笹葉の小鬼 2
いっつも童どもが遊び場にしてるおやしろの境内に、今日は大人どもが集まっとる。男も女も若いのも年寄りもいてさ、青い顔してさ、ひそひそと何ごとか話してる…。お山からおりて来た銀が境内の前を通りがかり、その様子に首をかしげた。
「おい! 皆の衆! 何してる?」
「おお! 銀け!」
村の奴らは銀を見ると手を上げた。
時々ふらりとやって来ては、何くれとなく手伝ってくれる気のいいガキを、村人達は好いてるようだ。「こっちさ来い」って手招きする。もちろん誰も銀が鬼っ子だなんてしらねえ。もし、知ったらこんなに仲良くしてくれまい。
「どうした?」
と駆け寄った銀に、村人達が口々に言う。
「笹葉のお山に鬼が出てな、荘助が食われたんじゃ」
「ええ?」
銀は仰天した。
「嘘だろう?」
「嘘じゃねえ。見たもんがいるだ。恐ろしい鬼がよ、荘助の首をくわえて笹葉山の上を飛んでいたそうじゃ」
「知らねえぞ、そんなの」
…童の歌う笹葉の鬼とはオレのことだろうが、荘助なんか食った覚えねえのに。と、銀は思う。
「おーい!」
遠くで野太い声がした。
「すおう様がおいでじゃぞ!」
その声を合図に、一部の奴らが一斉にお社の入り口まで走ってった。
『すおう様』ってなんだ? って銀が首かしげてると、後ろっから「銀」と呼ぶ声がする。振り返ると、年の頃14、5の娘がにこにこしてこっち見てる。弥太のとこの2番目の娘、佐和だ。
「佐和!」
銀は喜んで佐和に駆け寄った。銀は佐和が大好きだ。何しろ、綺麗だし、優しいし、銀の事実の弟みてぇにかわいがってくれるし…。今まで出会った人間の中じゃ2番目に好きさ。
「銀。無事でよかった。銀は、確か、笹葉のお山に住んでるんだろう? 鬼に食われちゃいねえかって、みんな心配してたんだよ」
佐和は鈴ころがしたみてえな声で喋る。
「へん! 鬼なんてへっちゃらさ」
なんて銀はちょっと威張ってみせた。
「大丈夫なもんか。いいか、鬼に出会ったらすぐ逃げなきゃダメだよ」
「大丈夫だってば。それより『すおう様』ってなんだ?」
「鬼退治の専門科だって」
「鬼退治の?」
銀は眉をしかめた。銀にとってあんまり歓迎する相手ではない。
そこへ、わいわいと人に取り囲まれて、屈強な男が現れた。目深に編み笠をかぶり、色あせた黒のつむぎを着て、右手に錫杖、首には透き通った石の念珠をかけている。
村長が村の連中に紹介した。
「皆の衆、すおう様じゃ」
「よろしゅうに」
『すおう』は編み笠とって皆に挨拶した。ぼうぼうの髪を後ろで一つにひっくくり、ギラギラ光る目でこっち見てる。そのたくましげな姿見て村人達は感激したようだ。
「おお、強そうな方じゃあ」
「これなら、きっと鬼を倒してくれるべ」
などと、ざわざわ、ざわざわくっちゃべる。
…なんじゃい!
銀は腹立てた。
…あんな奴呼びやがって! 何が鬼退治の専門家だ!
銀は鬼だから、そんなこと思うが、村人達にとってみれば仕方のないことさ。鬼を殺さなきゃ、『オラ達』が食われるんだもの。けどガキの銀にはそこんとこの事情がいまいち理解しきれん。
それで、
「なにも殺す事ねえんじゃないかな?」
などとよけいな口をはさんじまった。
そしたら、村の奴ら一斉にこっち見た。どいつもこいつも「なんだと~」ってな恐ろしい顔してる。銀はあせった。それで、しどろもどろ、
「世の中にはいい鬼だっているかもよ?」
などと、とってつけた事言う。一応、いい鬼ってのは自分の事なんだけどな。なにしろ、銀は人を食った事も、食いたいと思った事もねえもの。でも、そんな事情知らねえ村の奴らはえれえ剣幕で怒り出した。
「何ほざく、このガキ!」
「いい鬼なんているけえ!」
「鬼なんかかばいやがって。まさか、おめえ、鬼の仲間じゃなかろうな?」
「な…仲間じゃねえやい!」
銀はぶんぶん首振った。
内心ヒヤヒヤする。せっかく今まで人間のふりしてうまくやってきたのに、こんなことで正体バレちゃ元も子もねえ。ほら、例の鬼退治の専門家がいやな目つきでこっち見てる。やべえぞ、ばれたのか? 背中にいやあな汗が流れる。 その時、見兼ねた佐和が助け舟を出してくれた。
「許してやれ。銀はただ優しいだけだよ」
さすが佐和じゃ。佐和だけはいつでもオイラの味方だ。って、銀は佐和に笑顔を向けた。けど、佐和は村の奴らと同じような恐い顔して銀を見てた。そして、言った。
「けどな、銀。鬼なんぞに同情しても仕方ねえぞ。鬼は人を食らうんじゃ。恐ろしいんだぞ。鬼ってのはな、みんな殺しちまわねばならないもんなんだぞ!」
銀は無性に悲しくなった。けど、しょせん多勢に無勢さ。
「ああ、そうだよな。鬼は死ななきゃなんねえよな。変な事言って悪かったよ」
ってやけくそで頷くと、こんりんざいこんな所に居たくねえとばかりに「オイラ。腹へったから帰らぁ!」と大嘘ついてとっとと走り出した。
後ろでじっとすおうがそれ見ていた…。
佐和の言った通り、銀の家は笹葉の山のてっぺんにある。荘助襲った鬼がひそんでるかもしれねえが、銀の知ったこっちゃねえ。何しろ自分が鬼だもんな。恐いわけねえさ。それに、もし、万が一襲いかかられたって、銀には勝つ自信があった。こう見えて銀は強いんだ。ほんの3才のチビ助の頃から、どんな悪もんにも負けた事がねえ。これは本当の事だ。
けど、今日の銀はさっぱり元気ねえ。うねうね曲る山道をどんよりと歩いてく。いつもなら、輪っかとって、小鬼に戻り、木の枝つたってびゅんびゅん飛んでくのにな、今日はどうにも鬼っ子に戻る気がしねえ。村の奴らの…いいや、佐和の言葉がきいたのかな?
