異世界傭兵派遣部隊~code・blossom~

水樹 修

1話 いつもと変わらない日常

 今が何年か、そんな事は覚えていない。あたしには必要無い。

 人の心を穏やかにする道徳心、そんな下らない心はとうに捨てた。

 あたしに必要なのは、生きる意味と生き残る力だけだった。

 今日もあたしは撃ち殺す。この知りもしない世界を脅かす存在を消し去る為に。

 今日もあたしは刺し殺す。世界を救ったかもしれない英雄を。その仲間を。

 いつか行きたい場所に辿り着く為に、あたしは見ず知らずの誰かを殺し続ける。

 それがあたしの任務であり、あたしの生きる意味だった……。

 あたしは異世界派遣傭兵部隊、副隊長……木下 桜だ。



 ――ピピピ、ピピピ。

 目覚まし時計のベルが小さな部屋の中に鳴り響き、あたしの意識が悪夢の世界から現実に覚醒する。

 嫌な夢を見た。

 誰かの為に戦って、何かに生きたまま……意識の残ったまま食い殺される夢。

 率直に言って、気分の悪くなる夢だった。しかもこの夢、何度も見るからタチが悪い。

 あたしは目覚まし時計のスイッチを押してベルを止めると、大きくノビをして凝った背中を思い切り伸ばした。

 時計を確認すると、現在時刻は4時32分だった。2分で起きれたあたし、超えらい。

 下着を着けて適当に迷彩柄の上着を羽織ると、カーテンを開けて部屋の電気を着ける。部屋の中は今日も最高の荒れ具合だ。

 いつもの習慣で化粧台の前に座り、鏡で自分の姿を確認する。そこには淡い桜色の髪を胸元まで伸ばした、疲れきった表情の若い女性が映り込んでいた。

 はぁ。似合って無いけど、あたしの目ってルビーみたいで綺麗だな。だけど自画自賛してる暇があるなら、早い事足の踏み場を確保しないと……。

 髪を1つに結わきつつ、あたしは足元に転がるゲームソフトをえいやと蹴り飛ばす。

「まったく、片付けてから帰りなさいよ……」あたしはボヤキながら部屋の掃除を始めた。35分には部屋を片付けて出たいものだ。


 何とか片付けが終わったあたしは、早歩きで調理場に向かっていた。此処の連中は舌が肥えてる癖に料理が絶望的に下手だ、だから誰かが起きて勝手に料理をする前に何とかしないと、あたしまでダークマターを食べる事になってしまう。……もう吐き出して口の中を胃酸と暗黒物質の味で統一するのは勘弁だ。

 調理場に着くと、そこには無精髭を生やすイケオジな父さんの姿があった。彼は自分の料理センスが絶望的なのを知っているから、あえて手を出す事はしない。ひもじい時には不味いレーションをしみじみと食べるくらいだ。

「おはよ、父さん」あたしは適当に挨拶をして献立を考えながら冷蔵庫と格闘し始めた。そろそろ買い出しに行かないとなぁ。

「桜、お前……」

「ちゃんと上着を羽織ってるでしょ?」

「だったらついでにズボンでも穿いてくれ。丸見えだぞ」

「誰も興奮しないでしょ……。誘ってる様にも見えないだろうし」

「そんな事は知らんがな」

 父さんは小さくタメ息を吐くと「朝飯、頼んだぞ」と背中を叩いて調理場を出て行った。シンクを見るに、どうやら一人で酒盛りをしていた様だ。グラスとウイスキーの空のボトルが転がっている。

 朝食に使えそうな物を粗方テーブルの上に出したあたしは、袖をまくってタメ息を1つ。「お願いだから三角コーナーにボトルを捨てないでよ、父さん……」


 シンクの片付けと朝食の下準備を終えたあたしは、ゴミを纏めてゴミ捨て場に運ぶ。その時に炊飯器のボタンも入れておくと、若干だけど時短になる。

 そしてゴミ捨てから戻ったあたしは、本格的に朝食を作り出すのだった。

 現在時刻は4時55分。後5分で起床のベルが響き渡る時間だ。そして朝食の盛り付けも、後5分以内に終わるだろう。

 コンロで味噌汁の味を調整していると、調理場に面倒な奴が現れた。

「おぉ! 今日の姉さんは黄緑か!」

 この屈み込んであたしの下着の色を楽しそうに見る変態は、姫川 優。形式上は一応弟だけど、この場所で長い事育てられてるから先輩でもある。

「…………」つんつん。

「優、触らないで」

「…………」すりすり。

「だからって脱がそうともしないで」

「ちぇー」

 …………。

 将来、変態になって捕まらないかが不安な子だ。まぁ流石にあたし以外にこんな事はしないだろうけど。

「所でお姉さまよ」

「なんぞ? 愚弟よ」

「上も黄緑色なのかね?」

「残念、白でした」

「すっげぇアンバランス……」


 暫くして起床のベルが鳴り響き、あたしは優にも手伝ってもらいながら居間まで朝食を運んだ。

 既に全員が揃って……いや、一番上の兄さん、真一は引き籠りだから居ないけど、彼以外は揃ってるみたいだった。

 あたし達は、本当の家族じゃない。全員が孤児か、捨て子だ。あたしは少し例外で、記憶喪失のまま倒れてる時に拾われた。いつか何かを思い出したら、きっと此処を出て行くのかもしれないけど、今はそんな実感がわかない。

