第132話翼の神保町一人歩き

「夜には帰る」との曖昧な返事が精一杯。

美味しい蕎麦を食べ、珍しく散歩を-気楽に楽しんでいた翼の気持ちは、一気に曇ってしまった。

靖国通りを、神保町方面に歩きながら、いろいろ考える。


「自由がない」

「なんで文句ばかり言われるの?」

「翔子さんは、いつでも強引」

「ご機嫌を取るのも、疲れた」


「夜には帰る」と答えたけれど、その時間まで特定したわけではない。

「夜も外食しようかな、9時ごろに帰ろうかな」

「でも、美味しい食事中に電話がかかって来ても嫌」

「スマホの電源を切るか、マナーモードにするかな」

「気がつかなったことにして」


ブラブラと歩いて、三省堂書店に到着。

一階の雑貨ショップ「神保町いちのいち」で、いろいろと雑貨を見る。


「バッグ、財布」

「石鹸もある、いろいろだな」

「こういう店も楽しい」

「なかなか。センスがいいな、さすが三省堂」

そんなことを感じていたら、少し気持ちが晴れた。


ここで翼は、「どうしても買うべきものがある」ことを、思い出した。

それは、大学通学用のバッグ。

「小さ目なトートバッグしかない」

「少しくたびれているし」

「そうなると、3階のバッグ売り場にあったような」


そのままエレベーターで、三階にのぼり、バッグ売り場に直行。

選んで決めるのも早い。

紺色、革製の大き目の肩掛けもできる、大きなトートバッグ。

少々、値が張ったけれど、全く気にしない。

「最低でも四年間は使う、しっかりとしたものがいい」

「すぐに使いたい」と店員に告げ、そのまま肩にかけて歩く。


三省堂書店を出た翼は、靖国通り沿いの古書店街を歩き、いろいろと買う。

「カラマーゾフの兄弟」

「新古今和歌集全訳注」

「一遍上人語録」

「マグダラのマリア」


翼自身、「ジャンルが違い過ぎるかな」と思うけれど、読みたいのだから仕方がない。

そして、古本のため、全部で、2千円未満。

「素晴らしい買い物」だと、結局は自画自賛。


「これ以上は買う物がない」と判断した翼は、靖国通りを渡り、少し坂を昇る。

カトリック神田教会が見えて来た。

「小さな頃に入ったことがある」

「あの時も、じい様と」

「ザビエルに捧げられたとか聞いたけれど」

「ステンドグラスがきれいだった」


翼は、ステンドグラスを見るだけのために、教会に入った。

時間帯のためか、ほとんど人はいない。

確かに、子供の頃の記憶通り、きれいなステンドグラス。

「見飽きないな、ずっと見ていたい」

「美しい光で、神の栄光を表現するのか」


そんな殊勝なことを思っていたら、何故か奈良の新薬師寺のステンドグラスを思い出した。

「お寺には馴染まない。伝統を壊すとかで、それを導入したことに批判があったとか」

「美しい光が入って、何故、お寺に馴染まないのだろうか」

「ステンドグラスは西洋のものだから、お寺に設置してはいけない、そんな考えなのか」

「そもそも、仏の世界に、東洋も西洋もない、と思うけれど」

「仏は、美しい光を嫌うのだろうか」

「世の中には、伝統に固執することだけが大切として、目も心も、曇る人が多い」



翼は、ステンドグラスを見つめながら、深く考え込んでいる。

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