。
って、目の前の女の顔をまじまじと見てたら、
「悪いな、マルタは何もわかんねえんだ」
と、銀が頭の上で手の平をパーッとやった。
…気が触れてるのか…
すおうは納得した。なに、こんな悲惨な世の中にゃあ、とりわけめずらしい話でもない。けど、哀れなもんだよなあ。さぞかしひでえ目にあったんだろうなあ……。にこにこ無邪気な笑顔浮かべる女の横顔を見て、すおうはいたましく思った。
やがて日もとっぷりと暮れてきて、3人は小屋ん中で粗末な夕げを食う。
マルタは銀にべったりくっついて母親みたいにあれこれ世話やく。不思議なんだけど、マルタは銀の事小若って呼んでいた。
「小若、汁こぼしてるよ」
「小若、ちゃんと冷ましてお食べ」
ってな具合さ。
「小若ってのは、マルタの死んだ子供の名前でな…」
と銀が説明した。その子は、マルタの故郷の村に兵士が攻め込んで来た時に、マルタの目の前で殺されちまったったらしい。そん時は、村の人間全員殺されてさ、たまたま通りかかった銀がマルタだけ辛うじて助け出したんだが、それ以来ちょっとおかしくなっちゃったんだって。まともな頃はきつい女だったけど、こうなると哀れなもんだよな…なんて、銀は大人びた目をする。そんな銀をまたマルタが世話したりして、奇妙な姉弟をすおうはただ見つめるばかりだった。
腹がふくれると、銀は昨日からずっと気になってる事を聞いた。
「それにしても、昨日のあの鬼は、どこ行ったのかな?」
すおうは「うん」と頷き答えた。
「少なくとも、この山にはいないようだ。気配を感じねえ」
「じゃあ、まだ里の近くにはいるのか」
「いるさ。きっと、近いうちに人を食いに出てくるぞ」
「怪我してるのにか」
そういって、銀は口から血を吐き涙流してた鬼の顔を思い出した。
「怪我してるからこそさ。鬼はな、人を食えばあらゆる意味で強くなるんじゃ。回復力も妖力も上がる。つまり、人を食えばあの程度の傷なんてすぐ直るって事だ。だから、奴は回復のためにきっと村の奴らを食おうとするはずだ」
「だったら、お前は村にいなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。俺が奴を退治するまでは、鬼封じの札を家に貼って決して夜は家から出んようにと村の奴らに言っておいたもの」
「鬼封じの札?」
「名前の通りさ。鬼を寄せつけないための術をかけた札さ」
「そんなもんあるのか?」
「ああ、あるさ。お前にもやろうか?」
って、すおうは持って来たズダ袋のなかから赤色のお札を一枚出した。短冊みたいな紙切れの上に、お釈迦さんの絵が書いてあり、その周りに難しい字がたくさん書かれている。
「ほれ」
と差出されたお札を銀はひょいっと受け取った。瞬間、ぱりぱりって妙な痛みが走ったけど、すぐに直ったから気にもしなかった。
「家の入り口に貼っておけば鬼は近付けねえ。姉さんも安全に暮らせるってわけさ」
すおうが言う。
「そりゃ、ありがてえな」
って銀は喜んだ。自分はともかく、マルタの事は心配だからな。
「そうだろう? 貸してみろ、俺が貼ってやるから」
すおうは銀からお札を受け取ると、持参したズダ袋からのりを取り出し、戸の上にお札をぺたって貼ってやった。で、貼りながらな、銀に説教はじめた。
「お前、二度と鬼退治の邪魔するんじゃねえぞ。お前は妙に鬼をかばうけど、お前の優しさが通じるほど鬼は甘くねえんだぞ」
昨日の事言ってるんだろう。けど、銀は知らん顔した。それは保証できねえもん。
銀の態度にすおうが長えため息をつく。そいで、くるりとこっち向いて言った。
「あのな、鬼ってのは、元から鬼なわけじゃないんだ。悲しみや怒りがきっかけで狂っちまったのが鬼だ。一旦狂っちまったら、本人の意志ではどうにもならねえ。本人にとっちゃ、もう善悪の問題じゃねえんだ。狂いの血の暴走を食い止めるには、あいつら殺してやるしかねえんだ」
「そうかよ…」
銀はそっけなく答えた。
正直、すおうの話は難しくて全部の意味は分からねえ。けど、一つだけはっきりしてる。自分が鬼とばれたら間違いなく殺されるってことさ。
「そろそろ寝るか」
銀は土間に丸めてあったムシロを持って来て、すおうのための寝床を作ってやった。で、自分とマルタは隣の部屋にムシロひいて、そこへゴロンと横になる。今日は疲れた。とっとと寝ちまおうって、銀は無理やり目を閉じた。いつも寝る時は外す金の輪っかも今日はかぶりっぱなしだ。もちろん正体隠すためさ。
けど、本当は、すおうは全部気付いてた。いくらうまく化けたって、すおうは専門家だもの。銀の正体ぐらいお見通しさ。
…しかもだ、銀は並みの鬼っ子じゃねえ…
って、すおうは思ってた。
…それが証拠に、お札触ってもケロッとしてたじゃねえか。自分で言うのもなんだが、あれは大した札なんだ。並の鬼が触った日にゃ、力を奪われ動けなくなっちまう。なのに銀はけろっとしてやがった。あいつは自分が何者だか分かってないようだが、このまま放っといたら世にも恐ろしい力を持った鬼になるだろう。ガキのうちに殺してしまわねばならん。かわいそうだが仕方ねえ。それが、俺の仕事だから。けど、せめて、苦しまないよう、眠ってるうちに殺してやろう…。
すおうはそう思い定めると、目だけ閉じてじっと時を待った。
やがて、しんしんと夜がふけてく。聞こえるのは木のざわめきばかり、月も星も息こらしてる。
…そろそろ眠った頃だろう。
って、すおうは立ち上がると、用心深く隣の部屋に向かった。光の宝珠を握りしめ、足音を忍ばせ、手を伸ばし少しだけ戸を開ける。
すると、囁くような歌声が聞こえてきた。マルタの声だ。
…ねんねんころろ ねんころろ
ぼうやのととさま どこいった
マルタは頬杖ついて歌ってた。隣では銀が安らかに寝息たててる。その背中叩いてやりながら、マルタは幸せそうに歌ってた。
山を越えて また越えて
みっつ よっつ 川越えて…
すおうはしばらくじっとそれを眺めていたが、やがて、首を振り、戸を閉めると自分の寝床に戻って行った。
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