第133話奈良旅行を考える翼 従妹美代子の困るお願い

教会を出て、翼は再び靖国通り方面に向けて歩き出す。

新薬師寺を思い出したことから、奈良の風景が心に浮かんで来た。


「阿修羅が見たくなった」

「春日大社、東大寺、不空院も好きだ」

「それから元興寺界隈」

「明日香村もいいな、甘樫丘で大和三山を眺める」

「にゅうめんも、素朴な味で好き」

「大神神社もたまには」

「長谷寺の観音様もいい」

「西の京に出向いて、薬師寺、唐招提寺」

「西大寺、法華寺、海龍王寺も」


そんなことを思っていたら、奈良に行きたくなった。

「何とか、ホテルを取って」


そこまで思った時に、スマホに着信音。

京都店の従妹美代子からだった。

いきなりの猫なで声。

「なあ、翼兄ちゃん、お願いがあるけど・・・ええやろ?」


翼は、プッと吹く。

「あのさ、用件も言わない、聞かないでOKは無理」

「いくら可愛い美代ちゃんでも」


美代子も笑い声。

「あはは・・・でな、大学見学をしとうて」

「その道案内を」


翼は、すぐにOKをしない。

わざと、話をはぐらかす。

「へえ、今ね、奈良に旅行しようかなと思っていた」

「予定が合うかなあ」


美代子は、語調がいきなり強くなる。

「はぁ?奈良?」

「何で、あんな田舎村?」

「千三百年も何も目立たん村や」


翼は、ますます、はぐらかしたくなった。

「その歴史の重さ、タイムスリップ感がいい」

「何より、人がやさしい」


美代子は、翼の「はぐらかし」で、焦ったのか、また猫なで声に戻る。

「なあ、翼兄ちゃん、頼みます」

「一生のお願いや、な?ええやろ?」


「一生のお願いを何度も聞いた」と思うけれど、翼は真面目に聞くことにした。

「それで、いつなの?日帰り?」


美代子は、今度は口ごもる。

「・・・あのな・・・一泊したい」

「うちは、翼兄ちゃんのアパートに泊ろうと思うとったけどな」

「あの無神経な、梨乃と沙耶も、参加申し込みや」

「でな、どないしようかと、翼兄ちゃんに相談や」


翼は、呆れた。

「あのさ、日帰りしかないのでは?」

「そもそも、親の承諾は?」

「話してあるの?」


翼のアパートは3DK、泊めようと思えば、確かに泊まれないことはない。

しかし、美代子だけでも困るのに、さすがに女子高生三人とは、問題があり過ぎる。



美代子の声が小さくなった。

「日帰りなんて、忙しいし、つまらん」

「うちらも、東京の朝を実感したい」

「だから、翼兄ちゃんに頼むんや」

「親を説得して欲しいな、とな」

「あかん?」


翼は、あきれ果てている。

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