銀の系譜
pipi
笹葉の小鬼 1
笹葉の山には鬼がいるとよ
銀色の髪に 赤い目だとよ
月夜の晩に人食らうとよ
山の麓のおやしろで、村の童達が輪をかいて歌っている。
銀は池のほとりの松の木の上で、居眠りしながらそれを聞いてた。
秋の半ばのすずしい一日。村は今刈り入れの真っ最中でみんな大忙しだ。けど銀には関係ねえ。なにしろ銀は流れ者だから気楽なもんさ。
ぐうぐういい気持ちで寝てるうちに、木の枝からうっかり落ちてしまう。あんまり高いところで寝てなかったら、けがはせずにすんだがよ、したたか腰打って「あいだだだだ」って言いながら銀はひょいと池をのぞいた。そこには銀色の髪に真っ赤な目をした長え角の小鬼が映ってる。それで、銀はびっくりこいて辺りをきょときょと見回した。…幸い誰も近くにいねえようだ。
池に映ったのは、まぎれもねえ銀の姿じゃ。銀は小鬼なんじゃ。けど、このままじゃまずい。『あれ』どこ行った? 『あれ』じゃ、『あれ』じゃ、オレの大事な破邪の輪じゃ…
銀は草をかき分け必死で探した。そいでな、さっきまで寝ていた松の木の根元でようやくきんきら光る輪っかを見つけてな、「あれじゃ、あれじゃ」と駆け寄りそれを手に取った。
「ああよかった」
銀は心底ほっとして、輪っかを頭にすぽっとかぶせた。そしたら、あら不思議! 銀の髪も目ん玉も絵の具かけたみてえに黒々染まり、長い角も見る見る引っ込んで、どっからどう見てもどこにでも居る普通の村の童に姿を変えた。
「これで大丈夫だ。村の奴らにつかまる心配ない」
と、銀はすっかり安心するとな、松の木によじ登りぐうぐういびきをかきはじめたんだと。
※ ※ ※
笹葉の山には鬼がいるとよ
銀色の髪に 赤い目だとよ
月夜の晩に人食らうとよ
…まったく、誰が考えついた歌なのやら…。
ざくざくと山道をくだりながら、荘助はつぶやいた。
ここは笹葉の山さ。童達の歌う山さ。けど、誰も鬼を見たもんなんていやしねえ。ただの歌さ。でも、なんとのう気味悪いなあ…。
なにしろ、人里遠い山道は真っ暗で、頼りになるもんといえばちょうちんの明かりと、木々のすきまから時々顔見せるお月さんの光ぐれえだ。だいの大人の荘助でもちいとばかり心細くなって来る。
…なに、大丈夫さ
と荘助は自分に言い聞かした。
…鬼なんてものは都とか、戦場とか血なまぐさいとこ好むけえ。平和なおらが里に出るわけねえわな。
そう、戦乱の世というのに、このあたりはのほんと平和だ。この数十年血なまぐせえ事など一度も起きてねえ。めでたい事だ。ずっと、このまま平和にくらせればとな、みんながそう思ってる。いや、ずっと平和にちがいねえさ。そうに決まってる。なのに、なんだろう? この妙な胸騒ぎは?
がさがさ…
森の奥の方から音がした。
…獣かよ?
と、荘助は辺りを見回した。そして、さっきからずうっと感じてた違和感の原因に気付いた。
静かすぎるんじゃ。ふくろうも、獣も、虫けらまでもが息ころすみてえにしーんとしてる。
…ありえねえ。
荘助は思った。この山の事は子供の頃からよう知っとるが、この季節にこんな静かな事はありえねえ。
笹葉の山には鬼がいるとよ
銀色の髪に 赤い目だとよ
童達の歌を思い出し、荘助はぶるっと身震いした。とんでもなく恐ろしい予感がする。荘助は転ぶように走り出した。
ちょうちん振り回して、髪振り乱して、大木の間をどんどん走ってく。足音だけがバタバタ、バタバタ響いてる。ぜいぜい息きらして前を見ると、遠くに村の明かりが見えて来た。
…助かった!
荘助は一瞬喜んだが、ふと横を見てぎょっとした。なぜなら、自分の横を同じ早さで飛んでいく2つの赤い光に気付いたからじゃ。
荘助が立ち止まると、赤い玉もぴたっと止まった。
…なんじゃあ? あれは?
訝しげに見てると、闇の中でしゅ~しゅ~と唸る声がする。獣か? いや違う。あんななき方する獣なんていやしねえ。…これは…これは…!
荘助は身の毛がよだつのを感じた。逃げなきゃと思うのに足ががくがくして動けねえ。蜘蛛の巣にひっかかった虫みたいに、逃げる事ができないんじゃ。
でな、荘助ががくがく震えてるとな、闇の中からにゅーっと腕が出て来てな、荘助の首をつかんでな、そしてな…
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