第二章 カノジョ


 峰雄が幽霊の彼女に出会ったのが入学して三ヶ月目の六月だった。峰雄はまだ入学したての一年生、まだまだビクビクおどおどの新人高校生だった。

 それからなんだかんだと大忙しの月日を過ごし、もう九月になってしまった。

 夏休みを挟んでいる。

 峰雄はどこの部活にも入っておらず、さいわいテストで赤点を取ることもなく補習を受ける必要もなく、一ヶ月強、学校に用はなかった。

 でも峰雄はつごう二十日くらい、学校に来ていた。いや、門のところまで。学校に入るでもないのにわざわざワイシャツに学生ズボンをはいて。そうしないとカノジョが出てきてくれないのだ。何度か部活で来ているクラスメートや担任教師に見つかっていろいろ下手な言い訳をした。


 彼女はカノジョだ、と峰雄は心密かに思っている。


 彼女とはもちろん、桜の木の下の幽霊女子高生のことだ。


 あの出会いの日以来、彼女は毎日峰雄の後をついてきた。

 登校時ばかりでなく、下校時にも帰り道を、あの桜の下まで。

 雨の日も風の日も。

 雨の日には峰雄はさりげなく後ろの方へ傘をずらして差した。彼女が入れるように。そうすると彼女は遠慮がちに近づいてきて、傘の下へ、峰雄のすぐ背中の後ろに、入ってきた。最初ひんやりして、その後なんだかふんわか暖かく感じてきて、峰雄は顔面を雨に濡らしながら頬を染めて幸せそうなにやにや笑いを浮かべた。端から見たらさぞや気色悪い変態に見えたことだろう。

 最初はもちろん怖かった。何しろオバケだから。でも毎日ついてくるものだから、それとなく顔を盗み見てみると、最初いつも暗い陰になってもやもやしていた顔が、だんだんはっきりしてきた。

 かわいかったのだ。

 まっすぐの髪の毛を眉の上できれいにカットして、中学生みたいにまるでしゃれっけがなかったが、小さな顔に目がぱっちり大きくて、もう~なんでこんな子が幽霊なんてやってんだろう!?、ってなくらいかわいかった。

 そんな子が、しつこいがたとえ幽霊でも、毎日自分の登下校を待って後ろからついてきてくれるのだ!

 禁断の恋!、を勝手に妄想して峰雄はもう身もだえするくらい萌えた。

 峰雄はもう毎日学校に行くのが楽しくて、着いたとたんに帰りたくなって、学校から帰るのが楽しくて、とにかくもう、彼女のおかげで毎日の高校生活(と言えるのかどうか疑問だが)が楽しくてならなかった。毎日ぼうっとしてにやにやへらへらしている峰雄はすっかりクラスで「気持ち悪い奴」になってしまっているが、気にしない気にしない。君らはまだカノジョなんていないだろう? 俺にはいるもんねー、へっへーん!、ってな感じだ。

 だから夏休み中も彼女会いたさにけっきょく休みの半数以上学校に通ってきていたのだ。ところが彼女は峰雄が私服だと現れてくれなくって、学生の格好で出かけてきて、彼女といっしょに(?。いつまでたってもとなりで一緒に歩いてくれず、斜め後ろからついてくるだけなのだが)学校前まで歩いて、彼女と別れて、さて学校には用はないので近くの公園でしばらく文庫本を読んで時間をつぶし、というリストラされたのを家族に言えないかわいそうなお父さんみたいな事をして過ごし、またいそいそと学校前に戻って彼女がついてくるのを確認して下校路を歩くのだ。

 まったくなにやってんだか。恋の病としか思えない。間違いなく幽霊に取り憑かれていると思われるが、

 しかし、彼女は学校町の通学路の所要時間約二十分しか現れないのだ。

 ああ、そうそう、六月に出会ってついてくるようになってから一週間位して、彼女も夏服に着替えていた。

 で、考えてみるに、彼女はきっとこの通学路を通っていた三校のどこかの生徒で、きっと病気か事故で亡くなってしまって、楽しい学校生活が忘れられず、こうしてこの世にとどまってしまっているのだろう。

 あれ?でもだったら自分の学校に出るかな? いや、見たところ彼女は自分と同じ一年生に見える。断言はできないけど。出会ったのが六月だから、たぶんまだ学校になじむ前に亡くなってしまったんだろう。きっと花の高校生活を楽しみにしていたんだろう。ナンマイダブ、ナンマイダブ。……いやいや、成仏なんかされたんじゃ峰雄が困るのだ。いやいや、困りはしないが、寂しい。

 峰雄はすっかり彼女に恋してしまっているのだ!

 俺のカノジョ……、な~んて思って、毎日学校でニヤニヤデレデレして、周りから気持ち悪がられているのだ。

 しかし。そうそう、九月時点の話をするんだった、二学期が始まる頃になると峰雄を取り巻く環境も、峰雄自身も、最初の頃からちょっと、変わってきていたのだ……。

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