第七章 悪霊の噂


 その後二人は仲良くハッピーな学園生活を送りましたとさ。めでたしめでたし。


 と、なるはずだったのだが、

 いきなり思惑が外れた。

 千恵利が部活動を始めてしまったのだ。バスケ部。

 実は彼女、四月時点ではバスケットボール部に所属していた。ところが活発すぎるのが災いして三年の先輩と合わず、五月でさっさとやめてしまったのだ。その三年が引退して受験勉強に集中し、しゅうとめ風を吹かすこともなくなり、かつての仲間から「やろうよお!」と熱烈に誘われ、その気になってしまったようだ。

 部活を始めた彼女はすっかり熱が冷めたように疎遠になり、

「な~んだよお~~~」

 と、峰雄は短かった春にガックリした。

 放課後の練習に加えて朝練もあり、登下校はもう全くいっしょにしなくなった。

 こうなってしまうともう、そもそもなんで千恵利みたいな女の子が自分みたいな男子を好きになったのか、さっぱり分からなくなってしまった。部活の青春の穴埋めに恋の青春を楽しみたかっただけなのだろうか。女の子ってヤツあまったく……。

 朝も放課後も一人トボトボ歩きながら、ため息つきつつ思うのは………


「ユー子、まだあそこに立ってるのかなあ…………」




 峰雄は、ひと月ぶりに学校町通りを歩いて帰った。

 ユー子は、もういなかった。

 桜の木の下にも。

 これで良かったんだと思う。

 きっともうユー子は成仏したのだろう。

 でも…………

 峰雄はやっぱりどうしようもなく寂しかった。

 街はもうクリスマスのイルミネーション一色である。

 今年も悲しいなあ………。



 期末テストが終わってすっかり浮かれモードに突入した頃、

「ねえ、聞いた?」

 と、すっかり珍しく、千恵利が話しかけてきた。

「学校町通りの悪霊の噂?」

「なにそれ? 知らない」

 ユー子じゃない幽霊なんて全然興味ない。

「毎日登校時と下校時に同じ男子生徒の後をついて歩いて、そのガールフレンドの女の子を車道に突き飛ばして車にひき殺させようとしたんだって」

「なんだよそれ?」

 それじゃあまるっきり……

「そうよね、重野くんの元カノみたいよね?」

 なんだよ、自分だってすっかり元カノのくせに、と腹が立つ。

「誰だよ、そんな噂流してんの?」

「みんな」

 千恵利は自分の携帯電話を開いて見せた。クラスの女子からのメールで『ねえねえ知ってる?学校町通りの女子高生の悪霊の話?』とある。

「こんなのが広まってるの?」

「そ。女子はもうみんな知ってるわよ」

「誰が言い出したんだよ?」

 峰雄の疑いの目に千恵利は憤慨して、

「あたしじゃないわよ!」

 と言った。言ったが……

「ごめん。たぶん、朋美だと思う……」

「あの…霊感少女の?」

 厚いメガネで拡大された切れ長……と言うか細いキツネ目を思い出す。霊なんてものを真剣に語るからどうも精神的に偏ったところがあるように感じていたが、どういうつもりなんだろう?

「あのね、もう一つ噂があって、その幽霊をテレビが取材に来るんだって。知ってる?『本当にあった恐怖心霊事件ファイル』って番組?」

「ああ、たまに二時間でやってるスペシャル? 見たことないけど」

「じゃあ紅倉美姫も知らない?」

「知らない」

「そう。チョー美人の霊能者なんだけど、そういえば朋美、彼女の大ファンだったのよねえ……、番組のあった翌日『あの人は本物よ!』って興奮して褒めまくってるのを見たことがあったわ……」

「じゃあその紅倉って人に会いたくて、彼女を呼ぶためにユー子の噂を流して、番組に投書したっていうの?」

「そうじゃないかって、あたしは思うんだけど……。他に心当たりないから……」

「なんだよそれ!」

 峰雄は思わず千恵利をなじった。

「とんでもない奴じゃないか! 何が信頼できる、だよ!?」

「ちょっと待ってよ、ごめん、あたしも彼女がこんなことする人だったなんて知らなかったのよ。でも、考えてみればいいことじゃない? だって、正真正銘本物の霊能者が来て見てくれるのよ?」

 峰雄はすっかりへそを曲げてひねくれて言った。

「本当に本物なのかよ? 美人なんだろう? どーせ偽物のテレビタレントじゃないの?」

「紅倉美姫に限ってそれはないわよ! ほんと知らないのお? 行方不明の死体を見つけたり、殺人犯を捕まえたり、物凄い悪霊を退治したり、ほんと、すっごいんだから!」

 千恵利の迫力に峰雄は首をすくめた。彼女の紅倉美姫信仰も相当のものだ。

「みんな『本当に紅倉美姫様が来るの!?』って大騒ぎしてるんだから!」

 そんな話今初めて聞いた。近頃の女子はなにかと「◯◯様」とカリスマを信奉したがる。

「女子は大盛り上がりよ。男子だってみんな知ってるわよ? でも男子は重野くんみたいに『霊能者なんて胡散くせー』ってひねくれたポーズ取る人が多いから表だって騒いでないだけよ。重野くん、ほんとうに知らないの?」

