2話 高重力の異世界にて
眩い光に目を瞑ったあたしが次に目を開けた時には、草原の真ん中に居た。どうやら無事に異世界への転送が完了したらしい。
あたし達は周囲を確認しながらその場にしゃがむと、無線機で父さんや真一兄さんに呼び掛けながら持ち込んだ銃のセーフティーを外す。
「こちら桜、転送完了」
「了解、これからはいつも通りにコードネームでの通信を行うものとする」
父さんの話を聞きながら、あたし達はサイドアームのマガジンを抜いてスライドを動かし、不具合が無いかを確認していた。
「桜、お前たちのコードネームはワルキューレだ」
「了解。そっちは?」
「俺達はオーディンだ。真一は――」
「俺は富士山かエベレストがいい」
…………。
何故このタイミングで山の名前が出て来るのだろうか。北欧神話の神をベースにコードネーム作ってたんじゃないの?。
「あ~、うん。お前は好きにすればいいと思う」
「どっちがいいと思う?」
「どっちでもいいと思う」
あぁ、兄さんの面倒な性格が暴走し始めてる。とりあえず適当な事を言って落ち着かせた方がいいかも……。
「もうさ、いっそ富士レストとかは?」
「桜、お前…………」
…………。
あ、やらかしたかも。
「……最高じゃん! 俺は今日から富士レストだ!」
「…………」
銃の最終調整を終えたあたし達は、深いタメ息を吐きながら周囲に目を配っていた。いい加減、動きたい。
恐らく会話が面倒になったであろう父さんは「もうそれでいいから、ワルキューレ、そっちは頼んだぞ」
後、いつも言ってる事だが。桜……何か非常事態に陥ったら、お前が鍵だ――そう言って通信を切る。
意味が分からないが、問い質しても教えてくれないから気にしない事にしている。
「ワルキューレ了解。行動を開始する」
兄さんが山に付いて熱く語っているけど、あたしは問答無用で通信を切る。オタク気質な彼の話を最後まで聞いていたら日が暮れてしまう。
さて、通信を切ったあたしは、二人と共に周囲を観察し始めた。
木々が育っていない、と言うよりは全長が極端に短い。体の気怠さからも察しは付いていたけど、恐らくこの世界は重力が強いのかもしれない。
空を飛ぶ鳥は少なく、殆どが地走していた。羽は付いてるみたいだけど、背筋に回す筈の筋力を足に回したからだろう、あたし達の世界でも飛べる様には見えない程に退化している。
しかも飛んでる鳥に関しては、羽が6本生えている。姿勢制御と飛翔と……後はどういった役割があるのだろうか?。
風は少ないけど、雲の動きがとても速い。だけど天気は崩れずに空は晴れている……憶測でしかないけど、この世界の気圧は高重力の影響で密集している。だから高気圧と低気圧が近い所為で雲の流れが速いのかも。そしてその雲の速度が普通だから、ほぼ無風に感じるのかもしれない。
まぁあくまで素人の目線だけと、この世界はそういう風に見える。詳しい事は報告書に纏めて真一兄さんに分析してもらうしかないんだけど。
この場所から確認出来るのはこのくらいだろう。あたしは慎重に立ち上がると、二人に指示を出して基地に交信があった場所に向かって行くのだった。
現場に着くと、そこは結構広い街だった。華やかになった中世的な雰囲気の街並みだ。
建物は全てが一階建て、しかも屋根は驚く程に縦長の三角形だ。きっと平面にすると重力で倒壊してしまうのだろう。
そしてこれも重力の影響か、街に住む人々の平均身長も低い。子供にしか見えない大人がかなり居る。
「あ~、体が重~い……」
「頑張りなさいよ、男でしょ?」
「…………」
ゲッソリとしながら兄さんにしがみ付く優。確かに装備も重いし辛いのは分かるけど、それじゃあ兄さんに掛かる負担が倍になってしまう。
「シャキッとする!」あたしは優のお尻を叩いた。
「姉さんだって胸が重いんじゃないのかよ?」
「……まぁ、多少は」
「揉んでいい?」
「頑張って自力で歩いたらね」
「みなぎってきたぁぁ!」
……ちょろいヤツめ。
「おい桜、優、目的地ってあの教会じゃないか?」
兄さんが指さす先を確認すると、確かに地図にマークされてる目的地と同じ座標に教会が建っていた。
そして教会の窓の端からは、シスターと思わしき人物と神父らしい格好の男性が顔を覗かせてあたし達を見ている。間違いないだろう。
「優、あの教会かどうか確かめて来て」
「やだ、面倒、揉ませてくれなきゃ動かない」
「そっか、残念だなぁ~。せっかく服の上からじゃ無くて、直に揉ませてあげようと思ったんだけどなぁ~」
「姫川 優! 推して参ります!」
優は爆速で教会に走って行く。単純で扱い易い子だ。
「なぁ……」兄さんがあたしの肩を叩きながら聞いてくる。「マジで揉ませんの? アイツに?」
「まさか、そんな訳無いでしょ」
それとも、あたしが優に押し倒されて揉まれてる所……見たかった?――あたしは肘で兄さんの脇腹を突きながら聞く。
「いや……見たくない。多分身内として見れなくなりそう……」顔を押さえて俯く兄さん。想像しちゃったのかな、手で覆い隠してるけど、顔が赤くなってるぞ。
……普段はムードメーカーで頼もしい兄だけど、時々見せる弱々しい仕草に何かときめきを感じてしまう。
「可愛いヤツめ」
「何て事言うんだ。もっと兄を敬いたまえよ、君」
「可愛い兄者め」
「意味一緒だから、言い方変えても意味同じだから。この小悪魔娘め」
兄さんが頭をワシャワシャと撫でて来る。あたしは体を逸らして避けると、ポケットに忍ばせてた櫛で髪を梳かした。
「女は顔と声と愛想と、ついでに身体が武器になるからね」
「なら化粧を頑張ってみたらどうだ?」
