第三章 カノジョ パート2?


 十月に文化祭がある。この学校はけっこうな進学校のくせにこういう行事にも積極的で、六月の体育祭には三年生が大張り切りで一年生は何も分からずひたすらヒーヒー言わされたが、文化祭は各クラスで何かやれ!とのお達しで、帰宅部の峰雄が一年B組の実行委員に選ばれてしまったのだ。

 峰雄は小学校の頃からこういう誰もやりたくないものを押しつけられることがよくあった。やりたいことはちゃあんと列に並んで待っているのに自分の番が来ると「はいここまで」とピシャリとシャッターを閉じられてしまう。他の子たちは横入りをしてちゃっかり先にお菓子をもらっているのに。それなのにありがたくないものばかりがやってくる。峰雄は何かとタイミングが悪いのだ。きっと貧乏神にでも取り憑かれているに違いない。あ、ユー子(幽霊カノジョを命名)は別だ、もっちろん!

 で、峰雄が実行委員に選ばれて、頼りない峰雄のサポートで見るからにしっかり者の女子、徳永千恵利が副委員に選ばれた。

 徳永は峰雄よりちびのくせにやたらとハキハキして元気で、一部男子から「うざってえー」と思われてる節がないでもないが、顔はけっこうかわいくって、やっぱり一部男子から「つき合いてえー」と思われている節もあって、まあなんだかんだで女子からも男子からも人気者だった。

 一方峰雄だが、実行委員に選ばれたのは何も意地悪で面倒を押しつけられただけでもない。峰雄は、何しろ頭が悪いので、融通が利かず、何でもバカ正直にまじめにやってしまうところがあって、その点けっこう信用はあった。やっぱり最終的に面倒を押しつけられるのは目に見えているが。

 あ~あ、またかよ~、と思いつつ、いかにも頼りなさげな峰雄が、やらせてみるとてきぱき議事を進行してスムーズに事が決まっていくので、徳永もクラスメートたちも驚いた。峰雄にしてみればなんのことはない、面倒事に慣れているだけだ。

 で、出し物はクラス展示の「立体迷路」に決まった。そもそも「お化け屋敷」という定番の意見があったのだが、これまた例のごとく「めんどくさい」という意見もあり、じゃあというので峰雄が提案してあっさり決定したのだ。

 立体迷路とはなんぞや?

 簡単である、部屋にしきりを作って迷路を作る、それだけだ。そのしきりにしても木の枠を組んでパネルを作るのでは重くて支えるのがたいへんで、天井に縦横にロープを十数本ずつ渡し、それに適当に紙をぶらさげて迷路を作ればハイ出来上がり。コンセプトが迷路なので真っ暗にする必要もなく、事故の心配もない。簡単安全。それだけじゃあなんなんで、お化け屋敷がやりたい人間はどうぞお化けになって迷路のアクセサリーになってくれればいいと、面倒な人間も、凝りたい人間も、どっちの要望も入れられる。

 ホオホオとみんな感心し、議事進行の手際と併せて、峰雄は一躍クラスのヒーローになってしまった。そんな大げさなもんじゃないけど。

 めんどくせーとかブーたれてた奴らも、いやけっこうそういう奴に限ってやり出すと夢中になって作業し、クラス中で仲良く盛り上がった。

 十月に入り、文化祭当日。お客の評判は上々で、入りは盛況だった。楽しんで喜んでもらえればやってる方も嬉しいもので、クラスはすっかり結束が固まってますます仲良く盛り上がったのだった。

 そんなことがあって、文化祭が終わると、峰雄は徳永千恵利となんだかすっかり仲良くなってしまっていたのだった。



「えー、重野くん、市庁舎前から歩いてくるの~?」

 と、千恵利が驚くのはこういうことで、

 峰雄は家からまずバスに乗ってその「市庁舎前停留所」でバスを降り、霊の、間違い、例の学校町通りを二十分かけて歩いて登校する。しかし表通りを「青山学校前停留所」まで乗ってくるのがバス通学者の大半だ。なぜ峰雄がわざわざずっと手前で降りて歩いてくるかと言えば、今はユー子ちゃんと一緒に歩くのが目的だが、そもそもはもっと単純な理由で、「定期代が安いから」だったのだ。「市庁舎前」の次のバス停まで乗ってしまうと一気に定期代が上がってしまうのだ。説明を聞いて

「ふう~ん」

 と千恵利は感心し、

「じゃあ、あたしも、来月からそうしよっかなー」

 と言って、「どお?」と峰雄を見つめた。峰雄がポカンと「へ?」と問い直すと、「鈍いなあ」と言う顔で、

「いっしょに歩こうよ、学校の行き帰り。待ち合わせてさ」

 と言って、頬を赤くした。

 峰雄も、ふにゃふにゃにニヤけて、赤くなった。

(これだー、これだよおー、俺が高校生活に夢見ていたのはさー。青春バンザーイ!)

 と、心の中で万歳三唱したが……、

「帰りはいいとしてー……、朝はあ……、そうだ、信号渡ったところに桜の木が一本立ってるじゃない? あそこにしようよ」

 峰雄はピキーン、と凍り付いた。そ、そこは……

「え、いや、そこは……」

 あたふたと言い訳を探す。

「ちょ、ちょっと目立ち過ぎじゃない? なんかいかにもって感じでさー。もうちょっと目立たないところに……」

「なによおー」

 千恵利は頬を膨らませた。

「あたしとつき合ってるのが恥ずかしいのお?」

「つきあってる……………」

 ああ、生きるべきか死ぬべきか。

 いやいや、

 ああ、生きてるべきか死んでるべきか。

 ユー子はかわいい。この四ヶ月間どれほど彼女のおかげで学校通いが楽しかったことか。

 でも千恵利もかわいいんだなあ~。後ろじゃなくって目の前にいるんだもんな~。まともに顔が見られるし、さわれるしい……ちょっと手を握っただけだけどお……、女の子のいい匂いがするしい~、う~~む……。


 やっぱ生きてる女の子の勝ち!!


 そりゃそうだよなー……、死んだ女の子を恋人になんて考えちゃいけないよなあ……。やっぱ死んだ人にはちゃんとあの世に行ってもらわないと……。


 そうだよな、それがユー子のためでもあるんだ。

 そうだ、それに決定!……


 峰雄は切ない顔でじいっと千恵利を見つめて、ちょっと引かれた。

「俺たち、つき合ってるんだよな?」

「うん……。つき合ってる……んだよお……ねえ?」

「うん……。桜の木で、待ち合わせようか」

「うん。そうしよ」

 放課後の教室で向かい合って座って、照れ笑いを浮かべて恥ずかしそうに下を向く二人の姿は、まさに絵に描いたような青春の一コマだった。

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