「ほんとに知らないってば」

「あっそう」

 なんだか同情の眼差しで見られてしまってますます不愉快だ。そういえば千恵利と破局してからクラスメートたちとの距離も離れてしまったような気がする。

「ふうーーん……」

 と、峰雄はなんだかすっかり一人仲間はずれにされて白けてしまった。

「どうでもいいよ。もう、彼女はいなくなっちゃったから……」

「えっ!? そうなんだ? ふうーん。それは良かったわね?」

「そうだな」

 不機嫌にそっぽを向いてしまった峰雄に千恵利も「じゃあね」と女友達のところへ行ってしまった。

 もうどうでもいいや、みんな…………。



 ところがテスト休み明け、また千恵利が、なんだか深刻そうな様子で話しかけてきた。

「このあいだはごめんね。朋美のこと、あたしもちょっと脇が甘かったなあって反省して。それでね、やっぱりちゃんと言っとこうと思って朋美に電話したのよ。そしたら通じなくて、商業の友達に電話したら、朋美、なんかひどい目に遭ってるみたいで……」

「どんな目?」

「うん……。もう一週間も学校休んで寝たきりみたいで、原因が分からないんだけど全身にじんましんが出て、痒くて掻くと、みみず腫れが浮いてきて、『ド』っていう字になるんだって」

 と、千恵利は宙に指で字を書いた。

「『怒』、つまり怒ってるぞ~って意味で、これって『霊障』じゃないかって朋美、すっかり怯えきっているらしいわ」

「また演技してるんじゃないの?憧れの美人霊能者に会いたくて」

「うん………、あたしも直接会ったわけじゃないから断言できないけど……、友達の話じゃほんっとうに怯えてたって。桜の木の女生徒の祟りだって……」

 峰雄は正直(ざまあ見ろ)と思ったが……

「違うよ。ユー子がそんなひどいことするわけないよ」

「ずいぶんかばうわねー? あたしをひき殺させようとしたのは事実じゃない?」

「それは……」

「もういい! 重野くんなんて嫌い!」

 フン、と行ってしまった。

 あーあ、とうとうはっきり言われてしまったが、まあいいや、どうせもうとっくに終わってるじゃないか。

 それよりも……

 本当にユー子なのだろうか?

 ユー子が、例え自分を利用しようとした相手だろうと、女の子に祟ってそんなひどい目に遭わせるようなことをするだろうか?

 はっきり言って峰雄もユー子の何を知ってるわけじゃないけれど、自分だってユー子のためとは言いつつ、ひどい仕打ちをして、自分が一番祟られそうじゃないか? それとも自分はユー子のお気に入りだから見逃してもらって、横からいらぬお節介を焼いた憎い女子に祟ったのだろうか?…………

 いやー……………、と思う。

 やっぱり峰雄にはユー子がそんな恐ろしい悪霊には思えない。

 そうだ、やっぱりこれは草薙朋美の演技なのだ。あの子はそういう虚言癖のある思い込みの激しい子なのだ。嘘とは言わないまでも、きっとそうに違いない。

 うん。そう決めた。

 峰雄の心はまたすっかりユー子の元へと寄り添っていた。



 その夜。

 いびきをかいてよだれを垂らしながら眠っていると、突然体が硬直して意識が目覚めた。

(……フニャ? アテテテテ。なんだこりゃ? 体が動かないぞ?)

 おお、これが噂に聞く金縛りというものか?と思っていると、ス~~、っと、額のあたりが寒くなった。なんだろう?と、それだけ動く眼球を動かして頭の上を見ると、女の子の暗~い影が峰雄を覗き込んでいた。

(ええっ!? まさか、ユー子!?)

 峰雄は、怖いよりも、嬉しく感じた。

(え~んえ~ん、ユー子お~、会いたかったよお~)

 頭の中で一生懸命ラブコールを送っていると、


 ……たすけて…………


 空耳かと思えるか細い声が聞こえた。

(え? なに? ユー子、何を助けてほしいの?)


 ……たすけて…………こわい…………


(おーい!ユー子おー! 何が怖いんだい~!?)

 しかしユー子は背後の暗がりに溶け込むように影を薄くして消えていった。


 峰雄はハッと目を開けてガバと起きあがった。

 なんだ夢かと思ったが……、


 ユー子。初めて声を聞いた。

 ユー子。何をそんなに怖がって、助けてほしいの?


 ユー子に、危機が迫っている!

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