第129話松田菜々美(4)

翼は、涙目の菜々美をじっと見ている。


「すごい才能の持ち主、パティシエとして本物」

「感情に走る、時にはためらいなく一線を越えて来る」

「そこまでの集中力、思い切りがあるから、平凡な他人と差が出る」

「だから、フランスでも評価され賞を取ったのかな」


しかし、いつまでも、涙目を見続けるのも、ためらう。

「ねえ、菜々美さん」とやさしい声。


菜々美は「え?なあに?」と、涙を拭いて翼の顔を見る。


翼は、いたずらっぽい顔。

「一つ質問があります」

菜々美は、キョトン。

「その改まった口調は何?」と思うけれど、「うん」と答えるのみ。


その翼からは、言われたくない言葉。

「菜々美さんって、泣き虫なの?」


菜々美は耳まで赤くなる。

でも、年上の余裕を取り戻したい。

「・・・そう?」

と懸命に答えて、何とか切り返しを考える。

「翼君が、可愛すぎて、こんなになった」と思うけれど、それは言えない。

しかし、それが事実以外の何物でもない。

とにかく、心も身体も、翼を欲しくて仕方がない。

泣いてしまったのは、「無理やり」の反省から。

しかし、その翼は、自分以上に「大人」の態度で、余裕さえ感じさせる。

それに対して、菜々美自身、全く余裕がない。

身体が、また翼を欲しくなって来ているのも感じている。


答えられない菜々美に、翼はやさしい顔。

「あまり泣かれると、僕も困ります」


菜々美は、素直に謝ることにした。

「うん・・・気持ちが高ぶって、ごめん」


翼から、また予想外の、やさしい言葉。

「仲良しになりましょう、ずっと」


菜々美は、肩の力が抜けるような感覚。

「あ・・・うれしい・・・ありがとう」

「はぁ・・・ホッとした」

つい、本音を言ってしまって、また恥ずかしい。


そんなやり取りの後は、翼の言う通り、チョコレートケーキの30の再試作に取り組む。

素材の配分を微妙に変えた小さなチョコレートケーキを、二人で共同して作り、試食。

その作業も厳密を極めた。

ようやく、二人とも満足できるケーキが出来上がったのは、約3時間後。


「華やかであり、滋味強壮、しかも重く感じない」

「これなら昼間のホテルでも出せるかな」


菜々美も元気を取り戻している。

「ありがとう、さすがね、香料の使い方が天才的」


翼は恥ずかしそうな顔。

「いや、高名なパティシエとケーキ作りが楽しかった」


菜々美は、そんな翼が、また可愛い。

ホッとしたら、また、翼を欲しくなってしまった。

しかし、それは直接言うのは、やはり恥ずかしい。

「ねえ、たくさん試食したら眠くなった」

「一緒にお昼寝しない?」


翼は、「え?」と、腰が引けている。

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