第六章 霊能少女
張り切って幽霊少女の正体を調べ始めた千恵利と峰雄だったが、結果から言うと、さっぱり分からなかった。
まず関屋高校だが、千恵利が中学時代の友達にメールしまくって調べてもらったが、全然そういう話は見つからなかった。念のため青山女子の方にも訊いてみたが、やはり同様だった。
帰り道、やはりユー子は後ろをついてきたが、やはり千恵利にはユー子の姿は見えなかった。桜の木の横断歩道に至るすぐ手前に交番があって、そこでお巡りさんにその横断歩道や周辺で女子高校生が巻き込まれるような事故や事件がなかったか訊いてみたが、そんな事件事故はなかった。
自分の学校も調べてみた。調べものなら図書館だろうと、司書の先生に訊いてみたところ、
「そうねえ、一昨年だったわねえ、三年生の子が一人病気で亡くなっているわねえ」
とのことだった。卒業アルバムを見せてもらったが、黒枠で囲まれたその気の毒な先輩女子は、ユー子とは似ても似つかぬ別人だった。
県立図書館に行けば過去の新聞のデータベースが出来ているわよと教えてもらったが、さすがにそこまでの根気はなくなっていた。
「考えてみれば同じクラスやせいぜい同じ学年でなくちゃ自分の学校の生徒だって、事故や事件ならまだしも、病気で亡くなったんじゃ知らないわよねー」
と千恵利が言うので、
「あ、そういえば……」
と、峰雄は思いだしたことがある。
「俺、二人知ってるよ、死んだ同級生」
「ええ~~」
と千恵利は嫌な顔をした。そろそろこの事件に飽きている。峰雄もあまり思い出したくないながら、思い出しつつ言った。
「二人とも元同じクラスで、その後別のクラスになって、それで死んじゃったんだよなあ……。一人は、小学一年の時のクラスメートで、三年の時に病気で死んじゃったんだよなー。もともと病気がちな子で、そのせいかなんかひねくれてて、俺なんかもよく口喧嘩して、でも遠足の山登りなんかいっしょに登ってやったよなー……。葬式には出なかったけど、後で家にお参りには行ったよ。
もう一人は……、あんまり言いたくないんだけど、小学二年生の時のクラスメートで、中一の時に死んでるのが分かったんだよなあ…………。父親が社長でさ、会社が倒産しちゃったらしくて、それで……、車ごと海に飛び込んで一家心中しちゃったんだよなあ…………。半年以上たってから車が発見されて、引き上げられて、分かったんだけど……、やっぱけっこうショックだったよなー…………」
ハアー……と峰雄は暗いため息をついた。思えば、そんな経験があるからユー子が見えちゃってついてこられちゃったのかもしれない。
「ヤバイわねー」
千恵利が嫌な目で峰雄を睨んだ。
「峰雄くん、マジで憑かれやすい体質になっちゃってんのかもねー。やっぱりこのままにはしておけないわ。
………彼女に頼んじゃおうかなー……」
「誰?」
「中学時代にね、霊感が強くて有名な子がいたのよ。同じクラスになったことはないけど、まあ知り合いだから……、彼女に見てもらおうか?」
「だいじょうぶかあ? 素人のそういうのって危ないって聞くけどなー……」
「あたしも本当かどうか分からないけどさー、他の友達は本物だって言ってたし……、とりあえず頼んでみてもいいんじゃない?」
「そう?」
「だってさー」
千恵利はじっと峰雄の目を見つめて言った。
「峰雄くんが心配だもん。本当にその子に取り憑かれちゃったら……、死んじゃうかも知れないよ?」
千恵利は本当に心配そうに目を潤ませた。峰雄は、
(なっ、なんてっ、かっわいいんだあーーーっ!!!!!)