「そんな時間はございません」
そんな話をしてると、優が親指を立てながら戻って来た。やはり目的地はあの教会の様だ。
あたしは椅子に座れる事を切に願いながら、両手を気味悪く動かす優のバックパックを掴んで連行していった。
「おぉ~い! 揉ませろよ~!」そう叫ぶ優の一見するとヤバい発言は、街全体に響き渡った事は言うまでもない。
〇
「お見苦しい所をお見せいたしました」
「いえいえ! 微笑ましかったですよ!」
あたしはシスターに案内された個室で、ソファーに腰掛けながら神父と話していた。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとう。いただきます」
うん、確かに味が薄いし風味も良くない。もしかしたら気圧に慣れてない所為で味覚がおかしくなってるのかもしれないけど、確かに粗茶だ。
横ではオッサンの様に寛ぎながらお茶を丁寧に飲む兄さんと、遠慮なく置かれた茶菓子をバクバクと食べる優が。
ふと神父の方を見ると、彼は優の事を見つめていた。
「重ね重ね、申し訳ありません……」
「お気になさらず、元気なのはいい事です」
「あの、早速なのですけども、ご依頼の方を改めてお伺いしても宜しいでしょうか?」あたしは満面の作り笑いで神父に問い掛ける。
すると神父の送る合図と共に、シスターは開け放ったままの扉を閉じ、部屋のカーテンも全て閉じた。
「今から話す事は、くれぐれもご内密に……」
「安心してください、我々は傭兵です。依頼内容を外に漏らす真似は、命に代えても致しません」
その言葉に安心したであろう神父は膝の上に腕をつき、両手を重ねて顔の前にあてた。
「実はですね……これは国王様からの直々の依頼でして――」
「ん~? 俺って馬鹿だからよく知らないんだけどさ、一教会に国王が依頼なんて出すものなの?」
優が話の腰を折って神父に問い掛ける。確かにそれは気になる所だ。
「この街は特別でしてね……。ある人物の婚約者が住む街なのです。そして3日後にその人物と婚約者が、この街で結婚式を挙げる。故に我らも国王様からご連絡が来る事は承知しておりました」
「そのまま、続きのお話をお願いいたします」
「そうですね……単刀直入に申し上げましょうか」
「助かります」
「……異世界から転生してきた勇者一行を抹殺していただきたいんです」
「……知ってはいたが、教会からは無縁の言葉が飛び出して来たな」兄さんも神父を見つめながら一言。「どうして聖職者に国王はそんな依頼を出したんだ?」
「それは教会や修道院が、国家予算で成り立っている為です」
「つまりアレか。国王の意見を聞かないと、ある日突然、何の前触れもなく教会や修道院が取り壊しになるって事だな」
兄さんの結論を聞いた神父は、更に表情を暗くして呟く。
「その程度で済めばいいのですけどね……」
「ま~だ何かあるの?」茶菓子を食べながら優が聞く。
「最悪、教会であれば聖職者全員が処刑され、修道院であれば子供達が奴隷にされてしまうでしょう……」
「……何かさ~、勇者殺すより国王殺した方がいい気がしてきた」
「俺も同意見だな。……流石に腹が立つ」
「二人共、私情は隠して。あたし達は勇者を抹殺する任務で此処に来てるんだから」
それに、国王側近の人にそんな話をするのは失礼でしょ――あたしはそう言いながらシスターを見た。
「貴女、国王の側近ですよね?」
「……何で分かったの?」シスターは殺意の籠った眼差しをあたしに向ける。
「簡単な事ですよ。幾ら首に鎌を掛けられていても、聖職者や修道僧は信念を曲げない事が多いからです。それが分かっていれば、国王だって監視役を送り付けるでしょう……しかも側近に成り得る様な人物を」
「…………………………………………」
「さて、依頼の話の続きですが……どうして国王は勇者の抹殺を?」
「それは私がお話しましょう」シスターは神父の背後に立つと、少しカーテンを捲って外を見る。「この世界の種悪の根源たる魔王を討伐した勇者が、いずれ我らの王に牙を向ける事が分かり切っていたからです」
「何故?」あたしは首をかしげる。いくら魔王を討伐したからって、勇者が辿るハッピーエンドはハーレムかヒッソリと生きるか、大体がこの二択だ。
するとシスターは小さく鼻で笑った後で一言。「民衆が今の国の体制に批判してるからですよ」
「それって結局さ~、国王に問題があるんじゃね?」
「どうだかな。まぁ民主的では無いだろうけど」
そうボヤく兄さんと優を睨み付けたシスターは、噓くさく咳ばらいをして話を続ける。
「まぁ何はともあれ、勇者はそう遠くない内に国民の声を聞いて、我らの王を捕えに来るでしょう。だからその前に排除していただきたいのです」
――カチャ。
無機質な音が鳴り響くのと同時に、シスターは神父の頭部に拳銃を突き付けた。
そしてそれと同時に背後のドアも勢い良く開いて、数人の聖職者があたし達に銃口を向ける。
「逃げれると思わない方がいいですよ、傭兵さん。窓の向こうには狙撃部隊が――」
「構いませんよ。お引き受けします」
「…………え?」
口をポカンと開けて固まるシスター。……何か今なら殲滅出来そうな程に呆けてるけど、手は出さない。
あたし達の目標は、最初から勇者の抹殺。この国の体制とか関係無い。誰が悪で、誰が正義かとか考える必要も無い。
その後、あたしは呆けているシスターから勇者の情報を引き出し、転送して来た場所に戻ってキャンプを設営するのだった。
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