 今までにも恋人が出来たとか、結婚するとかで此処を離れてった兄妹は何人か居る。だけど忘れられないのか、時々連絡を取り合う仲だったりする。

 今残ってるのは、あたしを含めて六人。

 上から父さん、前川 達也

 長男 正二 真一

 次男 二宮 大悟

 長女 あたし……木下 桜

 三男 水面 啓太

 四男 姫川 優

 これで全員になる。

 あたし達は本当の家族じゃない。でも、だからこそ、家族の絆を人一倍大切に思っている。

 因みにあたし達の働き口は、この家族全員がやっている傭兵業だ。一応国家公認組織で、傭兵と言うよりは自衛隊に近い。まぁ今の日本に自衛隊以外の戦闘力は必要無いだろうし、戦闘力が高くて、切り捨てられない傭兵なら国が雇ってしまおうと言うのも分からなくない。

 つまりあたし達は、元が孤児か捨て子で、身寄りが居ない、偽りの家族と過ごす傭兵だという事だ。

「さて、お前等、食い終わったか? そろそろ次の任務の話をしたいんだが」

「その前にお皿、下げちゃうね」

 あたしは全員分の食器を回収すると、レストランとかで見かけるワゴンに乗せて、調理場に運んで行った。


 その後、食器を洗い終えて戻ったあたしを確認すると、父さんは任務の話を始める。

 あたし達の任務って言うのは、国から出されるものじゃ無く、とある場所から受信した要請を受けて、現地の人から詳しい内容を聞き、任務を遂行しながらその土地を調べる――というものだった。今回もそうだろう。

「まず新たにエリア58から要請が入った。内容は"ある人物の抹殺"だそうだ」

「え~! またかよ~!」優が駄々をこねる。それをあたしが宥める。いつもの流れ。

「続けるぞ。今回の目的はエリア58の調査及び任務の完了だが、それと同時にエリア46の追加調査も行う事になっている」

「つまり、分担するって事だな」次男の大悟兄さんが呟く。

「その通りだ。真一、お前はいつも通りに通信で双方のサポートを頼む」

「りょ」無線越しに返事が帰って来る。何処から聞いてるのだろうか?。

「俺と啓太でエリア46の13-2番に行く」

「任せて、父さん」

「桜を隊長として、大悟と優の3人にはエリア58に行ってもらうぞ」

「オッケー任せな、親父」優が返事をする。

「頼りにしてるぜ、可愛い妹さんよ」兄さんが頭を撫でながら言ってきた。

「了解……ねぇ、父さん」

「分かってる。だが今は目の前の任務に集中してくれ」

「……了解。装備を整えたら出発します」

 あたしは軽く敬礼をすると、自室に着替えを取りに行くのだった。



 あたし達の任務……それは異世界に赴いて、現地の調査や生態系を観察する事だった。

 異世界にも呼び名があって、まずは異世界の種類をエリアと呼び、降り立った場所を中心として円形に広げていった先にある国を番地で表し、その後で同じ方法で円系に広げて行った先にある街や村を最後にもう一度番地付けで呼ぶ。

 父さんと啓太が行く場所はエリア46-13-2だから、46種類目の異世界の、最初に居た国から13番目の国の、そこを中心とした2番目の街か村、という事になる。確かエリア46は重力が3倍の異世界だった気がする。

 どういう訳かは分からないけど、あたし達の家……この基地は、異世界と交流出来る電波の様なものが通っているらしい。だけどこっちから狙った場所の異世界には行けない。行くには向こうから連絡をもらい、座標を特定しないといけない。

 一度指定さえ出来てしまえば、その後は幾らでも好きに出入りできるのだが……一回目はそうもいかないそうだ。

 だけど一ヶ所、何故か受信もした記憶がない場所の異世界が表示されている。そこは不確定領域とされ、エリアΩと呼ばれる。日夜真一兄さんが監視を続けてくれている場所だ。

 ……あたしは、そのエリアΩに行きたい。呼ばれてる気がする。

 いつもこの話を父さんに持ち掛けると拒否されてしまうけど、最近はエリアΩに行く事を認めてくれつつある。さっきは話を逸らされたけど、この任務を終えたら行ってやる。

 さて、着替えを終えたあたしは、早速射撃訓練場で装備を集め、異世界転送用のコンソールに入った。既に兄さんと優は準備が出来ていた様で、先にコンソール内で何かを話している様だった。

「お待たせ」あたしは二人に声を掛けた。

「おぉ、桜が服着てる」

「でもどうせすぐ脱ぐと思うよ、姉さんは露出狂だしね~」

「……この服、胸周りがキツくて凝るんだよ」

「揉んで差し上げましょうか? お姉さまよ」

「黙らっしゃい」

「本当に仲いいよな、お前等……」

 そんな話をしながらも、あたしは真一兄さんと父さんに出発の合図を送る。

 するとあたし達の上部に設置されたモニター画面にカウントダウンが表示された。

 ――3、2、1、グットラック!。

 画面にそう表示されると、あたしの視界は白一色で包まれるのだった。

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