第130話松田菜々美の完落ち 翼は自由に散歩

翼は、菜々美が呆気にとられるほど、あっさりと帰ってしまった。

理由は、「午後にどうしても行きたい場所がある」とのこと。


菜々美の「送ろうか?」の言葉には、「いえ、歩きたくて」と、サラっと断る。

そのまま「美味しいケーキができますように」と、菜々美の前から姿を消した。


もう少し翼を楽しみたかった菜々美は、気が抜け、身体の力も抜けてしまった。

「マジ?」

「超クールな子?」

「・・・ますます気をそそるじゃない・・・」

「身体もうずくし・・・」

「年下の子なのに、完全にマウント取られた」

「放置された・・・悔しいけれど」


菜々美は、再び「反省の念」が浮かぶ。

「押し倒したからなあ」

「衝動そのものだった」

「はしたない、と思われても仕方ない」

「それで、一緒にまた昼寝、なんて・・・」

「下心見え見えだったか・・・」


そう思っても、菜々美は翼を諦める気持ちは、全くない。

むしろ、「欲しくて」仕方がない。

「次は、押し掛けるかな」

しかし、すぐに不安になる。

「でも、嫌がるかな」

「呆れられて、もう来ないでください、とか」

「帰ってくださいとか?」


菜々美は大きな枕を抱いて、ベッドに寝転がった。

「やばいよ、これ・・・完落ち?」

「この枕、翼君ならいいのに」

「うー・・・やばい、おかしくなりそう・・・」

「いや、すでに、おかしくなっている」


翼は、そんな菜々美の状態など、知ることもなく、関心もない。

「午後にどうしても行きたい場所」など、実はない。

とにかく自由になりたかっただけなのだから。


菜々美の久我山のマンションを出て、井の頭公園方面に向かって歩く。


それでも、歩きながら父にはスマホで報告。

「菜々美さんのマンションでケーキを試作しました」

「お客に食べさせられる最低限のケーキはできました」


父康夫は、いつも通り穏やかな声。

「少し前に、菜々美さんから。お礼の電話があった」

「本当に感激したとか、少し涙声だったけれど」

「また、お願いしますとも」


翼は、全く気が乗らない。

「父さん、菜々美さんが、突然来て、少し困った」

「今日はたまたま、時間があったけれど」

「大学の勉強もあるし、他の付き合いもあるから」


父康夫は、穏やかな声のまま。

「ああ、そうだな、翼の都合がつく限りでいいよ」

「せっかく都内で大学生」

「料理とか業界以外の、諸学や人間関係を学ぶべきだ」


父康夫への報告と話を終え、ホッとして歩いていると、井の頭公園が見えて来た。

「桜も散ってしまった」

「5月頃には新芽かな、風に揺れる新芽も好きだ」


近所の家からだろうか、チェロの音が聞こえて来た。

「チェロか・・・・いいなあ・・・・」

「なかなか上手」

「チェロのコンサートを聴きたい」

「ネットで探してみようかな」


ただ、空腹も感じた。

「甘い物を食べ過ぎた・・・重たくなくて・・・塩分も欲しい」

「お蕎麦食べるかな・・・そうなると・・・少し遠いけれど」

翼は結局、井の頭公園には入らなかった。

吉祥寺駅まで歩き、そのまま中央線に乗っている。

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