とぼとぼと歩いてると、川のほとりに女が倒れてるのが見えた。市女笠かぶって、黄色い上等の袿着て、どっかのやんごとない姫君みてえだ。ありゃ、こんなとこにゃめずらしいなと銀はちょこちょこと近寄ってった。
「どうした?」
声かけると、姫君はうんうんうなりながら言った。
「足をいためて難儀してます。手をかして下さいな」
「どれどれ? ああ、こりゃひでぇ。はれてるじゃねえか。誰か呼んで来る」
「それより、里まで背負っていって下さい。こんな山の中で供とはぐれてしまって、心細うて、心細うて…」
「う~ん…」
銀は姫さん見つめて腕組みした。
…ここにはまだ荘助食った鬼が居るかもしれん。確かに、女一人置いてくのはぶっそうだよな。しかし、オイラが背負うにゃ少々姫さんでかすぎら。さあ、どうする? … などなど考え込んでたら、後ろっからざわざわと人の声がしてきた。振り返ったらなんと例のすおうが村の奴ら引き連れて立っておる。
「なんだあ? おめえら?」
銀が妙な顔してたずねると、すおうが威張りくさって言いやがった。
「そこまでだ、鬼め! うまいこと人に化けたもんだな。けど、俺様は騙されんぞ」
なんてこった。やっぱり、オイラの正体嗅ぎ付けて追っかけて来やがったかと銀は青ざめた。逃げようかどうするか迷う。逃げるのは簡単だ。銀はすばしっこいもの。けど、ここで逃げたら、二度と佐和に会えなくなるかと思うと、どうも逃げる気がしねえ。『オイラ鬼なんか知らねえ』としらばっくれてやろうか?
一方すおうは、首にかけた宝珠を外し、それを額のとこまで持ってって一心になにか唱えはじめた。異国の言葉らしく、何言ってるのかちっとも聞き取れねえが、歌うような心地いい響きだった。そうしてるうちに、すおうの手の中の宝珠がぼぉっと光りだした。それが、あんまり綺麗なもんで思わず銀は見とれてしまった。そいで、じ~っと見てるうちにな、玉しか目に入らんようなって来た。その上、妙な事に、だんだんと額の輪っかが熱くなって来てな、あんまり熱いもんだから、村の奴らがすぐそこにいるってのに、銀は輪っかに手をかけて外そうとした。なんかもう、鬼だってばれたってかまやしねえ、なんとかなるさと思ったんだよな。
ところが、銀が輪っかを外すより先にな、恐ろしいうなり声が山中に轟いた。銀が我に返ると、目の前で例のやんごとなき姫君がのたうちまわってる。悲鳴を上げて苦しむ姫君を見てるうちに、銀は輪っかが熱かった事なんて忘れてしまった。
姫君は地面の上でさんざんもがいたあげく、体中からしゅうしゅうと黒い煙りを上げて溶け出した。美しい皮膚は、ただれてしわくちゃになり。小さな黒い目は、ぎょろっとした赤目にかわり、つやつやした黒髪は白いざんばら髪になり、額には二本のでっかい角がにゅうっと生えて来る。
すっかり正体を露にしてしまうと、鬼は、立ち上がりらんらんとした目でこっち見た。腰をすこし前にかがめ、腕はぶらんとさせてる。いまにも飛びかからんばかりの恐ろしい目つきに村人達が震え上がった。
「縛!」
って、すおうが手の平かざして叫んだ。手の平から、青白い光の縄が伸び、鬼の体をぐるぐる縛り付ける。苦しいのか、鬼はぎゃあって悲鳴を上げた。すおうは、宝珠を握りしめたまま一心に呪文を唱えはじめる。すおうが呪文を唱えれば唱えるだけ光の縄の呪縛がきつくなるらしい、鬼は転がって苦しみつづけた。内臓をやられたのか、口から血を吐き出してる。その目に涙が流れてる。…ああ、泣いてら…って、銀の胸がキリキリ痛んだ。苦しんでる鬼の顔が、自分の顔に見えて来たんだ。
それで、とうとう銀はやっちゃいけない事をやっちまった。
「もう、やめろ、やめてくれ」
って、すおうに飛びついたんだ。それが、勢いよかったもんだから、すおうは驚いて思わず宝珠を手から放しちまった。鬼を縛り付けてた光の縄が消えて行く。
すおうは慌てて宝珠を拾おうとしたが、その前に銀が奪ってしまった。
「おい! このガキ! 何するんだ?」
すおうが手を伸ばし、取り戻そうとする。しかし、銀は念珠を懐に隠して逃げ回った。
「返せ!」
ってすおうが銀を捕まえようとしてたら、鬼がよろよろ立ち上がってこっち見た。
「ああ!」
って村の奴らは青ざめた。
…食われる
って、誰もが思ったんじゃ。
けど、幸いな事に、鬼は逃げる事しか考えてなかったらしい。村の奴らとは正反対の方向に跳躍すると、木々を伝って山奥へ消えて行ってしまった。
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