第五章 彼女は誰?


 翌日から峰雄はしょっちゅう遅刻するようになった。千恵利との待ち合わせは七時五〇分までで、お互いそれまでに来なければ先に行く約束になっている。千恵利は携帯電話を持っていたが、峰雄は親が厳しくて持っていなかった。

 すっかり遅刻の多くなった峰雄は先生にも怒られたし、千恵利にも怒られた。峰雄はまた言い訳に四苦八苦した。

 帰りも、峰雄は何かと苦しい言い訳をして千恵利と一緒に帰るのを避けた。

 千恵利は、とうとう、爆発した。


「どーゆー気よおーーー?!」

 腰に手を当て怖い顔で峰雄に迫った。

「そんっなにあたしと一緒に歩くのが嫌なわけ? あたしが嫌いなんだあ?」

「違う違う! 絶対! 断じて! 神様に誓って!」

 それは千恵利にも分かっている。学校にいる間は峰雄はふつうに千恵利に接してくる。クラスメートに冷やかされてもデレデレ笑って、かえって自慢している。

 じゃあなんなのか?

 それが、千恵利はすっごく気に入らない。

「つまりこういうこと?」

 千恵利は実に鋭い女の勘でズバリ言った。

「峰雄くん、他の学校の子と二股かけてんだ? だからあたしと一緒に歩いてるのを見られるとまずいんでしょう?」

 どうよ?とズイと迫る千恵利の迫力ある睨みに峰雄は全身ダラダラ冷や汗をかきまくった。

「そ、そんなこと、あ、あるわけないじゃないか………… な、ないってばあ~~!!」

「白状しろーー!」

「うげええーー!」

 千恵利にヘッドロックをかけられて、峰雄は幸せな痛苦しさに悲鳴を上げた。

「ギ、ギブギブ、ギブア~ップ!」

 本当に殺されかねず、峰雄は、白状させられた。



「ゆーれいのカノジョお~~?」

 千恵利は驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「やっぱ信じるわけないよねえ?………」

 また怒られるかと、峰雄はおずおずお伺いを立てた。ところが、

「信じる」

 千恵利はあっさり受け入れた。

「ほんと?!」

「だってー」

 千恵利は呆れ、ニヤリと笑って言った。

「峰雄くんが器用に二股なんてかけられるとは思えないしー、最初っから変な人ー、って思ってたもん。理由を聞いて納得よ」

「あ、そうですか。良かった」

 喜んでいいのかどうか。

「ねえねえ、それで、」

 千恵利は興味に顔を輝かせて訊いた。

「どんな子なの?」

「美人」

 ポカリと頭を殴られた。

「アタタタ……。いや、ほんと、かわいい子で……、待て待て! たぶん俺たちと同じ一年生。千恵利よりちょっと背が高いかな? えーと、きっとねえ、セキコウの生徒」

「関屋高校?」

 学校町通りには市庁舎から歩いて順に、青山女子高校、青山高校、関屋高校とある。関屋高校は通りの端の方で、海への分水路の近くにある。

「どうして分かるの?」

「ブレザーの形が似てるから」

 青山女子高は明るいベージュ色のブレザーで、青山高と関屋高は共に紺色だが、関屋高の方が腰が細く、裾のカットがかっこよく、おしゃれなスタイルをしている。青山高の女子制服は昔ながらのスタイルで一番野暮ったい。男子学生服は両校いっしょだ。

 ユー子のブレザーは紺色で、はっきり断言できないがたぶん関屋高校の制服だと思う。

「ふうーん、なるほど。でも関高の女の子があそこから歩くかなあ?」

 それは峰雄も思う。女子の足ならたぶん三十分以上かかるだろう。

「でも、俺たちバス通学だからそう思うけど、この近所に住んでる生徒なら三十分くらい歩くだろう?」

「ああ、そうか。その程度でバスは使わないか。じゃあ関高の女の子なんだ?」

「たぶんね」

「じゃ、なんでいっつも桜の木の下に立ってるの?」

「それは……」

 峰雄は彼女がまだ学校に慣れる前に亡くなったのだろうと思ったのだが、もう一つ、あんまり考えたくない可能性を思いついた。

「やっぱり誰かと待ち合わせていたんじゃないかなあ?」

「誰かっていうと……」

 千恵利はニイーッと意地悪に笑って言った。

「やっぱり男の子? そうだよねー、峰雄くんについて来るんだもんねー、峰雄くん、その相手の彼氏に似てるのかなあ~?」

 峰雄はムスッとなった。やっぱりそうなんだろうなあ。ああ、つまらない。

「あれ? じゃあなんでその本物の彼氏についていかないのかな?」

 それはそうだ。二人でウームと考えて……、峰雄は思った。

「俺には、見えたからじゃないかな?」

 千恵利がウン?という顔をする。

「だってさー、千恵利には見えないわけだろ?」

「うん。見えない。と、思うけどなー?」

「見えてないんだよ。桜の下でずっと千恵利の隣に立ってるし」

「ええーー!?」

「ずーっと俺たちの後をついてきてるし」

「ええーー!?」

「千恵利のこと……、突き飛ばしたし…………」

「ええーーっ!?」

「ほら、バス停の前で。だからさー、俺、千恵利と一緒に歩けなかったんだよ」

「そうだったんだー。ああ、危ない危ない」

 面白がっていた千恵利もようやく自分の危険な立場が理解できたようだ。

 うーん……、そうだったのかー……、と考え込んでしまった千恵利はキッと顔を上げると言った。

「成仏させなきゃ!」

「それは俺もそう思うけど、どうすればいいの?」

「まず、彼女の正体を探らなくちゃ」

 千恵利はすっかりその気で張り切っている。

「関高に行った友達に心当たりがないか訊いてみるわ。それと……、ずっとあの場所に立っているってことは、もしかしたらあ、あの場所に向かう手前で事故に遭って亡くなったのかも知れないわね? そういう事故がなかったかどうか、調べましょう」

 すっかり探偵気取りだ。

「さあ! 幽霊少女の正体を探るわよお!」

 元気娘が、やっぱりすっかり面白がっている。祟りに遭わなきゃいいけど………。

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