第四章 女の嫉妬は……


 峰雄は千恵利と登下校を共にするようになった。

 朝、峰雄がバス停で降りて横断歩道に歩いてくると、向こうの桜の木の下で千恵利とユー子が桜の左右で並んで立っていた。

 千恵利は峰雄を見つけると胸の前で小さく手を振った。峰雄も嬉し恥ずかしで小さく手を振って、隣に立っているユー子を見て、ものすご~く、罪悪感にとらわれた。

 ユー子は峰雄だけを見ていて、自分とは違う方向に手を振っている峰雄になんだか不思議そうな顔をしている。

 青信号を待って横断歩道を渡る。

「おっはよ。いこっか?」

「うん。……」

 二人並んで歩き出す。

 後から……やっぱりユー子が斜め後ろを二メートルほど離れてついてくる。昨日までは一メートルくらいの距離まで縮まってたんだけど……。

 千恵利が何かと話しかけてくるのを峰雄は上の空でうんうん生返事をしていた。やっぱり後ろが気になってしょうがない。どうしても気になってそっと振り返ると、ユー子は何とも寂しそうな顔をしていた。

「ちょっとお!」

 千恵利が怒って峰雄を小突いた。

「やっぱりそんっなにあたしと一緒に歩くのが恥ずかしいわけ!?」

「い、いや、違う違う」

 慌てて、やっぱりユー子を気にしながら言い訳する。

「えーと、その、そう! なんだか夢みたいで、ぼうっとしちゃってるんだよ、うん!」

 千恵利の機嫌はなかなか直らない。

「ふうーん、また大呆け夢太郎くんに戻っちゃったわけ? 妄想もあんまりひどいと病気よお! うつっちゃたまらないから、あっち行け!」

 ドンとカバンで叩かれた。ぷんぷん怒って先に行こうとする。ああ、待て、俺の青春!

「待ってくれよ~、千恵利~、俺が悪かった。病気治すから見捨てないでくれ~」

「恥ずかしいぞ、バカ!」

「若気の恥はかき捨てだろ?」

「そんなの知らん!」

 周りの女子校の生徒たちにクスクス笑われた。

「バーカ」

 千恵利は本気で恥ずかしそうに赤くなった。峰雄はなんだか嬉しくなっておどけて言った。

「いいじゃん、俺たち、お似合いのカップルだろ?」

「恥ずかしいってぶあ~」

「えへへへ」

 やっとまともに並んで歩き出した。ところが、峰雄は突然ビリビリビリっと電気が流れたみたいな感覚に背中を反らして立ち尽くした。一、二歩進んだ千恵利が不思議そうに振り返った。

「どうしたの?」

「い…………、いや……………」

 峰雄はおそるおそる振り返った。

 もう五メートルほども後ろに離れてユー子は立っていた。

 その姿がなんだかひどく暗い。テレビのカラー画面に一部白黒画像が紛れているような感じだ。そしてその姿に、ザーザーと、縦に線が走っていた。漫画の表現みたいに。

 ユー子は、世にも恐ろしい目つきでじっと峰雄を睨んでいた。

 峰雄はぞぞお~~っと身がすくんだ。考えてみればユー子とまともに視線を合わせたのはこれが初めてだ。

「ちょっと、どうしたの?」

 峰雄のただごとじゃない様子に千恵利が戻ってきて峰雄の顔を覗き込んだ。峰雄が見ているものを振り返った。女子高生が変な目で見て追い越していく。

「どうしたのよ?」

 千恵利は本気で心配になり、不安そうにした。峰雄はブルブルッと頭を振った。

「いや、なんでもない。行こう!」

 峰雄は千恵利の手を握ると引っ張るように歩き出した。

「ちょ、ちょっとお」

 抗議の声を上げながら、千恵利は従い、逆にしっかり握り返してきてにっこり笑った。峰雄は自分が千恵利の手を握っていたことに今更驚いてびっくりした顔をした。

 峰雄もしっかり握って、前を向いて歩いた。

 これでいいんだ、と思った。

 自分は千恵利が好きだし、ユー子は、ちゃんと成仏しなきゃ駄目なんだ、と。



 放課後。

 二人は並んで玄関を降りてきた。

 角を見ると、ユー子は立っていた。

 もしやと期待していたのだが、峰雄はため息をついた。女の子を振るなんて生まれて初めてだ。

 千恵利と二人並んで歩いて、ユー子のとなりを通り過ぎた。

 楽しそうに今日の学校のあれこれを話す千恵利に、峰雄も積極的に会話して、笑った。

 隣の千恵利を見るとき、視界の端にぼおっと、ユー子がついてきているのが見えたが、見ないようにした。

 峰雄は千恵利の手を握って、そうすると二人ともなんとなく無口になって、前を向いて歩いた。

 桜の木の、信号のところへ来た。青信号で渡る。峰雄はほっとした。ユー子はここから外へは絶対に出てこない。

 市庁舎脇の道を歩いて、その先の横断歩道を渡るとバス路線の違う千恵利とはお別れだ。

「じゃ、また明日」

「うん。明日」

 手を振って別れる。ああ、なんて幸せだ。

 峰雄は大きな十字路でまた向こうの歩道へ渡るため信号を待った。千恵利はそのままバス停へ歩いていく。その後ろ姿を振り返ったとき、峰雄は心臓が凍り付いたように「ヒッ……」と声を上げた。

 千恵利の後ろを、ユー子が歩いていた。

「ち、千恵利いっ!……」

 峰雄は思わず追いすがるように呼びかけた。

 千恵利とユー子が同時に振り返った。

「えー? なにー?」

 峰雄があわあわまごついていると、ユー子が千恵利の隣に来て、ドン、と、肩を押した。

「え?………」

 千恵利はよろめき、

「キャッ」

 足をもつれさせて車道に倒れ込もうとした。


「千恵利いいっ!!!!!」


「いったーい」

 千恵利は車道と歩道を隔てるブロックにお尻をついて、角にぶつけたももをさすった。

「なによおー、変な声で呼び止めるから転んじゃったじゃないー!」

 まったくもーと言いながら千恵利は立ち上がった。

「あ、バス。じゃ、また明日ねー!」

 千恵利は手を振り、ちょうど入ってきたバスに駆けていって乗り込んだ。乗客を下ろし、バスは走っていった。

 バスを見送って、峰雄はどおっと疲れてへたり込みそうになった。

「あれ、……ユー子……ちゃん……?」

 ユー子の姿はいつの間にか消えていた。

 振り返ってみると、ユー子は桜の木の下に立ってこちらを見ていた。

 峰雄は改めてぞお~~っとした。

 女の嫉妬は怖い。

 死んだ女の嫉妬なら……、それは、とても恐ろしい…………

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