と、猛烈に感動した。
「任せる! お願い、その子に頼んでみて!」
峰雄はとにかく、千恵利を信用した。
放課後その霊感少女、草薙朋美と喫茶店で会った。
メガネで茶髪のショートカットで小柄の彼女は、表通りの商業高校の生徒だ。ちなみに彼女の着ているブレザーも青山高校同様野暮ったい紺色だ。
「ね、何か分かる?」
千恵利はまずいきなり峰雄を指して草薙朋美に訊いた。テストだ。
草薙は厚いメガネの奥からちょっと睨むような感じで峰雄の、肩の上あたりを見た。
「霊の痕跡が見えるわね。女の子でしょ?」
千恵利が『ね?』と得意の顔で峰雄を見た。
「それで、どう? その女の子、彼に憑いてる?」
草薙はまたじっと睨んで、
「いえ。憑いてはいないわ。でも、えぐれたような黒い陰が見えるから、だいぶ長く接触してたんじゃない?」
「そうなのよ」
千恵利は草薙を本格的に信頼してユー子のことを説明した。ケーキが運ばれてきて、これが草薙へのギャラだ。草薙は落ち着いた手つきでケーキを口に運びながらフン、フン、と軽く相づちを打って千恵利の話を聞いた。
「ごちそうさま」
ナプキンで軽く唇を拭く。
「分かったわ。どうやらその子は、地縛霊のようね。やはりその場所に深い執着心があるんだわ。
じゃ、行ってみましょうか」
三人で市庁舎の脇の通りにやってきた。
そこから草薙はじっと横断歩道の向こうの桜の木を見た。
じいっと見つめていたのが、ふいに、さっと顔を逸らした。
「見ないで! 行きましょう」
桜の木には向かわず、反対に戻りだした。峰雄が振り返ろうとすると、
「見ちゃ駄目! 憑かれるわよ!」
と叱られた。
この時、何故か峰雄には桜の木の下にユー子の姿が見えなかった。まあ、遠くからは見えないときもあるのだが……。
「ここで」
と、バス停手前で立ち止まって、
「千恵利ちゃんは霊に襲われたのね?」
「襲われたっていうかー」
千恵利は困った顔で言った。
「あたしは分からないのよねー。確かに何かに押されたような気はするんだけどー、でも転んだのは靴が溝に引っかかって足がもつれちゃったからで……、幽霊のせいかどうかは分からないなー……」
「あのね」
草薙は素人に分かりやすいように説明した。
「確かにあの子は元々は悪い霊じゃなかったと思うわ。たいていの霊はみんなそうよ。だって元はみんな普通の人間なんだから。でも死んで霊になっちゃうとね、だんだんと、おかしくなってきちゃうのよ。たとえば彼女、ああしてずーっと同じ場所に立っているわけでしょ? 自分がそうしてたらって考えてごらんなさいよ。来る日も来る日も同じ場所に立ち続けて、だんだんと、何で自分がそうしているのか分からなくなってきちゃうわ。でも立ち続けることはやめられなくて、なんで?どうして?って気持ちばかりが強くなって、ノイローゼになっちゃうわ。おかしくなって、ふつうの人が恨めしくなってくる。長くこの世にとどまっている霊って、どうしてもひがみっぽい性格になっちゃうのよ。あの子は、そういう悪い状態になりかけているわ。下手をすれば、怨霊になっちゃう……」
「怨霊?……」
峰雄は草薙の言い方をひどく不快に感じた。
「そうよ。だから、あなた、それに千恵利ちゃん、ここを通るのは避けた方がいいわ。あの子、あなたたちにひどく嫉妬しているわ。あなたたちが仲のいいところを見せつければ、嫉妬に狂って、やがて怨霊になってしまう。あなたたちが、危険な目に遭うことになるわ」
峰雄は嫌だなあと感じた。所詮結ばれぬ仲で、振ってしまったとはいえ、ユー子に悪い感情なんてない。怨霊なんて言われて気持ちいいわけない。
「あなた!」
そんな峰雄の気持ちを見透かして草薙はビシリと言った。
「霊に同情的な気持ちになるのは、その霊に取り憑かれている証拠よ! 本当に取り殺されたくなければ、霊に同情心を持っては駄目よ!」
「……はあーい…………」
叱られて、峰雄は面白くない。でも、きっと、彼女の言う通りなのだろう。
心配そうに見つめる千恵利に峰雄はあきらめたように笑って言った。
「デートコースを変えようか。明日からここで待ち合わせて、表通りを歩くことにしよう」
「うんっ!」と千恵利は嬉しそうにうなずき、草薙も
「それがいいわ」
とニッコリした。峰雄は、でも気になって彼女に尋ねた。
「ユー子……、彼女は、どうなるの?」
「自然に成仏するのを待つしかないわね。諦めて、この世への未練が断ち切れれば、自然に成仏できるはずよ。だからそのためにも」
「分かったよ。もうこの道は通らないし、彼女のことは考えないことにする」
そうだ、それがユー子のためなんだ。
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